第2話 猫だのみ

 

 はああぁぁ……。疲れた。自転車をこぎながら重いため息をつく。


 何が一番疲れたって、クラスでの自己紹介。うちのクラス、体育会系の奴らばっか。他のクラスもそうなのかもしれないけれど、僕だけ浮いていた気がする。趣味ゲームだって正直に言っちゃったし。


 まぁ、近くの席の奴らとは少しは打ち解けたし、マイとは席が離れていたからよかったけどさ。


 自転車をこいでいると、前方に駄菓子屋があることに気が付く。自転車を止めて中を覗いてみた。ガラス戸で、こじんまりした店内には天井や棚に所狭しと懐かしい駄菓子が置いてあった。


 へぇ。行きは気づかなかったけれど、通学路の途中にこんな昔ながらの駄菓子屋があるんだ。あ、ガチャガチャもあるじゃん。


 店の前にはよくショッピングモールなどでも見かける透明な長方形の箱。中には何が入っているか分からないカプセルが入っている。


 僕は自転車から降りて、何を売っているか見てみた。


 スーパーボールにアニメキャラクターのピンバッジ。小さなフィギア。よくあるラインナップが並んでいると思いきや、僕がいまは集めているものを見つけた。


 招福戦隊、招き猫んじゃー。


 招き猫のフィギアで、それぞれ赤、青、黄色、ピンク、緑のマントを羽織っている。その五色を集めると何か一つの願いが叶うジンクスがあるとか、説明書に書いてあった。このガチャガチャを扱っている店はあまりない。


 ここで回さない手はないな。僕はポケットから財布を取り出し、百円玉を二枚用意する。お金を入れてレバーをカラカラ言わせて回す。出てきたカプセルを開けてみると、ブルー。ニヒルな顔でこっちを見ている。


 うーん、こいつじゃないんだよ。僕は自転車の籠にカプセルごと投げ入れ、もう二百円財布から取り出す。


 今度こそ! しかし、出てきたのはイエロー。少し太っていて目を細めている。……お前でもないんだよな。


 ラストチャーンス!! 百円玉はもうないし、小遣い的にも限界だ。


 レバーを回す手に集中する。そして、出てきたのは……。


 レッドだ!!! 片手を上げたシンプルな招き猫ポーズ!


「これで願いが叶う!」


 思わず僕はガッツポーズを振り上げた。


「何、騒いでいるの」


 背後から声がする。振り返ると冷たい視線と目が合った。


 黒髪も艶やかなマイだ。彼女も自転車に乗って、帰るところらしい。マイは僕の自転車の籠を一瞥いちべつして言う。


「高校生にもなって、おもちゃで喜んでいるの?」


「な、なんだっていいだろ!」


 中一以来にした会話がこれかよ。そのまま、マイはふいっと前方を向いて、去って行った。


 ちぇ。


 美人だともてはやされているけれど、中身は全く可愛くない。そんなマイと最低でも一年間、同じクラスなのかと思うと気が重いな。


 とはいえ、同じクラスだからって、関わらないといけないわけじゃない。超人マイと凡人僕とでは同じ空間にいても別世界の人間なのだ。


 それはそうと、レッドが出たことで、招き猫んじゃーが全員揃った。僕は立ち漕ぎで家へと急ぐ。家に帰ると階段を駆け上がり、自分の部屋に飛び込む。


 確か、他のは勉強机の引き出しに……。


 引き出しを開けて、他の色のフィギアを取り出す。散らかっていた机の上にスペースを作って、並べてみた。もちろんレッドを中心にして。


「よし!」


 説明書の写真のように、招き猫たちを扇状に配置できた。


 ……えーと、それで願い事を言えばいいのか? 


 カプセルに入っていた説明書には詳しいことは書かれていない。全部集めれば願いが叶うかも!? としか書かれていない。


 というか、願い事なんて何すればいいんだろ。肝心なことを考えていなかった。


 小遣いアップとか? 背が伸びますようにとか?


 いや、せっかくなら、もっと夢があることがいいか。背だって自然と伸びるだろうし(たぶん)


 高校生活一日目に願うことだ。これといって冴えない僕だって、マイみたいに華やかな高校生活を送ってみたい。


「よし決めた。招き猫んじゃー、お願いだ。僕を何でもいいから一位にしてくれ! そしたらきっとモテモテになる!」


 僕は声を出して願った。


「……。」


 だからと言って、何か返事があるわけでもなく。


「ま。そのうち叶えてくれるだろ。結構、散財したしな」


 僕はその効力を疑うわけでもなく、全色揃えられたことに満足していた。






 その夜。僕は怪獣に襲われていた。


「ぎゃあああ、誰か助けてくれ!」


 既に掴みかかられ、大きな口に食われる寸前だ。


「そこまでだ! とうっ!」


 誰かが怪獣に蹴りを食らわす。すると、簡単に爆散する怪獣。


「大丈夫かい、陣くん」


「は、はい。どこのどなたか知りませんが……」


 差し出されたその手を見ると、肉球だった。そのまま顔を見ると、


「レ、レッド!?」


 赤いマントをひるがえすその姿はまさしく、招き猫んじゃーレッドだった。ブルーたち他の四匹もいる。


「そ、そうか。ここは夢なんだ」


 頬をつねって確かめるまでもなく夢だ。


「そう。俺たちは君の願いを叶えに来た――」


「「「「「招福戦隊しょうふくせんたい、招き猫んじゃー!!!」」」」」


 彼らが招き猫の片手を上げる決めポーズをすると、五色の煙が背後で爆発する。


「おおー」


 僕は正座で拍手をした。


「さて、ここからが本題だ。君の願いは何でもいいから一位を取りたいだったね」


「努力するしかないよ」


 グリーンがズバッと言う正論にうっと詰まる僕。


「でも、一位を取るなんて簡単じゃないわ。私たちが少しぐらい手助けしてあげてもいいんじゃない?」


 ピンクが擁護ようごしてくれた。ピンクは紅一点でまつげがある。その上、優しい。


「そうだよね。一位って言うのは、たった一人にだけ与えられる称号なんだ」


「これと言った特技のない陣には意外と難しい願いだな」


 イエローとブルーも首を捻った。


「無理なんですか? それなら、別の願いに……」


「いや。無理ということはないよ。俺には妙案がある。さぁ、そろそろ目が覚める時間だ」


 レッドの妙案とは何か気になったが、目が覚めると言われたら、どうしようもない。


「楽しみにしているといい」


 意識が遠のいていく。招き猫んじゃーたちは肉球を見せて手を振っていた。

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