第642話 大公家での会合(後編)
「これまでダンジョンでは発見した者が権利を有してきたが、今後の発掘はエルメール卿が発見した地図を元に行われるのだから、冒険者が新たな発見をして権利を得るという事は事実上無くなることになる。だが、建物内部に巣食う魔物の排除には冒険者が必要。では、冒険者にはどのような権利を与えるべきなのか……一番多くの権利を放棄しているエルメール卿から意見を聞かせてほしい」
ダンジョン新区画の発掘に関わる問題は色々と複雑で面倒だが、大公殿下はしっかりと内容を把握しているようだ。
「私としては、建物の大きさに応じて必要な人数をギルドが設定、建物ごとに冒険者が魔物の駆除へ応募する、その建物で得られた発掘品の権利の何割かを得るという形はどうかと考えています」
「なるほど、魔物駆除の報酬として権利を得る、どの建物に応募するかは冒険者の勘と言う訳だな?」
「はい、その通りです。ただ、現在ギルドに提示している地図では建物の面積は表示されていますが、高さに関する情報がありません。同じ面積の建物であっても、平屋と高層建築では建物の容積が大きく違ってしまいます」
「それも含めて、冒険者の勘が試されるのだな?」
大公殿下は、クジ引き的な要素が強いところを楽しんでいるようだが、それでは魔物の駆除の手が足りなくなる可能性がある。
「いいえ、実は完全とは言い切れませんが、高さに関する情報がございます」
「ほう、それは勿論アーティファクトから得られたものなのだな?」
「はい、おっしゃる通りです。アーティファクトを使うと、当時の街並みの様子を見ることが可能です」
いわゆるストリートビューの機能を使えば、建物のおよその高さを推し量れる。
ただし、通りによってはデータが存在していなかったり、他の建物が邪魔をして見難かったり、地下に関する情報は得られない。
「なるほど……先史時代の技術を用いれば、高さまで判別できるのか。だが、それでは冒険者が勘働きを発揮する余地が無くなってしまうのではないのか?」
「そうですね、予想外に大きな建物を引き当てるといった楽しみは減りますが、そもそも何の建物か分かりませんし、中に何があるのか分かりません」
「そうか、アーティファクトを扱っている店かもしれぬし、空き家かもしれないのだな?」
建物の選択にギャンブル要素が残っていると知って、大公殿下はニンマリと頬を緩めた。
やっぱり大貴族って、結構退屈してそうだよね。
「ただ、アーティファクトを使って調べた限りでは、やはり表通りから離れた場所は住居地域のように見えます。そうした場所では、実際に使えるアーティファクトが発見される可能性は低いです」
「ふむ、確かエルメール卿が使っているアーティファクトは、特殊な梱包がなされていたのだったな」
「はい、恐らく品質維持の効果があると思われる魔法陣の付いた特殊な帯が巻かれていました。発見したのはアーティファクトを扱っていたと思われる店舗ですが、展示されていた物は劣化が進んで使用できる状態ではありませんでした」
スマホの販売店だったから新品のスマホが置かれていたが、普通の住居には梱包を解く前の新品が置かれている可能性は低い。
例え壊れてしまった品物であっても、残っていれば考古学的な調査には有用だろう。
だが、売って金になるかと聞かれれば、金銭的な価値は低いと言わざるを得ない。
「なので、先程提案した方式では、冒険者の割が合わなくなってしまう可能性はあります。その場合は、冒険者の取り分を増やすか、単純に魔物駆除の依頼として金額を設定した方が良い気がします」
「そうだな、冒険者が魔物の駆除を止めてしまえば調査は進まなくなる。アデライヤ、その辺りは冒険者の不満が高まり過ぎないように、上手く調整してくれ」
「かしこまりました。チャリオット以外の冒険者からも意見を聞いて、応募方式が良いのか、依頼方式が良いのか検討いたします」
ダンジョンで一攫千金を目論む者とすれば、応募方式が僅かに残る希望といったところだろうか。
冒険者の権利についての話し合いが一段落して、次なる課題に話が移ると、大公殿下は先程までとは違って強かそうな表情を浮かべてギルドマスターへと視線を転じた。
