第631話 話が通じない男

 とりあえず騎士達を粉砕の魔法陣で脅して冒険者達との直接対決は中断させたが、肝心なアントニー・ケンテリアスを納得させないと完全な解決とはならない。

 だが、アントニーは雷の魔法陣で昏倒させたので、話をするにしても少し経ってからだろう。


 その間に、ギルドの職員レオロスと今後の打ち合わせをしておこう。


「いやぁ、助かりました、エルメール卿。死人が出るような事態になっていたらと思うと、ぞっとしますよ」

「とりあえず、これ以上の衝突は回避できましたけど、アントニーが起きてくれば同じ事の繰り返しじゃないですか?」

「おっしゃる通りですが、どうしたものか……」


 レオロスもアントニーの行動には、ほとほと手を焼いているようだ。


「そうですね……騎士団には、ゴブリンクィーンの魔石は乱闘騒ぎの直後に領都のギルドに向けて送り出したと説明したらどうですか」

「実際には、送らないのですか?」

「今から馬車を仕立てて送り出すのは無理でしょう?」

「そうですね。確かに難しいです」


 ゴブリンクィーンの魔石ともなれば相応の価値があるので、アントニー以外にも邪な手段で手に入れようと考える者がいてもおかしくない。

 そのため、輸送を行うには警備の人員を配置する必要がある。


「でも、なんで送ってしまった……なんて嘘をつくんですか?」

「時間稼ぎですね。嘘に引っ掛かって追い掛けてくれれば、それはそれで良いし、諦めてニーデル村に残るなら説得する時間ができます」

「説得して下さるのですか?」

「まぁ、乗り掛かった舟ですから手伝いますけど、こっちに丸投げしないで下さい」

「分かってます。それでも手を貸していただけるのは助かります。それで、魔石はどうしますか?」

「旧王都に向かう乗合馬車は、途中領都にも寄りますよね?」

「なるほど、旧王都に戻る多くの冒険者が乗っている馬車ならば、野盗に襲われたとしても大丈夫という訳ですか」

「それと、嘘がバレて説得に失敗したとしても、騎士団に対抗できるかと……」

「分かりました。私は手筈を整えますので、アントニー様の説得に行く時に声を掛けさせていただきます」

「はい、では後程……」


 正直言えば、話の通じないお坊ちゃまの説得なんて面倒だからやりたくない。

 でも、放置して領主家と冒険者が決定的な対立関係になれば、その影響は周囲の領地にまで波及する恐れがある。


 ここは新王都からも距離的に近いし、暇を持て余している白虎人の王族に、査察に出向くから護衛を務めろ……なんて言われても困る。

 憂鬱な気分を抱えて天幕に戻ると、俺が作った壁に上って見物していたセルージョもシューレも、すでに寝転んで寛いでいた。


「ニャンゴ、話はついたのか?」


 村で手に入れてきた酒をカップに注ぎながら、まるで関心が無さそうにセルージョが声を掛けてきた。


「ううん、まだこれから……」

「なんだよ、ドーンってやって黙らせたんじゃねぇのかよ」

「騎士たちはね。貴族の坊ちゃまは、先に雷の魔法陣で黙らせちゃってたから」

「そいつは手順を間違えたな。騒動の中心にいる奴にこそ、逆らったらヤバい相手だと思いしらせないとケリがつかないぞ」

「だよねぇ……」


 確かにセルージョの言う通り、一番分からせないといけない人物の意識を奪ってしまったのは失敗だった。


「てか、あっちは家督を相続してねぇんだろ? だったらニャンゴの方が地位は上なんだから、ガツンとやって黙らせれば終わりだろう」

「いいのかなぁ、そんな単純で?」

「さぁな、貴族様の権力争いなんかとは無縁だから分からねぇな。けどよ、道に外れているのはあっちなんだから、堂々と分からせてやればいいんじゃねぇか」

「そんな……気楽に言ってくれるよね」

「まぁ、俺らには直接関係ねぇからな。それに、何かあったら王子様とか王女様に何とかしてもらえよ。いつも、いいように使われてるんだからよ」

「はぁ……そうするかなぁ……」


 ぶっちゃけ言葉で説得できるような相手には思えないし、そもそもアントニーの行動がケンテリアス侯爵家の総意という訳ではないだろう。

