第636話 恋路を邪魔する者は

「ニャンゴ……それに、みんなも、どうして声を掛けてくれなかったんだ?」

「いや、だって兄貴の邪魔をしちゃ悪いと思って……」

「俺の邪魔? あぁ、魚を焦がさないか心配してくれたのか。それなら、ニャンゴに焼いてもらおうかな」

「いやいや、そういう意味じゃないから」

「ん? 違うのか?」


 小首を傾げてみせる兄貴の天然っぷりには、弟として心配になってくる。


「と、とにかく、そっちはそっちの話もあるだろうし、遠征の話はまたゆっくりするからさ」

「そうか、なんか俺だけ仲間外れみたいで……」

「そんな事ないから! 大丈夫だから心配するな」

「うん、分かった」


 どうにか兄貴を納得させて、クーナと二人の席を維持させたんだが、セルージョやレイラからはジト目で睨まれてしまった。


「まったく、台無しだぜ。ニャンゴは監視や尾行の依頼には使えないな」

「ホント、がっかりだわ。踏み踏みは、お預けね」

「みゃっ! 俺だって尾行や監視は出来るからね。王都で反貴族派の摘発をした時だって、空属性魔法を使って監視して、一網打尽に……」

「ほら、ニャンゴ、焦げるぞ」

「ふみゃぁぁぁ! 熱ぅ……って、セルージョは一度に乗せすぎなんだよ。ふにゃぁぁぁ、自分で作った魔法陣じゃないから火加減の調整が……」


 炭火のコンロだから火加減にムラがあったりする上に、セルージョが何も考えずに魚を並べていくから焼け具合を確認するのが忙しい。


「ニャンゴ、こっちはもう食べてもいい?」

「待って、レイラ! うにゅぅぅぅ……いいよ」

「冷たいミルクのお客様は……」

「はいはい、俺です。んー……うみゃ」

「焦げるぞ、ニャンゴ」

「ふみゃぁぁぁ! だから、セルージョ乗せすぎ!」


 干物、丸干し、塩焼き、ラーシ漬け、どれも美味しいけれど、焼くのと食べるのとが忙しくて、のんびり味わっていられない。

 というか、その元凶は全てセルージョのような気がする。


 焼き網に隙間ができると皿からドンドン並べるくせに、乗せた後は酒を飲むばかりでひっくり返そうともしない。

 隣のテーブルは……と眺めてみると、ミリアムが物凄く真剣な表情で自分が乗せた切り身の焼け具合を監視していて、シューレたちはミリアムを見守りながら杯を重ねている。


「焦げるぞ、ニャンゴ」

「みゃみゃっ! 焦げそうだったらひっくり返してよ」

「いや、手出しすると怒られそうだし」

「もう……やばい、やばい、焦げる……」


 結局、打ち上げが終わるまで、網奉行として奔走させられてしまった。

 確かに美味しかったけど、今度は一人で来よう。


「あっ、そういえば兄貴は?」


 ライオスが、兄貴たちのテーブルの会計も一緒に済ませた時には、酔い潰れてクーナに背負われるところだった。


「兄貴……すみません、俺が運んで帰ります」

「いいえ、私にやらせてもらえませんか?」


 まぁ、レイラに抱えられながら言えば、そういう返事になるよね。

 兄貴は安心しきっているのか、時折クーナの背中にグリグリと頬擦りしながら喉を鳴らしている。


「なんか、すみません。こんな兄貴で……」

「とんでもない、現場では私の方がお世話になりっぱなしなんで」

「それって、本当なんですか?」

「本当ですよ。私以外にもフォークスさんから助言を貰っている人はいっぱい居ますよ」

「そうなんだ……俺は現場に居る兄貴を知らないので」

「フォークスさん、自分も少し前までは魔法を上手く使えなかったからって言って、親身になって相談に乗ってくれるんです」


 クーナが言うには、プロの職人さんは見て覚えるものだと言って技術的な質問には答えてくれないそうだ。

 そして、そんな職人さんを真似て、臨時雇いの人達も仕事のコツなどは教えてくれないそうだ。


 最近は、経験の浅い臨時雇いの人達に基礎的な技術指導をしてくれるらしいが、それだけでは仕事に不慣れな人間は仕事をこなすだけで精いっぱいだ。

 クーナも仕事に不慣れな臨時雇いだったそうで、仕上がりチェックに合格できずに困っていたところを兄貴に助けられたそうだ。


「フォークスさんは、惜しげも無く自分が見つけたコツとか手順を教えてくれるんです。だから最近は、仕事が終わった後でフォークスさんを囲んで、勉強会みたいなことがおこなわれているんです」

