第640話 大公家からの呼び出し

 ギルドマスターのアデライヤと面談した翌日、チャリオットの拠点に旧王都の領主である大公殿下からの書状が届けられた。

 昨日の今日なので、内容は見るまでもないとは思うのだが、念のために確認すると、やはり地下道の管理についての話し合いへの参加要請だった。


 昨日、アデライヤとの面談の後、チャリオットの次の依頼を決めてきたのだが、ライオスは俺抜きでもこなせる依頼を選んだ。


「たぶん……いや、間違いなくニャンゴは召喚されるだろうからな」

「だよねぇ……」


 ダンジョンの新区画に関する知識は、どんな学者よりも俺の方が詳しい。

 スマホから取り出した街の地図に加え、ストリートビューのように建物の外観さえも分かるのだから、発掘におけるこれ以上の情報は無いだろう。


 地下道の管理については、ギルドと同様に大公家でも懸念を持っているようで、早期の会合開催を望んでいた。

 管理する側のギルドと大公家、そして管理される側の冒険者の代表兼ダンジョンの情報提供者として俺が選ばれたようだ。


「勿論、出席させていただきますよ」

「明日の開催でも構いませんか?」

「えぇ、結構です。あらかじめ予定を開けておきましたので」

「ありがとうございます。それでは明日の午後、当家までお運びください」

「かしこまりました」


 基本的に冒険者というのは自由な職業だが、それでも所属する街を治める領主の呼び出しとあれば応じない訳にはいかない。

 ましてや、シュレンドル王国で王家に次ぐ大貴族である大公家ならば尚更だ。


 それに、大公家で出されるケーキは絶品なんだよにゃぁ。

 話し合いの開催は明日からだし、チャリオットのみんなは王都までの護衛依頼の準備中なので、俺は地下道の工事現場を見学に行くことにした。


 元騎士団の訓練場だった地下道の工事現場は、最初に訪れた頃よりも賑わいを増していた。

 地下道は、カマボコ型に掘り出した壁面、天井を外に向かって圧縮硬化させた後、鉄筋を入れた部材を組んで更に補強を加える構造だそうだ。


 地下道の内部では掘り出しと硬化の作業が進められ、外部では鉄筋入りの部材の制作作業が進められている。

 ガドや兄貴が作業を行っているのは、地下道内部の掘り出し硬化の現場だ。


 工事現場には、胡乱な人物が立ち入らないように、出入りする人間は身分証の提示を求められる。

 宙に浮きながら歩いてくる猫人……なんて特徴的な俺でさえも、身分証の提示が無ければ立ち入れないのだ。


 とは言っても、工事に関わる人員も多いし、搬入業者の数も多いので、偽の身分証を作られたら入り込まれてしまう懸念はある。

 ただ、シュレンドル王国では身分証の偽造は重罪で、悪くすると死罪になることすらあるのだ。


 それだけのリスクを冒して、まだアーティファクトの搬出も始まっていない工事現場に入りこむ価値があるかと問われると、そこまでの価値は無いような気がする。

 ただ、反貴族派みたいな狂信的な組織に属する者であれば、リスク度外視で行動する可能性もあるだろう。


 折角、完成が見えてきているのだから、工事の邪魔はしないでもらいたい。


「おらっ、もたもたしてんじゃねぇ、ぶっとばすぞ!」

「もっと右! もっと右だって言ってんだろう! このボケぇ!」


 現場では、思わずビクっとなりそうな怒号が飛び交っている。

 パワハラなんて言葉は存在しない世界だから、現場の責任者には大きな権限が与えられている。


 ただし、そうした権限は現場の安全確保と工事品質の維持のためで、特定の人間を差別したり、私腹を肥やすために使われた場合には、ギルドに通報されるそうだ。

 通報された責任者は査察を受けて、違反の事実が確認された場合には、降格や解任されたりもするらしい。


 その辺りの厳しさは、この地下道の建設が国家的なプロジェクトでもあるからだろう。

 地下道の幅は二十メートルほどもあり、馬車が対面で通行できる通路の他に、歩道も整備されるらしい。


 魔道具の照明の他に、風の魔道具を使った通風設備まで設置されるようだ。

 地下道は緩やかな傾斜で、大きくつづら折れしながら地下へと下って行く。


