第9話 テニス対決
部活動紹介が終わり教室に戻る間、人の視線と頑張ってという声援が送られた。
「あ、ありがとう」「頑張るよ」
マイの身体の僕は、手を振って声援に軽く答える。
「……いいの?」
隣を歩く僕の身体のマイが聞いてきた。
「え? 何が?」
「もう、みんな対決するって思っているみたいだけど。私、テニス部に入らないんですってはっきり言った方が」
「うーん。でも、これで断ったら先輩の面目丸つぶれだし。まぁ、マイのことだから、先輩だろうが何だろうが、倒しちゃうだろうけれど。ん? その方が先輩に悪いかな」
「はぁ……」
なんだか、マイは重いため息を漏らすが、僕はちょっとだけわくわくしていた。だって、今は僕がマイだ。頭は僕だけどマイの身体だ。つまり運動神経抜群。
少しだけど、中学時代にマイの試合を見たことがある。
練習試合だった。対戦相手には悪いけれど、マイは圧倒的だった。細い腕からどうやって繰り出されるんだっていう強烈なサーブ。相手の逆をついた鋭いリターン。次々とブレイクしていき、ほとんど相手に試合をさせないまま勝利していた。
そんなマイが負けるなんて想像できない。
帰りのホームルームが終わると、僕らはテニスコートに向かった。テニスウェアを来た二宮先輩がすでに待っていた。
「逃げずに来たのね。偉いわー」
うん。この二宮先輩。口調はおっとりしているけれど、言うことは先輩とはいえ、大分上から目線だな。だけど……。
「ぼ、私は負けません」
熱血漫画みたいなセリフを僕ははっきりと言った。いつもの僕が言うと何言ってんだこいつって感じだけど、マイの身体だから様になる。現に周りのギャラリーもおおっと声をもらしていた。
「いつも控えめなマイが。高校生になったら変わるのかな?」
横にいた遥歌が首をかしげる。
いけない、いけない。マイはこんなこと言わないのか。今更だけど約三年も疎遠にしていたから、今のマイがどんな感じか分からないな。
「それじゃ、鶴ノ原さん。着替えてきてねー」
二宮先輩がそう言うけれど……。
「えーと、着替えが無いので、このままで」
僕は邪魔になりそうな上着とリボンを外した。そしてシャツを腕まくりする。
「でも、それじゃー」
「大丈夫です。勝負に
「ジャージも貸してもらって」
隣にいるマイが言う。
「いいって。着替えるの面倒だし。……それに、また着せてもらわないといけないだろ」
家ならいいけど、学校であれをやったら本当に変態だと思われるからな。
「そうじゃなくて」
「それじゃ、先輩。よろしくお願いします」
僕は他の部員から差し出されたラケットを受け取ってコート上に立った。ざわざわと騒めくギャラリー。ラケットのグリップを両手で持って、それらしく腰をかがめた。
さぁ、勝負の始まりだ。
「パンツ!! 見えるから!」
「へ……?」
ギャラリーの注目はマイ、僕の身体に集まった。マイは顔を真っ赤にしてこっちを見ている。僕はスカートの後ろを押さえた。
「そ、そっか」
僕は昼休みに制服のままバスケするノリでいたけれど、それは男子だからだ。女子はズボンではない。よってマイの言う通り、このままプレイしたらパンツが見える。僕は大人しくジャージのズボンとシューズを借りた。
結果を言おう。
僕はマイの身体になったから、身体能力は上がっていると思った。確かに上がっていた。走るのは早く、ボールにはちゃんと追いつく。でもそこまでだった。
よく考えたら当たり前のことだった。僕はちゃんとテニスをしたことがない。だから、ラケットを振っても、上手く真ん中に当てることが出来ず、ホームランを連発した。サーブだって駄目だ。ボールの上げ方も分からず、横にそれたボールが落ちてきて、それを何とか打つものの上手く相手のコートに入らない。
「ふざけているんですかー?」
二宮先輩がそう言うが、僕はいたって真面目にプレーしていた。
なんだよ、招き猫んじゃー。マイになったから一位になれるんじゃないのかよ。楽勝できるんじゃないのかよ。
僕は必死でボールを追いかけた。二年生エースに勝てれば、テニス部の一位になったも同然。一度ぐらい一位になりたいという想いが叶うはずなのに。
その必死さがあだとなった。
何とかサーブで相手のコートにいれ、軽々とリターンが返ってくる。それを全速力で追いかけた。もっと速く、もっと速く。僕はマイの限界以上の速さを引き出そうとした。でも、慣れない他人の身体だ。足がもつれた。
「わっ!」
もつれた足をかばうようにもう片方の足を出すけれど、その足が変な方向に曲がってしまう。途端に強烈な痛みが襲った。僕は
「陣!」
痛みに耐えている中、僕を呼ぶマイの声が聞こえた。
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