「えっ、兄貴が主催してるの?」

「主催ではなくて、自然とみんなが集まって来る感じですね」

「へぇ、兄貴がねぇ……」


 自らが中心となって集団を牽引するなんて兄貴らしくないと思うが、自発的な集団の中心人物に祭上げられる姿も想像できない。

 ちょっと前までは、俺の背中に隠れるようにして、チャリオットのみんなとも上手く喋れなかった。


 それが今では、土木現場で作業する仲間から慕われ、輪の中心に居るというのだから、変われば変わるものだ。

 というか、クーナから聞く仕事中の兄貴の様子は格好良いとさえ思うのだが、今の兄貴は母親に背負われている幼子のようだ。


「あの……クーナさんは、兄貴のことをどう思ってらっしゃるのですか?」

「私は……」


 言葉に詰まったクーナは、急に酔いが回った訳ではなかろうが、顔を真っ赤にした。

 うん、これは脈ありじゃないかな。


「とても尊敬できる方だと思いますが……今はまだ、それ以上は……」

「クーナさんは、旧王都の出身なんですか?」

「いえ、ケンテリアス領の生まれです」

「そうなんですか、俺達、ケンテリアス領から戻ってきたばかりですよ」

「フォークスさんから聞きました。ゴブリンが大発生していたんですよね?」

「うん、ゴブリンクィーンが原因だったんだけどね」

「エルメール卿が討伐されたんですか?」

「ううん、今回は支援役に徹してたから、討伐したのは別の冒険者パーティーだよ」


 クーナの話では、兄貴は俺の話を本当に楽しそうに、誇らしげに語って聞かせるそうだ。


「最初は、魚を食べるのに夢中で、お腹が一杯になってくるとエルメール卿の話をするんです」

「えっ、それって愚痴をこぼしてるの?」

「とんでもない、ずっとエルメール卿の自慢話ですよ。今の自分が人並みの生活を出来ているのは、全部エルメール卿のおかげだって」

「そんな事はないよ。俺は立ち直る切っ掛けを作っただけで、今の兄貴があるのは兄貴自身の努力の賜物だよ」

「でも、フォークスさんは、弟の顔に泥を塗らないように、自分も成長しなきゃいけないんだって、ずっと言ってますよ」

「そんなに頑張らなくても、普通で良いんだけどなぁ……」


 兄貴が真面目に努力を続けるのは嬉しいけれど、俺が前世の知識でチートしているせいでプレッシャーを感じているとしたら、ちょっと申し訳ない気分になる。


「大丈夫ですよ。フォークスさん、とっても楽しそうに仕事してますから」

「そっか、それなら大丈夫かな」


 俺のせいで重圧を感じさせてしまっているならば申し訳ないと思ったが、兄貴が楽しんで努力を続けているのなら何も言うことはない。

 結局クーナに、兄貴を拠点の布団まで運んでもらってしまった。


「申し訳なかったね。家まで俺が送っていくよ」

「と、とんでもないです。エルメール卿にご足労をかけるなんて……」

「でも、帰り道に何かあったら兄貴に顔向けできなくなっちゃうから」


 俺とクーナが、送って行くか行かないかで揉めていると、レイラが横から別の提案をした。


「泊まっていけば? ガドから聞いたけど、明日はフォークスも貴女も休みなんでしょ?」

「それは、そうなんですけど……泊まる支度なんてしてきてませんし」

「大丈夫、大丈夫、着替えなんて何とでもなるわよ」


 結局、レイラに押し切られる形で、クーナはチャリオットの拠点に泊まることになった。

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