第3話 目を覚ますと一位


 朝が来た。目を閉じたまま、外を走る車の音でそう思う。まさか、招き猫んじゃーが夢に出て来るなんて、どんな愉快ゆかいな夢だよ。


 僕は目を閉じたままクスクス笑う。まあ、あんな夢を見ただけでも全色揃ぜんしょくそろえたかいがあったか。なんて気持ちのいい朝だ。なんかいい匂いもするし。布団をクンクンいでみる。


 また寝たら招き猫んじゃーたち出て来るかな。僕は二度寝を試みる。


 しかし、


「ぎゃあああああ!」


「な、なんだ!?」


 男の叫び声に僕は飛び起きる。その時、サラッと何かを頬をかすめた。ついでにいい匂いがする。……黒い何か。


「髪?」


 僕は何故か目の前に現れた髪を引っ張る。頭皮が痛い。


 ……どうゆうこと??


 僕の髪は普通に短いはずなんだけど。いや、ちょっと待て。ここ……。


「マイの部屋?」


 タンスやテーブルが白い。床にはゴミ一つない。本棚の本も綺麗に整列されている。清潔感あふれる部屋だ。漫画やごみが散らばる僕の部屋とは空気からして違う。


「いつの間にマイの部屋に来たんだ?」


 というか、いつの間にグレーの上下スエットからピンクのパジャマに。


 というか……、身体が変だ。あるべきところにあれがなく、いつもはないところに何かがある。それも二つも。そんな感覚がする。


「ま、まずは確かめないと」


 僕はいつもはないものを二つ、両手で掴んだ。


「ひゃ!」


 な、なんか変な声がでた。僕のいつもの声じゃない!


 僕はホールドの状態で両手を上げた。


 どういうことだ。どういうことだ。……、まさか、まさか。僕は頭を抱える。


 僕はマイになっちゃった!? 転生かよ!


 きっと招き猫んじゃーに願ったからだよな。一位になりたいって願ったから、いつも一位のマイになっちゃったんだ。何でもいいからって、こりゃないよ!


 あー、これからの人生どうなるんだろう。最強女子高生のモテモテ人生になるのかな。

と、とにかく落ち着こう。


 僕は落ち着くために外の空気を吸おうと、ベッドのすぐ横にある黄色い花柄のカーテンを開ける。そこにはよく知る顔が窓枠に頬杖をついて、こっちを見ていた。


 僕だ。前髪に寝癖がついている。


「遅い」


 とげのある声で僕が言う。


「あ、あれ? まさか……、マイ?」


 僕は窓を開けた。僕とマイの家は隣同士だ。しかも、窓は向き合っていて、一メートルも離れていない。


「今は陣が私だけど。どういうこと、これ? って、陣に聞いても分かるはずが……」


「い、いや、それがー」


 僕はかくかくしかじか、招き猫んじゃーに願ったこと、夢を見たことをマイに伝えた。見る見るうちに、目を吊り上がらせるマイ。


「じゃあ、中身が入れ替わっちゃったのは陣のせいってこと!?」


「僕のせいって言うか、僕だってこうなるとは思わなかったから!」


 僕らはついヒートアップして顔を付け合わせて、叫んでいた。


「どうしたの、陣」


「何かあったの、マイちゃん」


 大声に心配したのだろう。階下から互いの母親が声をかけてくる。


「「何でもなーい」」


 僕らは二人、声を揃えた。母親たちの気配が去ったことに、お互いほっと息をつく。


「それで、どうやったら元に戻るの?」


「さあ。また、招き猫んじゃーにお願いするとか?」


「机に並んでいるあれね」


 マイは招き猫んじゃーを窓枠に並べた。そして、二人で目をつぶり、手を合わせる。


「お願いします。僕たちを元に戻してください」


「お願いします。そもそも私は願っていません」


 そろりと片目を開けた。しかし、あるのは僕の顔だ。


「ダメかー」


「どうするのよ。これから学校行かないといけないのに」


 そうだった。まだ時間は早いけれど、僕たちは学校に行かないといけない。入学早々、欠席はまずいだろう。そういえば……。


「マイ。大事なことを聞きたいんだけど」


「なに?」


 僕が真剣な顔で見つめると、真剣な声で返してきた。


「ブラジャーって着ないで寝るの?」


「こんな時に何言っているのよ!!!」


 マイは足元にすぐそばにあったのだろう漫画本を投げつけてきた。


「ブッ」


 マイの身体で反射神経抜群はんしゃしんけんばつぐんなはずの僕なのに、顔面にクリーンヒットした。


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