 ダンジョン新区画までは、七十階建てビル相当の深さがあるから、恐らく三百メートル近く下る必要がある。

 荷物を積んだ馬車を引いて進む馬にとっては、けっして楽な道のりではないので、中間点には馬を休ませるためのスペースも作られるそうだ。


「馬を休ませれば、当然人も休むことになる、そこで商売を始める人も出てくるんだろうな」


 ダンジョンは、アーティファクトという資源を算出すると同時に、それを発掘、搬出するといった仕事を創出し、さらにそれに関わる人を目的とした商売も生み出す。

 産出品が少なくなって景気が減速していた旧王都が、新区画の発見によって一気に活気付き、大規模崩落によってまた右肩下がりとなっている。


 だが、この地下道が完成すれば、間違いなく旧王都の経済は盛り上がるはずだ。

 スマホやパソコン、デジカメといったアーティファクトは数が限られるし、操作には知識を要するが、ガラスの食器、鏡、工芸品などは、そのままでも商品になる。


 先史時代の高い技術で作られた品物は、これまでも高値で取引されてきた。

 そうした品物が大量に搬出される可能性が高まるのだから、経済効果の大きさは言うまでもないだろう。


 それだけに、その巨大な利権の取り扱いには注意が必要になる。

 これまで、ダンジョンは冒険者が命懸けで潜って、お宝を手にして戻って来る場所だったが、これからは危険度が大幅に下がることが予想される。


 ダンジョンの旧区画には、レッサードラゴンなどの危険な魔物が生息していた。

 ただ、これらの魔物はダンジョン最下層の横穴から出て来た可能性が高い。


 ダンジョン最下層の横穴は、俺が見る限りでは地下鉄の線路だ。

 当然、駅は旧区画の最下層と一つ上の階層で、新区画とは接続していない可能性が高い。


 下水管などを通じて、フキヤグモとか、ヨロイムカデのような魔物は入り込んでいるが、哺乳類系や爬虫類系の魔物は存在していない可能性が高い。

 そして、建物内部に存在していても、最初に駆除してしまえば、その後に襲われる可能性はほぼ皆無なのだ。


 そうなると、冒険者の出番は最初の駆除に限定されてしまう。

 それでは、冒険者というよりも害虫駆除業者だ。


 発掘のリスクが下がるのは悪いことではないのだろうが、そうなると冒険者の働き場所が無くなってしまう恐れがある。

 ダンジョンは、冒険者が活躍する場所から労働者が働く場所に変貌するのだろう。


 こうして現場に立って改めて考えてみると、レイラやシューレが女子会で話していた内容には同意するしかない。

 ライオスやセルージョ、ガド、そしてシューレやレイラ、そして俺も、労働を求めて旧王都まで来た訳ではない。


「発掘品が増えれば、それを各地に届ける商人の護衛依頼は増えるのか……」


 護衛の依頼、討伐の依頼、それらは冒険者本来の仕事だから文句を言うつもりは無いのだが……それだったら、別に旧王都じゃなくても良い気がする。

 仕事の中身だけを見れば、旧王都だろうと、イブーロであろうと変わらないだろう。


 ただし、俺の場合は発掘されたアーティファクトの解析に助言を行うという仕事がある。

 この世界の先史文明は、俺の前世である日本と良く似ている。


 魔力が使われているという違いはあれども、文明の発展度合いは同じか、少し先を行っている感じだ。

 百科事典などの資料も発見できたけど、アーティファクトが何のために使われている物なのかを判断する知識で俺に並べる人は居ないだろう。


 たぶん、俺が生きている間にアーティファクトと同等の品物が作れるようになるとは思えないけど、それでも解析を進めるほどに文明の進歩は加速するはずだ。


「今回みたいに、俺は時々抜けたりしながら、チャリオットには旧王都を拠点として活動してもらうのが良いのかにゃぁ……」


 明日の話し合いの判断材料を手に入れるために地下道の工事現場を訪れたが、やはり意識は自分達の将来に向けられてしまう。


「チャリオットの中でも話し合いが必要になるんだろうにゃ……」


 この後、兄貴の仕事ぶりを少し見学した後、現場を後にして旧王都を上空から眺めてみることにした。

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