第627話 色気より……(フォークス)

※今回はフォークス目線の話になります。


 地上とダンジョンの新区画を繋ぐ地下道の建設工事は、全体の三分の二ほどが終了したそうだ。

 地下道のルートを確定させるための先行通路は、既に新区画の深さまで届いているらしい。


 あとは、先行通路に沿って大きく掘り進みながら、壁面や天井を硬化させてゆくだけだ。

 といっても、それが工事のメインだから簡単ではないのだが、当初の予定よりも早く進んでいるらしい。


 その理由は近隣の領地からも噂を聞きつけた土属性魔法を使える者たちが、旧王都まで出稼ぎに来ているからだ。

 小作人の次男や三男などは、家にいても肩身の狭い思いをするばかりなので、自分の能力を活かして稼げる場所があるならば、喜んで足を運んで来る。


 そうした者たちは、最初はあまり役に立たないが、仕事を覚えれば工期を短縮するための戦力になるのだ。


「ゲンゾウさん、終わりましたのでチェックをお願いします」

「フォークスならチェックしなくても大丈夫だろう」


 仕上がりのチェックを頼むと、現場監督のゲンゾウさんは少しいかつい顔に笑みを浮かべてみせた。


「いや、そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、何かあったら困るのでチェックをお願いします」

「まったく、真面目な奴だな……どれ、うん……うん……全く問題無いな、もう本職並みの仕上がりだぞ」

「ありがとうございます」

「あがってくれ、お疲れさん」

「お疲れ様でした」


 最初は、やり直しを命じられることもあった作業も、今では連日一発合格が続いている。

 最近では仕上がりの精度だけでなく、作業の速さも意識するようにしている。


 勿論、手を抜くようなことはしないが、今日は終業時間よりもだいぶ早く終えられた。

 ゲンゾウさんに挨拶をした後は、天井の仕上げを行っている本職の作業を見学する。


 近くで見られないのがもどかしいが、それでも見続けているうちに何となく魔力の流し方とか、工程の進め方のようなものが分かるようになってきた。

 そして、本職の動きと自分のやり方を比べて、改善できる所は無いか考えるようにしている。


「凄いにゃぁ……あんなにスムーズに魔力が広がっていくなんて……どうやってるんだろう」


 下から眺める職人さんたちの動きは、見ているだけでも惚れ惚れとしてしまう。

 眺めていると、とても簡単そうに見えるのだが、いざ自分が真似てみると、全然思うようにいかない。


 微妙な魔力の調整とか、土自体の硬さや湿り気なども考慮しないといけないのだろう。


「あのぉ……」

「ふみゃっ!」


 職人さんの仕事ぶりに目を奪われていたら、突然耳元で話しかけられて、思わず変な声が出てしまった。


「ご、ごめんなさい、脅かすつもりじゃなかったんです」

「いや、急に話しかけられてビックリしただけだから……」


 俺に話しかけてきたのは、見覚えのあるタヌキ人の女性だった。


「先日は、ありがとうございました。本当ならば、もっと早くお礼を言わなきゃいけなかったのに、なかなかお会いする機会が無くて……」


 話しかけてきた女性の名前は、確かクーナだったと思う。

 仕事のコツが飲み込めず、ゲンゾウさんにやり直しを命じられて困っていたので、ちょっとだけアドバイスしたのだ。


「おかげさまで、コツを掴むことができて、最近はやり直しを命じられることも少なくなりました」

「そっか……頑張ったんだね」

「いえ、全部フォークスさんのおかげです」

「そんなことない。俺は後押ししただけ、君が努力したからだよ」


 いくらコツを教えてもらっても、何度も練習しないと上手くできるようにならない。

 実際、コツを掴めずに仕事を辞めていく人も少なくないらしい。


 クーナが仕事を続けて上達しているのは、クーナが努力を続けたからだ。


「あ、ありがとうございます……」


 俺に褒められたクーナは、ちょっと恥ずかしそうで、でも凄く嬉しそうだった。


「あのっ! こ、この後、お時間ありますか?」

「この後は、ガドと一緒に夕食を食べに行って帰るだけ……あっ、ガド、お疲れ様」


 丁度作業を終えたガドが来たので、大きく手を振って合図した。


