第643話 餌で釣られる

 大公家での会合は、うみゃうみゃなケーキ付きのティータイムを挟んで、夕方まで続けられた。

 身分に胡坐をかいて搾取していると庶民からは思われがちな貴族にあって、大公殿下は仕事好きという印象を受ける。


 仕事をする事で、自分の能力や権力を再確認しているのかもしれないが、これだけ精力的なのはラガート子爵や騎士団長を勤めているエスカランテ侯爵ぐらいしか知らない。

 ただ、仕事好きなのは良いけれど、俺を巻き込まないでほしい。


「エルメール卿、夕食を食べていかぬか? ケンテリアス侯爵領の話も聞きたいしな」


 そんな仕事丸出しの誘いに、俺が乗るとでも思っているのだろうか。


「ちょうど、良い高原ミノタウロスが手に入ってな……」

「ご相伴にあずかります!」

「そうか、そうか」


 くぅ、食い気味に答えちゃったよ。

 ニンマリと笑みを浮かべている大公殿下が、ちょっとムカつく。


 これでマズい肉だったら、恨んでやるからな。

 夕食の席には、ギルドマスターのアデライヤも誘われた、恐らくギルド側の視点からのゴブリンクイーン討伐の情報を知りたいのだろう。


 違う視点からの話も聞くのは、情報収集の基本だ。

 そして、大公家の夕食は期待を裏切らない美味さだった。


「ほほう、それではエルメール卿は洞窟内部には入らなかったのか」

「はい、拠点を置く地域ではありませんし、余り目立つのも良くないかと思いまして」

「なるほど、地元の冒険者に配慮したのだな?」

「はい、それに洞窟内部は……って、うみゃ! 何ですかこの魚のフライは! 衣サックサクで中はフワッフワ、タルタル系のソースが淡白な白身の味を引き立たせて、うみゃ!」


 まぁ、聞きたい事がある時は、俺に餌を与えない方が賢明にゃ。

 それでも、さすがは大公殿下、俺のうみゃ中断をものともせず、目的の話を引き出し続けた。


「それでは、エルメール卿は洞窟外部からも内部の様子を把握していたのだな?」

「把握出来たといっても音が主で、目で見るような鮮明さで把握出来たわけではありません。ゴブリン共の断末魔の声や、冒険者達の勝鬨などから状況を推測したにすぎません」

「そうなのか、エルメール卿とても万能とはいかぬのだな」

「おっしゃる通り! 高原ミノタウロス、うんみゃ! 脂はあれどもクドくなく、赤み肉の旨味がドーン、バーン、うんみゃ!」

「なるほどな……」


 どうですか、餌で釣っても望む話が引き出せるとは限らないにゃ。

 それでも、ケンテリアス侯爵家の内部事情に話が及んだ時には、さすがに集中して質問に答えた。


「エルメール卿、正直に答えて欲しいのだが、アントニーは侯爵家を継ぐ器だと思うか?」

「自分のような若輩者が他人の将来を判断するなんておこがましいと思っていますが、それでも言わせていただくなら、今の時点では期待できません」


 ケンテリアス侯爵家の嫡男アントニーが、凱旋した冒険者にゴブリンクイーンの魔石を無償で差し出すように迫り、危うく死人が出るような騒動を引き起こした経緯を話すと、大公殿下も顔を顰めていた。


