第639話 ギルドマスターの要請

 一日の休日を挟んで、兄貴とガドは地下道の工事現場へ出掛けていった。

 チャリオットの他のメンバーは、ゴブリン退治の遠征が長かったこともあり、今日も休みの予定だ。


 兄貴が出掛けて行くのを見送ってから二度寝して、朝食と昼食を一緒にした食事をしていると、ライオスが起きてきた。


「おはよう、ライオス」

「あぁ、早いな、ニャンゴ」

「いや、俺もさっき起きたばっかりだよ」

「そうか、今日は何か予定あるか?」

「特には……」

「なら、後でギルドまで一緒に行ってくれ。次の依頼を見て来ようと思ってる」

「いいよ、次はあんまり長引かないのがいいな」

「そうだな、簡単には終わらないと思っていたが、それにしても今回のゴブリン退治は長引きすぎだ」


 ライオスはポットをコンロに置いてお湯を沸かし、趣味のカルフェを淹れる準備を始めた。


「ニャンゴも飲むだろう?」

「うん、いただくよ」


 ライオスのカルフェの淹れ方は、いわゆるネルドリップ方式で、最初に豆にお湯を馴染ませて蒸らした後、慎重な手つきでお湯を掛け回していく。

 すぐにリビングが馥郁としたカルフェの香りで満たされていく。


「ガドから聞いたが、地下道はもう俺たちが発掘していた階層まで到達しているそうだな」

「らしいね。まだ先行する坑道だけで、本道が出来上がるには時間が掛かるみたいだけど、これまでの工事で作業員たちも慣れてきているから、意外に早く完成するかもって兄貴も言ってたよ」

