第630話 空気を読めない男
ケンテリアス侯爵家の内情を聞き込んだ後、酒場を出て屋台を巡って食べ歩きをした。
前世で暮らした日本だと、お祭りやイベントなどでは割高なイメージがあったが、こちらの世界では手軽な価格設定になっている屋台が多い。
お祭りやイベントを稼ぎ時と考えるか、お祝い事と考えるかの違いなのかもしれない。
オークの串焼きとか、具材を挟んだケバブのようなパンをうみゃうみゃして、すっかり満腹になったから野営地に戻って昼寝を楽しむことにした。
ゴブリンクィーンが討伐されて、ニーデル村まで戻って来る間も、生き残ったゴブリンが飛び出してこないか警戒していたので、完全に気を抜く時間は少なかった。
そういう意味では、今日は久々の完全オフという感じなのだ。
野営場所まで戻ると、既にミリアムが爆睡していた。
気を付けの姿勢で、へそ天、瞼と口が半開きのいつもの姿勢は、身内の贔屓目を加味しても色気ゼロだ。
猫人たるもの、もっと気品良く真円に近いニャンモナイト姿勢で……。
「みゃみゃっ!」
「一人でお昼寝なんて寂しいでしょ?」
「そうでもにゃい……いえ、寂しいです」
結局、レイラの抱き枕にされてしまった……踏み踏み。
シューレとライオスも、討伐で使った武器の手入れを終えてしまうと、特にやる事もなくのんびりと過ごしていたようだ。
セルージョは、例によって村娘の尻でも追い掛けに行っているのだろう。
ゴブリンの大量繁殖の騒ぎが収まり、ニーデル村は領地のはずれにある長閑な村に戻ったようだ。
夕方近くになり、遠くから賑やかな声が近づいて来た。
「ゴブリンクィーンを討伐した連中が戻って来たみたいだぜ」
例によって、色っぽい話は何も無く戻って来たセルージョが、天幕の外から誰にともなく声を掛けてきた。
「見に行かないのか、ニャンゴ」
「うーん……別にいいかな」
「クィーンの魔石には興味無いのか?」
「大きい魔石なら、ワイバーンやヴェルデクーレブラでも見たからいいかな」
「まぁ、そうだな」
ゴブリンクィーンの討伐も苦労したと言えば苦労したのだが、魔物単体の脅威度ならばワイバーンやヴェルデクーレブラの方が遥かに高かった。
周辺に与える影響の大きさでは、ゴブリンクィーンの方が大きいのだろうが、それが魔石の大きさや質に関係するとは思えない。
だからと言って、命懸けで洞窟へと入り、死力を尽くして討伐した冒険者たちの喜びに水を差す気も無い。
今回、チャリオットは援護に徹してきたから、討伐を誇る冒険者たちを遠くから見守る程度で丁度良いのだろう。
レイラに乳枕されながら、目を閉じて近づいて来る歓声に耳を傾けていると、突然潮が引くように人々の声が途絶えた。
天幕の中からでは、何があったのか窺い知ることもできない。
「セルージョ、何かあったの?」
「ここからじゃ見えないが、考えられる理由は一つしかねぇだろう。こりゃ、一荒れしそうだぜ」
シューレが音も無く立ち上がり、天幕の外へ出て行く。
心なしか、足取りが弾んでいるように見えるのは、気のせいではないだろう。
「みゃっ、レイラ?」
「お祭りは見逃せないでしょ?」
「お祭りって……」
シューレの後を追うように、俺を抱えたレイラが天幕の外に出た途端、怒号と悲鳴が響いて来た。
凱旋してきた冒険者たちを一目見ようと集まった群衆の向こうで、火柱上がり、人の体が宙に跳ね上げられるのが見えた。
「始めやがった」
「こっちまで来るかも……」
「セルージョもシューレも、何で楽しそうなの?」
「俺らには関係無いしな」
「イベントは最後まで盛り上がらないと……」
「はぁ、他人事だからって……あれヤバくない?」
集まっていた群衆が一気に逃げ惑い、一部は他の冒険者パーティーの天幕を踏み倒しながら、こちらへと向かって来る。
このままだと、うちの天幕も踏み倒されてしまいそうだ。
「まったくもう……シールド!」
天幕が踏み倒されないように、群衆に向かって分厚いシールドを展開する。