「お疲れ、フォークス。彼女は……」

「クーナといいます。先日、フォークスさんにお世話になって……それで、もしよろしければ夕食を御馳走できればと思いまして……」

「ふむ……ならば二人で行ってくれば良かろう。たまにはワシも一人で飲みに行きたいと思っていたところだ」

「お、俺はやっぱり邪魔なのか?」

「そうではない、そうではないが一人で飲みたい気分の時もあるのさ」

「そっか……分かった」


 あまり良く知らない人と食事に行くなんて、昔の俺では考えられなかったが、今はこれも一つの経験だと思えている。

 地上に上がり、風呂場で汗と土埃を流し、着替えるとサッパリした。


「フォークス、お前さん金は持ってるか?」

「大丈夫だ。この前ギルドで下ろしてから、そんなに使っていないから心配ない」

「そうか……クーナだったな、一応拠点の住所と地図を書いておいた。何もないと思うが、何かあったらそこへ知らせてくれ」

「分かりました」

「ガド、俺は子供じゃないんだから大丈夫だ」

「念のためだ、念のため」


 ガドは普段はとても寡黙だが、世話焼きなところがある。

 俺だって、もう一人前の男のつもりだが、ガドから見るとまだまだなのだろう。


「じゃあ、フォークスを頼んだぞ」


 ガドはニカっと笑うと、飲み屋街の方へと歩いていった。

 なんだか、いつもよりも足取りが軽そうに見えた。


「じゃあ、行きましょうか。コンロで魚を焼きながら食べれるお店があるんです」

「にゃっ、お魚! 行こう、早く行こう!」

「はい」


 クーナが案内してくれた店は、川沿いにある小さな店だった。

 壁が取り払われた、柱と屋根しかない作りで、テーブルの真ん中に炭のコンロが組み込まれていた。


 風や雨が強い日や、冬場は板戸で囲っているそうだが、陽気の良い時期には開け放して煙が籠らないようにしているらしい。


「それと、魚が焼ける香ばしい匂いが流れて、それでお客さんを呼び込んでいるそうですよ」

「にゃるほど……」


 確かに、店から少し離れた場所でも良い匂いが漂っていた。

 ニャンゴだったら、空の上からでも引きつけられて来そうだ。


「にゃにゃっ、色んなお魚がのってる……」

「フォークスさん、どれから焼きますか?」

「えっ……えっと、えっと……これ!」


 クーナが注文した盛り合わせには、色んな種類の魚の切り身が、色んな味付けをされて盛られていた。

 塩を振っただけのものから、ラーシに漬けたものや、一夜干しにしたものなど、網の上から立ち昇ってくる匂いを嗅ぐと、お腹がグーグーと鳴ってしまった。


「もういいかな……もうちょっとかな……ニャンゴが居れば上手に焼いてくれるんだけど……」

「ニャンゴ・エルメール卿ですか?」

「うん、ニャンゴはお魚を焼くのが上手なんだ」

「そうなんですか」


 クーナと何か話をしたのだが、お魚の焼け具合が気になって、半分ぐらい覚えていない。


「フォークスさん、もう大丈夫ですよ。どうぞ、召し上がって下さい」

「うん……熱っ! でも、うみゃい!」


 最初に食べたのは、シンプルな塩焼きだったが、白身がホコホコで皮がパリパリでうみゃかった。


「フォークスさん、こっちも焼けてますよ」

「にゃっ、焦げちゃう……熱ぅ、うみゃ、熱っうぅぅ……」

「フォークスさん、何か飲みます?」

「それじゃあ、米の酒を……」


 米の酒をチビチビと飲みながら、お魚の他に貝やエビなども焼いて堪能した。

 にゃんだかフワフワして楽しくなって、ニャンゴのことやアツーカ村のこと、クーナの故郷の話も聞いたような気がする。


 細かい話は覚えていないが、楽しくて、ずっと笑っていた気がする。

 気付いたら、チャリオットの拠点のベッドの上で、ガドに聞いたらクーナに背負われて帰ってきたらしい。


 これじゃあ、ガドに子ども扱いされるのも当然だ。

 財布を確かめると、お金が減っていないようで、お勘定までクーナに払ってもらったみたいだ。


 お魚が美味しくて、つい飲んでしまったけれど、チャリオットのメンバー以外と食事をする時には酒を飲まないようにしよう。

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