第7話 ピクピク


 午前の授業中。僕はマイの、正確には僕の後ろ姿をぼんやり見つめる。


 マイの奴、応援部に入りたいって……、テニスはどうするつもりだ。絶対、周りから反対されるぞ。どの運動部からも引く手あまたなのに。もしかして、応援部って色んな部活に助っ人に入る部活ってことか? 


「――原」


 でも、さすがにそれは考えにくい。普通に考えたら声援を送る応援のことだとは思うけれど……、だけどマイは応援される側のはずだろ?


「鶴ノ原、鶴ノ原!」


 マイ、先生に呼ばれているぞ。と思ったら、マイが振り返って僕の目で睨みつけてきた。あ! そうだ、鶴ノ原って僕のことだ!


「は、はい!!」


 僕は勢いよく立ち上がる。


「どうした、鶴ノ原。授業中だぞ。この問題を解いてみろ」


 いまは数学の授業中だ。黒板には数式が書かれている。だけど、……わ、分からない! 


「どうした?」


 先生は主席のマイがまさか解けないとは思わないみたいだ。


 どうしよう。いくら身体がマイになっても、頭は僕のまんまだ。


「先生」


「どうした、秋野」


 突然手を上げたマイに注目が集まる。


「鶴ノ原さんは気分が悪いみたいなので、僕が代わりに解きます」


「お、おお。じゃあ、解いてくれ」


 マイは僕の代わりに黒板にスラスラと数式を解いていった。


「うん。正解だ。数学は得意だったか、秋野」


 先生は満足そうだ。僕はマイに助けられてホッと胸をなでおろした。



 

 数学の次は昼休みだ。僕は通学バッグの中から、青いギンガムチェックの巾着を取り出す。マイのお母さんの特製弁当だ。


「マイ。一緒にお弁当食べよー」


 谷さんがお弁当片手にやってきた。


「あ、うん。いー……」


「谷さん、ごめん。鶴ノ原と一緒にお昼食べる約束をしていたんだ」


 同じく弁当を持ったマイが、谷さんの後ろに立ってそう言う。それを聞いて目を丸くしたのは谷さんだ。


「えっ。もしかして二人、いつの間に……」


「付き合ってないよ」


 マイが僕の顔で表情を一切変えずに淡々と言う。


「それじゃ、行こうか。鶴ノ原さん」


「う、うん」


 若干クラスの視線を感じながら僕はマイに従った。





「だあぁ」


 僕たちは人気のない中庭の片隅に来た。芝生になっていて、座り込んで無造作に足を投げ出す。


「ちょっと、私の身体なんだから、もっと行儀よくして」


 そう言うマイは正座だ。僕の身体なのに仕草もどこか女の子っぽい。


「いいじゃん。今まで人の目があったから、少しは女っぽくしようと努力していたんだからさ」


「……その割にはがに股だったけど」


 僕たちは弁当を広げた。マイのお母さんが作った弁当は、ブロッコリーの緑やミニトマトの赤、オムライスの黄色と、カラフルだ。ちょっと弁当のサイズが小さいけれど。


 対するマイが持つ僕の母さんの弁当は、茶色中心。しょうが焼きや焼いたウインナー、唯一の色味は卵焼きの黄色だけだ。


「ところでさ。応援部って、……なに?」


 朝から気になってしょうがないことを聞いた。隣にいるマイはしょうが焼きを口に運んで、咀嚼してから言う。


「読んで字のごとくよ。いろんな部活を応援する部活」


「学ラン着たり、チアの格好で踊ったり?」


「たぶん、そうなんじゃない?」


「そうなんじゃないって……」


 よく知らないで入ると言っていたのか。運動部の期待の星が。


「詳しいことは今日の部活動紹介で分かるはずよ」


 そこで、はたと気が付く。


 今は僕がマイだから運動神経よくなっているんだよな。だったら、マイの言うことなんて無視して、テニス部に入ったらスターになってちやほやされる!? いやテニス部じゃなくても、待遇たいぐうのよさそうな部活でも……。


「陣、今変なこと考えているでしょ」


「え!?」


「耳がピクピク動いていた」


 う……。身体は変わっても癖は治らないようだ。僕は昔からやましいことを考えていると耳が自然とピクピク動くらしい。というか、そんなことよく覚えていたな。


「元に戻らないなんてことないだろうし、私の身体は応援部に入る。今日の部活動紹介をよく聞いておいて」


「でもさ」


「誰のせいで私が巻き込まれたと思っているの」


「わ、分かったよ」


 入れ替わりは僕が加害者で、マイが被害者。そう言われたら、僕は大人しく従うしかなかった。


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