「ギルドの職員は何をしていたんだ?」

「勿論仲裁しようと努力はしていましたよ。ただ、アントニーが全く聞く耳を持っていなかっただけです」

「アデライヤの所に入っている報告も同じか?」

「はい、エルメール卿の話と食い違う点はございません」


 大公殿下は俺の話を信用していないのではなく、情報の差が気になっているのだろう。

 話に食い違う点がある場合、単純な伝達ミスを除けば、何らかの意図を持って情報を改ざんしようと目論んでいる者が存在している事になる。


 その場合、虚偽を流した組織の情報には、今後疑いの目を向ける必要が出て来る。

 そして、複数の情報を重ね合わせる事で、事実に近付こうとしてるのだ。


 多分、俺達以外の人間からも情報を仕入れているのだろう。


「エルメール卿は、アントニーではなく次男のベネディクトに家督を継いだ方が良いと思うのか?」

「それは……分かりません」

「どうしてだ? エルメール卿はアントニーが家督を継ぐのは反対なんだろう?」

「おっしゃる通りですが、ベネディクト本人と会っていないので、評価を下せません」

「なるほど、比較対象が分からないのでは判断の下しようが無いか」

「はい、ゴブリン退治の拠点になっていたニーデル村でも、ベネディクトの方が優秀だという話は耳にしましたが、伝え聞いた話だけでは判断は難しいです」


 大公殿下は、二度三度と頷きながら俺の話に耳を傾けている。

 これって、もしかして俺も試されているのだろうか。


 そう言えば、洞窟内部の情報収集能力とかも詳しく尋ねられたし、もしかしてスパイ的な役割を期待されてたりするのだろうか。


「アデライヤ、ケンテリアス領内での侯爵家と冒険者の関係について、何か報告は入っていないか?」

「やはりゴブリンクイーンの魔石に関する騒動を受けて、今後の関係悪化が懸念されているようです。ただ、エルメール卿の尽力によって魔石がアントニー様の手に渡る事態は避けられたので、決定的な軋轢が生じている訳ではありません」

「なるほど、その今後の関係悪化については、アントニーの家督相続も絡んでいるのだな?」

「はい、おっしゃる通りです。冒険者は、特に護衛をなりわいとしている場合、拠点を他に移しても大きな影響を受けません。そうした冒険者が減少すれば、困るのは商人たちで、領内の経済活動が縮小する恐れがあります」

「ふむ、少し前までうちが陥りつつあった問題だな」


 土地を治める貴族に嫌気がさすのと、ダンジョンからの発掘品が減少するという原因に違いはあれども、旧王都でも冒険者の流出が起こっていたようです。


「ケンテリアス領から流出するとなれば、今一番の選択肢になるのは我が領地だろう。旧王都が栄えることに文句など無いが、ケンテリアス領が衰退する事は歓迎出来ない」


 大公殿下が言うには、隣接する領地の景気が悪くなると、それに伴い治安も悪化し、その影響は近隣の領地にも及んでいくそうだ。


「かつて我が領地は、ダンジョンを攻略し多くの発掘品を手に入れるために、命知らずな者達を募っていた。経済を優先するために身元の怪しい者すらも受け入れてきたが、負の影響も多く、一時は旧王都もダンジョンの一部だとか、魔窟などとも呼ばれていた」


 反貴族派による粉砕の魔道具を使ったテロ攻撃が激化、ダンジョンの大規模崩落を機に大公殿下は身元確認の厳格化を推し進めた。

 そのため反貴族派のみならず、犯罪や不祥事に関わって居場所を追われた者達も摘発されたりしたようだ。


 おかげで、旧王都の街の雰囲気は目に見えて良くなった。

 相変わらず冒険者の姿は多いが、見るからにガラの悪い連中の数が激減している。


 大公家の騎士団が街を巡回し、積極的に声掛けを続けているからだろう。


「ケンテリアス領が、かつての旧王都のようにならないように注意を払う必要がある。アデライヤ、護衛でケンテリアス領を訪れた冒険者から話を集めよ。変化を見逃すでないぞ」

「かしこまりました」

「エルメール卿もケンテリアス領を訪れる機会があれば、少し注意を払っていてほしい」

「了解いたしました」


 前菜からデザートにいたるまで、うみゃうみゃ堪能させていただいたし、有事の際には手を貸すとしよう。

 今日は会合を含めて長い一日だった、早く拠点に戻って、風呂に入って、お布団にダイブするのだ。

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