 むしろ、アントニーの独断専行という線が濃厚だし、現当主から文句を言われる可能性は少ないだろう。


 レオロスが迎えに来たので、一緒に村長宅へと足を運ぶと、案の定アントニーはキレ散らかしていた。

 念のため、会話はアーティファクトで録音しておこう。


 アントニーは、俺の姿を見つけると、顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。


「貴様! よくも俺様の前に顔を出せたな! ただで済むと思うなよ!」

「ただでは済まない……では、どうするつもりですか?」


 村長宅までの道中では、レオロスから穏便に話を進めてほしいと頼まれていたが、むこうがその気ならば、こっちも引くつもりなど無い。


「その首、斬り落としてくれる!」

「本気でやれると思っているなら、どうぞ……ただし、剣や魔法を使うなら、こちらも手加減しませんよ」

「き、貴様……俺様を誰だと思ってる!」

「例え侯爵様本人であったとしても、俺はみすみす殺されたりしませんよ。俺を殺そうとするなら、返り討ちにあって殺される覚悟を決めてからにして下さい。どうします、やりますか?」


 アントニーは酸欠になった池の鯉みたいに口をパクパクさせるだけで、返す言葉を失っていた。


「こんな事をしたって、侯爵様から認められたりしませんよ」

「う、うるさい! 貴様のような平民上がりに何が分かる」

「分かりますよ。あのまま強引にゴブリンクィーンの魔石を奪っていたら、ケンテリアス侯爵領で活動している冒険者の多くが、他領への移籍を考えるでしょうね」

「それがどうした。金に目がくらんだ連中など、居なくなった方が清々する」

「本気でそんな事を考えてるんですか? 冒険者が居なかったら、今頃この村は無くなってますよ。ニーデル村だけじゃなく、他の村にも大きな被害が出ていたでしょう」

「だからどうした。村なんか、いくらでも作り直せば良いだろう」


 傲然と言い放ったアントニーの姿を見て、俺やレオロスだけでなく騎士達もドン引きしている。

 これが四つや五つの幼児の発言ならばまだしも、『巣立ちの儀』も終え、学院さえも卒業した者の発言かと思うと耳を疑いたくなる。


「その言葉、国王陛下の前でも言えますか?」

「う、うるさい! さっさとゴブリンクィーンの魔石を渡せ!」

「ありませんよ。ここに置いておくと無用な争いの種になりそうなので、護衛を付けた早馬で領都のギルドに向かわせました。欲しかったら、領都に到着する前に追い付くしか無いでしょうね」

「くそっ、余計な真似をしやがって……おいっ、馬車の用意をしろ! 準備の出来た騎士から出発しろ!」

「えっ、これから追い掛けるつもりですか?」

「当たり前だ、ゴブリンクィーンの魔石が無いなら、こんな村に留まる理由など無い!」


 引っ掛かってくれれば御の字ぐらいに考えていたのに、アントニーは出立の準備を整えさせると、自らも馬車に乗ってニーデル村から出て行ってしまった。

 村に滞在している間の礼を述べることすらせず、後足で砂をかけるように去って行ったアントニーにニーデル村の村長は呆れ返っている。


 レオロスも呆気に取られて、引き留めることもせず見送っていた。


「エルメール卿、まんまと嘘に引っかかりましたね」

「あんなのに家を継がせたら、ケンテリアス領は大変なことになりますよ」

「この後は、どうしましょう?」

「打ち合わせ通り、ゴブリンクィーンの魔石は乗合馬車で領都のギルドまで運んでしまいましょう。そこから先は、ギルドマスターに任せちゃいましょう」

「そうですね。どこかで気付いて騎士たちがニーデル村まで戻って来ても、適当にあしらっておきますよ」


 魔石をギルドが確保して、侯爵様と直接交渉すれば問題無く解決するだろう。

 俺達も、ようやく大手を振って旧王都へ戻れそうだ。

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