「さて、権利といえば、地下道の管理は大公家とギルドの共同で執り行うことになるが、当家にはどの程度の利がもたらされるのかな?」
「これまでダンジョンの管理はギルドが一手に行ってきました。ギルドの主な収入は、発掘品の買い取り、販売による利益です。分かりやすく申し上げると、販売価格の約八割で買い取りを行い、二割が利益と思っていただければ結構です」
「そこに大公家が加わると……どうなるのだ?」
「まだ業務内容が確定しておりませんので、はっきりとした数字は申し上げられませんが、ダンジョン絡みの収益の六割が大公家、四割をギルドと考えております」
満足しているかどうかは分からないが、大公殿下は小さく二度ほど頷いてみせた。
「そちらの方が取り分が少なくなるが、それでも良いのか?」
「ギルドの収益は、ダンジョンだけではございません。出土品が増えれば、それを商品として他の街に持ち込む商人も増え、当然護衛の依頼も増えます。総合的な収益は、むしろ増えると試算しています」
「なるほど、大公家としても発掘品が増えれば領地全体の商売が活発になり、税収の増加が見込める。協力は惜しまないつもりでいるから、要望があればセルバテスに伝えてくれ。まだ若いが見込みがあると思っている」
「かしこまりました。ギルドではソイルが窓口になります。連絡を密にして、良い体制が築けるようにいたします」
セルバテスとソイルが改めて握手を交わし、今後の協力を誓い合った。
旧王都の命運を左右すると言っても過言ではない重要なポストだし、セルバテスは気合いが入った表情をしている。
一方、セルバテスよりも十歳ぐらい年上にみえるソイルは、日頃からギルドで荒っぽい冒険者たちに揉まれてきているせいか落ち着いてみえる。
ギルドの顔を立てつつ、若い人材の育成をさせようといった大公殿下の思惑があるのかもしれない。
「大公家、ギルド、冒険者、それぞれの利権については一応の道筋が付いた。今後は地下道の管理上の課題を考えていくとしよう。エルメール卿、何か懸念はあるかな?」
「私からは、発掘品の査定について御相談しようかと思っています」
「ほぅ、査定とな?」
「はい、新区画の発掘が進むと、多くの発掘品が発見されるでしょう。その発掘品の価値が、これまでとは大きく変わってくると思われます」
「それは、アーティファクト絡みということか?」
「おっしゃる通りです。私が活用しているアーティファクトも、従来であれば見向きもされなかった可能性があります」
「つまり、見た目では判断できない、これまでの常識では考えられない貴重な遺物があるかもしれないということだな」
「おっしゃる通りです。そうした品物を判断するには、当然専門的な知識が必要となりますが、専門家ですら発見したばかりであったり、未知の品物が沢山あるはずです」
「確かに、これまでと同じ査定を行っていたら、貴重な遺物が散逸してしまう恐れが高いな」
実際、学術調査に参加していた学院の教授達でさえ、アーティファクトの用途は完全には理解できていない。
俺には前世の日本で暮らした記憶があるから、スマホやパソコン、ゲーム、家電、AV機器などの知識があるが、それを完全共有することも難しい。
「エルメール卿が懸念する内容は理解できたが、この対策は簡単ではないぞ」
「そうですね、アーティファクト以外の物品に関しては、従来と同じで構わないと思います。なので、アーティファクト関連については学院に協力を仰ぎ、現時点で分かっているアーティファクトの形状などを一覧にしてもらうのはどうでしょう」
「そうだな、まず必要なのは情報だ。セルバテス、早急に学院と連絡を取り、現在判明しているアーティファクトの一覧を作るように指示せよ」
「かしこまりました」
「それと、その資料は追加が容易にできる形式にすることを忘れるな。恐らく、まだまだ我々には未知のアーティファクトが現れるはずだ」
やはり、大公殿下は相当有能だ。
知識も豊富だし、指示は的確だし、当然それを支える経験も豊富なのだろう。
「さて、他に懸念事項は無いか?」
うん、有能なのは良いけれど、これは会議が長引きそうだにゃぁ。
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