レイラに腕から降ろしてもらい、展開したシールドの上に登ると、シューレとセルージョまでよじ登ってきた。
「なんだよ、もう終わりみたいじゃねぇか」
「騎士団、だらしない……」
セルージョたちが言う通り、既に勝負の趨勢は決しているようだ。
鎧姿の騎士の多くは地面に押し倒され、剣や槍を突きつけられている。
騎士三人に守られながら、殺気立った冒険者たちに取り囲まれているのはアントニーなんだろう。
慌てた様子で群衆を掻き分けながら現場に駆けつけようとしているのは、ギルドの職員レオロスのようだ。
騎士や冒険者の他にも、巻き込まれた村人や子供たちも倒れ込んでいるようだ。
「気分よく帰ってきた冒険者がブチ切れたんだ、余程の無理難題をふっかけたんだろうぜ」
「たぶん、手柄全部よこせとか……」
「思い当たる節がありすぎるよ」
実際、アントニーはギルドの職員レオロスに、無償でゴブリンクィーンの魔石を引き渡せと要求している。
相手がレオロスだったから乱闘沙汰にはならずに済んでいたけれど、相手が冒険者、しかも手柄を立てて気分良く戻って来たところに、冷や水を浴びせるような言葉を投げかければ、乱闘沙汰になっても仕方ないだろう。
「行かないのか、ニャンゴ」
「嫌だよ。行ったら絶対に面倒なことになるじゃん」
「まぁ、それは間違いないな」
状況を十分に理解した上で、行かないのかと聞いてくる辺り、本当にセルージョは人が悪い。
「でも、この場で一番偉いのはニャンゴじゃない……?」
「いやいや、だとしても俺は関係ないからね」
どうしてセルージョやシューレは、俺が巻き込まれる方向で話をするかなぁ……。
レオロスが現場に到着して、騎士と冒険者の間に割って入ったので、これで騒ぎも収まるだろう。
「ギルドの職員が駆け付けたから大丈夫だよ」
「ニャンゴ、その見通しは甘い……」
「シューレ、縁起でもないこと言わないでよ」
「でも、馬鹿は常人の物差しじゃ測れないわ……」
確かに、アントニーの要求はまともな貴族だったら、間違いなくやらないレベルの話だ。
行こうか、行くまいか迷っていると、下からライオスが声を掛けてきた。
「ニャンゴ、行って仲裁してきてくれ。明日の乗合馬車が出なくなると困る」
「そっか、じゃあ行ってくるよ」
全然気乗りしないけど、騒ぎが大きくなって乗合馬車の運行に影響がでると困るので、レオロスに手を貸すことにした。
ステップを使って群衆の頭の上を通り抜け、レオロスを見下ろす位置へと駆け付けた。
「き、貴様ら、侯爵家に盾突いて、ただで済むと思ってるのか!」
「はぁ? 手前、今のどんな状況か分かって言ってんのか、ごらぁ!」
騎士も冒険者も剣を抜き、目を血走らせている状況で、よくそんな強がりが言えるものだと逆に感心してしまう。
「待って下さい、双方とも剣を納めてください。ゴブリンクィーンの魔石はオークションに掛け、その落札金額で分配金を決めます」
「貴様、侯爵家に逆らう……ぎひぃ」
レオロスが白刃の間に身を晒して必死に説得を試みているのに、アントニーは全く話を聞こうともしない。
面倒になったので、雷の魔法陣を食らわせて黙らせた。
「はいはい、騎士の皆さんは撤収しましょう」
「貴様、アントニー様に何をした! こんな無礼を働いて……」
「ねぇ、優しく言ってるうちに引いてくれないかな。それとも、不落の魔砲使いとガチで戦ってみる?」
空を指差しながら、音量重視の粉砕の魔法陣を発動させると、騎士は短い悲鳴を上げて体を硬直させた。
「これ以上、グダグダと無茶な要求を続けるなら、事の顛末を国王陛下に報告する。俺としても、あんまり王族には近づきたくないから、大人しく帰って」
騎士がガクガクと頷いたので、冒険者たちに道を開けるように指示を出して退場させた。
まぁ、これで終わりとはいかないんだろうなぁ……。
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