「地下道が完成すれば、発掘作業や学術調査も再開するんだろうが、どうなることやら」

「これまでとは、発掘方法も大きく変わるんじゃない?」

「だろうな、冒険者が勝手に掘り進めていたら、また落盤事故が起こる恐れがある。そうなったら、せっかくのお宝が掘り出せなくなっちまうからな」


 チャリオットに続いて、他のパーティーがダンジョンの新区画を発掘し始めて少し経った頃、掘り進めた坑道の硬化が足りず、落盤事故が発生した。

 少なからぬ人数が巻き込まれて未だに行方不明のままだし、落盤が起こった場所から先へは掘り進められなくなった。


「発掘は、ギルドが主導で進めるのは変わらないんだよね?」

「どうかな、何しろ未知のお宝の宝庫だからな、そうした貴重な資料が散逸しないように、学院や大公家、もしかすると王家が口出ししてくる可能性もあるな」

「でも、全部の調査を進めるには、全然人員が足りないんじゃない?」

「だろうな、俺たちが見つけた建物の内部で見つけた品物だって、まだ全然検証できていないんじゃないか?」

「だと思う、暫く学院にも顔を出していないけど、そもそも文明の発展度合いが違いすぎるから、全てを検証するなんて無理だと思う」


 前世の頃に例えるならば、中世ヨーロッパ人がパソコンやスマホを解析するようなものだ。

 実際、前世の記憶がある俺が居なかったら、スマホはタイル扱いのままだったかもしれない。


 カルフェをゆったりと味わった後、リビングに書き置きを残してライオスと一緒にギルドへ向かった。

 昼前は依頼を求める冒険者よりも、依頼を持ち込む者の方が多い時間帯だ。


「思ったよりも多くの依頼が残ってるな」

「そうだね、もしかしてゴブリン退治に冒険者を取られて、依頼が溜まってるのかな?」

「あぁ、その可能性はあるな」


 護衛、討伐、採集、様々な依頼が掲示板に残されていて、そうした依頼も報酬が安いといった問題のある依頼ではない普通の依頼のようだ。


「王都かタハリ辺りまでの護衛依頼ならば、手間取らずに戻って来られるだろう」

「そうだね。どっちでも問題無いと思うけど、あとは運ぶ品物次第?」

「そうだな、あまり物騒な品物は遠慮したいな」

「エルメール卿、少しお時間をいただけないだろうか?」


 ライオスと一緒に依頼を吟味していると、後ろから声を掛けられた。

 振りむいた先に居たのは、ギルドマスターのアデライヤだった。


 相変わらずタイトスカートのスーツ姿だが、ガッシリとした体格や纏っている雰囲気が只者ではない。


「ご無沙汰してます、構いませんよ。今日は休日なので」

「では、ライオスも一緒に良いか?」

「あぁ、構わんよ」


 アデライヤに連れられて執務室へと移動すると、受付嬢が焼き菓子とお茶を用意してくれた。

 普段ならば、早速手を伸ばすところだが、食事を済ませたばかりなので優雅にお茶をいただこう。


「ケンテリアス領では、侯爵家の騒動に巻き込まれたそうで、災難でしたね」

「ホント、勘弁してもらいたいですね。あんなのが侯爵家を継いだら、大変な事になるでしょうね」

「違いはあれども貴族なんてものは、見栄が服を着て歩いているようなものですから」

「俺は見栄を張る気はないですけどね」

「これは失礼しました、目の前に名誉子爵様がいらしゃいましたね」

「まぁ、俺の場合は形だけの貴族ですから」


 俺の場合は領地も屋敷も煌びやかな服も持ち合わせていないので、見栄を張りようがないのだ。


「ところで、今日は何の御用ですか?」

「はい、今後のダンジョンの発掘について、少しご意見を聞かせていただきたい」

「あぁ、地下道の完成が見えてきたからですね?」

「おっしゃる通りです」

「実はさっきもライオスと、今後の発掘作業はどうなるのかと話していたんです」

「そうなんですか? エルメール卿は、どのように進めるのが良いとお考えですか?」

「うーん……正直、考え始めたのは昨日からなんで、まだ考えがまとまっていません。ただ、シッカリと管理して発掘を進めないと、また落盤事故が起こってしまう可能性が高いですよね」

「まさに、それが一番考慮しないといけない所です。発掘中の落盤事故、そして大規模な崩落。エルメール卿が新区画を発見する以前は、今になって考えれば建物の中を掘り進めていただけでしたが、これからは土の中を掘り進めていかなければなりません」


 アデライヤが言う通り、俺たちが来る以前に発掘が行われていたのは、先史時代の人工島の建物内部だけだ。

 建物の中なので、当然柱が存在しているので、老朽化した階段などが崩れなどの事故はあったとしても、大規模な落盤などは起こっていなかった。


「そうですね、まず誰が管理するのか、そこを明確にされたらいかがです?」

「管理については、当然我々ギルドが行います」

「地下道の工事は、誰が監督しているのですか?」

「ギルドと大公家の共同管理です」

「今後の発掘は地下道がメインになるんですよね?」

「その通りです」

「だとしたら、地下道の工事を共同で行った大公家が、何の要求もしないとは考えられないんですが」

「確かに……そうですね」

「馬車ごと発掘が行われている階層まで降りられるようになれば、これまで以上に多くの人が出入りするようになるでしょう。おそらく、ギルドだけでは管理しきれなくなるんじゃないですか?」

「確かに、ギルドの人員だけでは手が足りないでしょう。となれば大公家に支援をお願いする必要がありますね」


 今までは、徒歩か昇降機で降りるしかなかったので、ダンジョンの出入りを管理するのもらくでしたが、これからは出入りの管理だけでも多くの人員が必要になるはずです。

 大公家にすれば、地下道の建設に手を貸したのだから、当然見返りとなる利益を要求してくるでしょう。


 それならば、最初から話を通して、共同管理の道を探るのが正解でしょう。


「他に意見はございますか?」

「そうですね……我々チャリオットを含めて、既に発掘の権利を認められたパーティーが居ますが、その権利は守っていただきたい」

「勿論です、新区画発見の立役者であるチャリオットの皆さんの権利が侵害されるなんて、あってはなりません。ただ、それ以外の冒険者に新たに権利を与えるのは難しいかと……」


 ダンジョンの発掘品の権利は、発見した人にある。

 基本的には早い者勝ちで、出遅れればお宝は手に入らない。


 だが、ギルドや大公家の管理下で発掘が行われるならば、早い者勝ちの理論が成立しなくなる。

 というか、そもそも新区画を発見したのは俺達だから、早い者勝ちが通用するなら、全部俺達のものだ。


 その俺達でも、実際に掘り進んだ建物しか権利を得ていないのだから、出遅れた連中が権利を得られなくても仕方がないのだ。

 ただし、それは理詰めで考えた場合で、感情は納得しないだろう。


 ダンジョンの管理は誰が行うのか、冒険者はどんな形で発掘に関わるのか、権利を得た冒険者と得られなかった冒険者の収入格差をどう埋めていくのか。

 地下道が完成するまでに、解決すべき問題が山積みのようだ。

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