第637話 女子会

 レイラとシューレに加えて、クーナまで踏み……じゃなかった、丸洗いしなきゃいけないかと思いきや、風呂場の掃除とお湯張りが終わったら追い出されてしまった。


「ニャンゴは、ちゃんとお兄ちゃんを寝かし付けておきなさい」


 なんてレイラに言われたけれど、兄貴は俺が何もしなくても、自分のお布団に潜り込んで丸くなるから大丈夫だ。

 お布団には、それだけ強力な引力が働くのだ。


 兄貴は仕事が終わった後、風呂に入ってきたそうだが、今は魚を焼いた匂いが染みついている。

 お布団にも焼き魚の匂いが移ってしまいそうだが、兄貴の幸せそうな寝顔からすると、無理に起こしてシャワーを浴びさせるより、このままにした方が良さそうだ。


 それにしても、女子四人は何の話をしているのかね。

 ちょっと空属性魔法で、収音マイクを作って聞いてみよう。


『クーナはタヌキ人にしては引き締まってるわね』

『そんな、レイラさんには敵いませんよ』

『スタイルの良さは女の武器の一つだからね』

『ホント、女の私から見ても惚れ惚れしちゃいます。どうやったら維持できるんですか?』

『日々の運動とバランスの取れた食事、それに踏み踏みマッサージかしら」

『踏み踏み……ですか?』


 にゃにゃ、にゃんてことを言うんだ。

 そんなに頻繁に踏み踏みなんて……してるかも。


 その後、シューレも加わって、ウエストの引き締め方とか、胸の張りとか弾力とか話し合ってたけど、ミリアムは静かだったな。

 レイラもシューレもスタイル抜群だし、クーナは色々と丸いし、ミリアムにしてみればボリューム的に圧倒される状況だろう。


 元々、凹凸の少ない体形だし、毛が濡れてペショっとすると、余計に貧相に見えるから、

自分の出番は無いと思っていたのだろう。

 風呂から出た四人は、シューレとミリアムの部屋にレイラの布団を持ち込んで雑魚寝するらしい。


 おかげで今夜は兄貴が干しておいてくれた、ふかふかなお布団を一人で堪能できそうだ。

 風呂に入って、眠りにつくまでの間、女子会の様子を引き続き聞かせてもらおう。


 女子会といっても、話をするのは主にレイラとクーナのようだ。

 酒場のマドンナだったレイラは、話を引き出すのが上手い。


 そのレイラの興味は、兄貴とクーナの関係性のようだ。


『クーナは、フォークスをどう思っているの?』

『フォークスさんは、とても真面目で尊敬できる方です』

『うーん……そうじゃなくて、男としては? 恋人にしたいと思ってる?』


 おぉぅ、ド直球をぶっこんで来たねぇ。

 でも、正直俺も興味がある。


『まだ知り合ってから日も浅いですし、私はいいなぁ……って思うんですけど、全然脈無しというか……』

『仕事とお魚に夢中?』

『はい……』

『まぁ、あの兄弟の前に美味しい魚を並べたら、色っぽい話なんて無理ね』

『エルメール卿もですか?』

『そうよ、今夜もうみゃうみゃ言ってたでしょ?』

『確かに……じゃあ、魚料理以外の店じゃないと駄目ですね』

『そうね、少なくとも今夜の店では駄目ね』

『なるほど……勉強になります』


 なんか酷い言われようだけど、全く反論の余地が無いのが悲しい。

 でも、これは猫人の性質だから仕方ないんだ。


 俺と兄貴のことばかりネタにされてるけど、ミリアムだって自分が焼いてる切り身を睨みつけていて、今にもやんのかステップを踏みそうな気配を漂わせていた。

 横取りなんてしようものなら、血の雨が降りそうだった。


 そのミリアムは、お魚を堪能して風呂にも入り、すっかり満足しているようで、ゴロゴロと喉をならしているのが収音マイクを通して聞こえてくる。

 もうシューレには吸われ終わったのだろう。


『あの……レイラさんはエルメール卿とお付き合いなさっていらっしゃるんですか?』

『ううん、恋人とか愛人とかではなくて、もっと大人な関係ね』

『結婚なさらないんですか?』

『しないわね。家庭を作る柄じゃないし、貴族の夫人とか面倒そうだし』

『そうですよね。名誉子爵様ですもんね』

『そうそう、それも王族の覚えもめでたい……というか、確実に狙われてるしね』

『エルメール卿の功績って、もの凄いですもんね』

『演劇のモデルになるくらいだからね』

