第632話 安心できない道中

 翌日、俺達チャリオットのメンバーは、ケンテリアス領の領都ドレッセルを経由して旧王都へ向かう乗合馬車に乗り込んだ。

 馬車には、俺達と同様にゴブリン退治に参加した冒険者とゴブリンクィーンの魔石を運ぶギルドの職員二人も同乗している。


 ギルドの職員エルケンは羊人の男性、キルネは犬人の女性で、共に二十代半ばぐらいに見える。


「エルメール卿、ドレッセルまでよろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 人当たりの良い笑みを浮かべながら挨拶してきたエルケンは、ギルドの職員だが冒険者のような格好をしている。

 少し緊張気味のキルネも、同じような服装だ。


「何も無いと思いますが、いざと言う時にギルドの制服だと動けませんし、アントニー様付きの騎士に見つかりにくいですからね」

「なるほど……」


 ゴブリンクィーンの魔石は領都に向けて送り出したという俺達の嘘を信じて、ケンテリアス侯爵家の嫡男アントニーと護衛の騎士たちは、昨夜のうちにニーデル村を出発している。

 いくら騎士たちが乗っている馬が駿馬だったとしても、実際に存在しない相手には追いつけるはずがない。


 問題は、どこで俺達の嘘に気付くかだ。

 領都ドレッセルまで気付かなかったとすれば、明日の昼ぐらいにはギルドで一悶着起こりそうだ。


 乗合馬車がドレッセルに到着するのは、明日の夕方ぐらいになる予定なので、それまでには騒動も収まっているだろう。

 領都に行く前に気付いた場合、アントニーの一行はニーデル村に引き返すかもしれないが、戻ったところで魔石は手に入らないし、その頃には俺達は領都に到着しているだろう。


 俺達が騒動に巻き込まれる可能性があるとすれば、途中で嘘に気付いたアントニー達が、ニーデル村から来る馬車を止めて調べ始めた場合だ。

 同行していた騎士の数を考えても、その可能性は低いと思うが、エルケンとキルネが冒険者を装っているのは賢明な判断だと思う。


「それにしても、エルメール卿が作ってくださったクッションは凄いですね。こんなに長時間馬車に乗ってもお尻が痛くないなんてビックリです」


 チャリオットと同じ馬車に乗った人達には、空属性魔法で作ったクッションを提供した。

 ギルドの職員キルネが驚くのも当然で、サスペンションなど付いていない馬車に長時間揺られれば、普通なら尻が痛くなっているところだ。


 天候にも恵まれ、乗合馬車は順調に進み、今日の経由地へ到着した。

 遠方まで向かう乗合馬車は、一日の旅程を終えると停留所で一晩を過ごす。


 馬車の乗客は、停留所に併設されている簡易宿泊所で一夜を過ごすか、近くの宿に泊まり、また翌日同じ馬車に乗って目的地を目指すことになる。


「どうやら、アントニー様の手の者は居ないようですね」


 村に入る前からエルケンは警戒していたが、治安維持のために駐屯している騎士の姿はあったが、通常の検問を行っているだけだった。

 乗客がゴブリン討伐に参加した冒険者と知ると労いの言葉を掛けてきただけで、ゴブリンクィーンの魔石を探すような動きは見られなかった。


「さてと、寝床を確保するか」


 ライオスとセルージョは、慣れた様子で簡易宿泊所を見回して、場所を確保した。

 簡易宿泊所は屋根と壁はあるものの、宿泊所というよりも大きな倉庫みたいなものだ。


 床は綺麗に均されているが土を固めただけで、そこに敷布を広げて毛布に包まって眠るのだ。

 俺達は空属性魔法で作ったクッションがあるけど、普通の旅人だと良くて毛布を一枚余計に敷く程度だから、金持ち以外が旅をするのは大変だ。


 ただ、明日は領都ドレッセルに泊まるので、その時に宿を取る予定だ。

 ギルドの職員の二人も、俺達と一緒に簡易宿泊所で夜を明かす。


 これはニーデル村を出る前に打ち合わせしていた事で、この方が目立たないし、護衛もし易いとライオスが判断したのだ。

 確かに、大きな倉庫のような簡易宿泊所ならば見通しが利く。


 だが、この簡易宿泊所は俺達や冒険者以外に一般の乗客も利用している。

 関係の無い人達を無用な争いに巻き込む訳にはいかない。


「ふみゃ……」

「ニャンゴ、眉間に皺が寄ってるわよ。そんなに警戒しなくても大丈夫でしょ」


 レイラに眉間を指先でなぞられた後、耳の後ろから喉の辺りをコチョコチョされる。