『見ました、あれって本当にあった事なんですよね?』

『さぁ、どこまで本当なのか知らないけど、王族から呼び出されてるのは本当よ」


 てか、俺の話はいいから、兄貴の話をしようよ。


『エルメール卿が凄すぎるからですかね。フォークスさんて、自分に対する評価が低すぎると思うんです』

『あぁ、それはあるかもしれないわね』

『フォークスさん本当に仕事熱心で仕上がりなんてプロ級なのに、誰に褒められても自分なんてまだまだとしか言わないんです。謙遜も度が過ぎると嫌味だと思われかねないから、ちょっと心配です』

『一番身近な人間が突き抜けちゃってるからね』

『それと、フォークスは過去を引きずっていると思う……』


 それまで黙っていたシューレが、話に加わった。

 過去というのは、たぶん貧民街に居たことだろう。


『フォークスさんの過去って、何があったんですか?』

『それは、言えない……勝手に話せない……』


 シューレは兄貴の過去を知っているけど、迂闊に話さない分別はある。


『よく分からないけど、苦労なさってんですね』

『そう、そこからニャンゴに救い出してもらったから……余計に自己評価が低いんだと思う……』


 シューレの言う通り、兄貴は事あるごとにニャンゴのおかげだと口癖のように言うけれど、今の兄貴が評価されているのは兄貴自身の功績による方が多いはずだ。

 俺はエルメール卿の兄貴だぞ……なんて、ふんぞり返って横暴な振る舞いをするよりは良いけれど、そろそろ兄貴にも胸を張ってもらいたい。


『クーナ……』

『なんですか、レイラさん』

『フォークスを手に入れたかったら、狩るのよ』

『えっ……狩る?』

『そう、普通に気持ちを伝えるだけじゃ、俺なんて……って言われるだけでしょ? だったら、どんな感情を抱いているのか、行動で示さなきゃ駄目よ』

『行動って言われても……』

『裸でぶつかって行きなさい』

『えぇぇぇ……そんな』

『そのぐらいハッキリ態度で示さないと、自己評価の低い鈍感男には分かってもらえないわよ』


 うわぁ、何というか肉食の理論だよね。

 でも、確かに今の兄貴には、そのぐらいやらないと気持ちが伝わらないかもしれない。


『でも、私もそういう経験無いですし……』

『あら、それなら手ほどきしてあげるわ』

『いえ、それはさすがに……それに、地下道の工事が終われば、フォークスさんは冒険者に戻られるんですよね? 私に冒険者の嫁が務めるか、ちょっと不安だったりします』

『それは、たぶん大丈夫……フォークスはチャリオットを抜けると思う……』

『えぇぇぇぇ!』


 シューレの一言にクーナだけでなく、思わず俺も声を上げそうになった。


『どうしてですか?』

『たぶん、ダンジョンの発掘方法が変わる……冒険者の関わり方も変わっていく……』


 地下道がダンジョンの新区画に到達しても、これまでのような冒険者中心の発掘作業はできなくなるというのがシューレの予想だ。

 以前起こったような崩落事故が起これば、地下道を建設した意味が失われてしまう。


 それを防ぐために、発掘は土属性魔法を使う専門家が中心となって進められるようになるはずだ。


『チャリオットは、これまでにも大きな利益を獲得したけど、ショッピングモールで発見された物品が地上まで運ばれれば、更に数倍、数十倍の利益がもたらされるはず……でも、それは冒険とは言えない作業の結果。ライオスやガド、それに私も、そろそろ冒険に戻りたくなっている……』


 確かに、階層主を倒して更なる深層を目指すようなダンジョン攻略ではなくなれば、冒険者が腕や経験を使って活躍する場が減ってしまうだろう。


『でも、フォークスのような人は、これから先、更に需要が高まっていくはず……』

『そうね、シューレの言う通り、あのショッピングモールからの物品搬出が終われば、チャリオットはどこへ向かうのか議論する必要があるわね』


 今すぐという話ではないが、俺にも考えて決断しなきゃいけない時が訪れそうだ。

 でも、今はゴブリン討伐がやっと終わったばかりだから、女子会の盗み聞きは止めて、心行くまでお布団を堪能しよう。

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