「みゃっ……喉はらめぇ……」

「みんなも居るし、他の冒険者も居るんだから、向こうだって無闇に仕掛けて来ないわよ」

「そういう常識が通用する相手なら楽なんだけどねぇ……」


 昨日の会談でアントニーが、村など作り直せば良いと口にしたことを話すと、レイラも驚いていた。


「呆れた、そんな男が侯爵家の跡取りなの? 私がここの領民だったら、さっさと逃げ出すわ」

「でも、土地を持っている人は、簡単に逃げ出す訳にはいかないでしょ」

「それもそうね。でも、冒険者は確実に減るでしょうね」

「だろうね」

「それに、冒険者が減る時は腕の良い冒険者から居なくなるから、冒険者の質が低下していくわよ」


  レイラが言うには、そうしたケースでは冒険者なんだかゴロツキなんだか分からないような連中が幅を利かせるようになり、治安も悪くなるそうだ。


「色んな所に影響が出てくるんだね。だったら、もうちょっとアントニーの手綱を引き締めれば良いのに」

「ケンテリアス家の足を引っ張りたい人がいるんでしょ」

「侯爵家の足を引っ張る?」

「ここが居心地悪くなれば、冒険者は近隣の領地に移動する訳でしょ? 腕の良い冒険者が欲しい領主なら、ここの評判が悪くなるように仕組んでもおかしくないんじゃない?」


 あくまでも可能性の話だが、ケンテリアス侯爵に恨みを抱いている者がいるとすれば、アントニーの暴走を焚き付けてもおかしくない。

 暴走の度合いが酷くなれば、領地を減らされたり、貴族の身分の降格させられたり、最悪改易される可能性だってある。


 バルドゥーイン殿下のお供をして行ったグラースト侯爵領は、取り潰しとなって現在は王家の直轄地となっている。

 ケンテリアス侯爵が恨みを買うような人物なのか分からないが、次男に家督を継がせたい者達の行動に加えて、足を引っ張りたい者が暗躍していたら事態が良くなるはずもない。


「領都のギルドに魔石を届けたら、さっさと旧王都へ帰るわよ」

「うん、勿論そのつもりだよ」

「だと良いけど、ニャンゴは巻き込まれやすいからね」

「確かに……みんなと一緒に旧王都に戻れても、王家から呼び出しがあって……みたいな感じにならないといいにゃぁ……」

「そんな事を言ってると、本当に巻き込まれるわよ。というか、お客さんみたい」

「えっ?」


 レイラの視線の先には、簡易宿泊所の入口から入ってくる騎士達の姿があった。

 遠目に見ても埃まみれな感じがするのは、俺達の嘘に引っ掛かって走り回らされたからだろう。


「我々はケンテリアス侯爵家の騎士団だ。不審な荷物を運んでいる者がいるという通報を受けて調べている。全員、その場を動かず、大人しく身分証と手荷物を調べさせるように!」


 丁寧な言い方をしようとしながらも、高圧的な態度が隠せないといった感じだ。

 出入口を二人の騎士が固め、残りの三人が手分けをして宿泊所の利用者の荷物を調べ始めた。

 俺達が居るのは奥の方の一角なので、こちらに来るまでに騎士の様子が観察できた。


「無いな……次っ!」

「何を探してるのかな?」

「そんな事を答える筋合いは……」


 王家の紋章入りのギルドカードを示しながら声を掛けると、不遜な態度だった騎士は目を剥いて固まった。


「で、何を探してるの?」

「し、失礼しました、エルメール卿。そ、それは機密でして……」

「ゴブリンクィーンの魔石なら、ここには無いよ」

「いや、そういう訳では……」

「まぁ、納得するまで探せば」

「はっ、失礼いたします」


 アントニーの手の者であろう騎士は、ガチガチに緊張しながら俺達の手荷物を調べたが、ゴブリンクィーンの魔石は見つけられず、すごすごと帰って行った。


「準備しておいて正解だったわね」

「でしょ?」


 レイラが視線を向けたのは、屋根を支える太い梁だ。

 こんな事もあろうかと、エルケンからゴブリンクィーンの魔石を入れた木箱を預かり、梯子でも持って来なければ上がれない梁の上に隠しておいたのだ。


 更に木箱は空属性魔法の複合シールドで周囲を覆ってあるので、余程の凄腕でなければ持ち去るどころか触れることすら出来ない。

 アントニーの姿は見えなかったが、領都のギルドに着くまでに、もう一悶着あると覚悟しておいた方が良さそうだ。

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