第628話 侯爵家の息子

 旧王都へ戻る準備を終えて第三砦を出た俺たちは、来た時とは違ってのんびりとしたペースで森の外を目指してニーデル村まで戻ってきた。

 一応、森を出るまでは警戒はしていたが、一度もゴブリンは襲って来なかった。


 これまでの討伐で数を減らしたのと、ゴブリンクィーンが倒されて指揮系統が壊滅したからだろう。

 そもそもゴブリンは、一人でいる人間ならば襲って来るが、複数の成人がいる状況では襲ってくることは少ない。


 複数の人間を襲って、たとえ一人二人を殺せたとしても、一人でも逃がせば自分たちが狩られる側になるのを分かっているのだろう。

 途中で立ち寄った第二砦や第一砦でも、多くの冒険者が帰り支度をしていた。


 ゴブリンの大群が居なくなれば、また森は普通の状態へと戻っていき、冒険者がやる仕事は殆ど無くなるからだ。

 その一方で、砦自体は解体せずに残されるらしい。


 新しい街の土台としての需要があるのか分からないが、過去には林業のための集落の基礎となった例もあるそうだ。

 逆に、需要が無かった場合には、利用する人も無く風化が進み、いずれ土へと帰っていくらしい。


 森を出てニーデル村まで戻って来ると、村はお祭りムードに包まれていた。

 今回の騒動で少なからぬ村人が命を落とした一方で、危機が去った喜びもある。


 冒険者たちが滞在していた野営地でも、お祭り騒ぎに便乗して稼ごうとする屋台が軒を並べていた。

 村人たちからの振舞い酒が配られ、まだ日暮れまでには随分と時間があるが、赤ら顔で歌い踊る人たちで大いに盛り上がっていた。


 その一方で、野営地の一角に設けられたギルドの出張所は、何やら不穏な空気に包まれていた。

 ライオスと一緒に、旧王都へ向かう乗合馬車の情報を仕入れに足を運んだのだが、場違いに見える豪華な馬車が停まっているのを見て、嫌な予感がした。


「申し訳ございませんが、そのような要望には、ギルドとしてはお応えしかねます」

「何だと、俺を誰だと思っている! 貴様などでは話にならん、責任者を出せ!」


 冒険者や村の住民たちが人の輪を作っていて、中の様子が見えないからステップを作って上から覗いてみると、身なりの良い男がギルドの職員レオロスと対峙していた。

 十代後半から二十代前半ぐらいの熊人の若者で、体格が良いというよりも不健康に太っているように見える。


「俺は領主である父上の名代として来ているんだぞ、さっさとゴブリンクィーンの魔石を引き渡せ!」


 これは巻き込まれたら面倒なことになると思い、出直してこようと思ったのだが、視線を上げたレオロスと目が合ってしまった。


「エルメール卿、おかえりなさいませ!」


 俺が立ち去ろうとするよりも早く、レオロスは逃がしませんよとばかりに声を掛けてきた。

 こうなっては逃げる訳にもいかないので、人の輪の頭の上を通り抜けて、レオロスの隣に降りた。


「お初にお目にかかります。ニャンゴ・エルメールと申します。失礼ながら、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「アントニー・ケンテリアスだ。ご高名なエルメール卿は、我がケンテリアス侯爵領で何をしておいでかな?」

「冒険者としてゴブリンクィーンの討伐に参加しておりました」

「ほほぅ、さすがは名ばかりの子爵だけあって、小銭稼ぎに奔走しているのか」


 シュレンドル王国では、侯爵家の嫡男であるアントニーよりも、名誉子爵家の主である俺の方が身分としては高いはずだが、完全に見下されている。


「それで、この騒ぎは一体どうされたのですか?」

「ゴブリンクィーンの魔石の引き渡しを命じていたところだ。持って帰ってきたならば、さっさと引き渡せ」

「申し訳ございませんが、私は巣穴の外の防備を固めておりましたので、ゴブリンクィーンの討伐には直接関わっておりません。魔石が運ばれて来るのは、おそらく明日以降になると思われます」

「ちっ、巣穴の近くまで行きながら、魔石一つ持ち帰って来られないのか」


 巣穴近くまで足を運ぼうともしない奴に言われる筋合いは無いと思ったが、口に出せば更に話がこじれると思って黙っておいた。


「ゴブリンクィーンは巣穴の奥深くに潜んでおりましたので、そこまで到達するのにも時間が必要ですし、解体作業も行わなければなりません。倒したといっても、魔石を持ち帰るのは簡単ではございません」

「ふん、巣穴の外にいた者が、どうしてそのような事が分かる、適当なことをぬかすな」

「私は探知魔法を使えますので、討伐を行った者たちが、どのように洞窟を進んで、どのようにゴブリンクィーンを討伐したのか、大体把握しています」

「どうだかなぁ……口では何とでも言えるからな」


 それならば、身をもって空属性魔法の威力を味わわせてやろうかと思ったが、まだ止めておこう。

 俺だって、色々な経験を積んで大人になっているのだ。


「ところで、魔石の引き渡しですが、それはケンテリアス侯爵家が買取を行うということでしょうか?」

「はぁ? 何を言ってるんだ、我がケンテリアス侯爵領で取れたものならば、我が家に献上するのは当然だろう」

「それでは冒険者の生活が成り立ちませんし、シュレンドル王国では魔物の素材の所有権は討伐した者にあると法で定められているはずです」

「何をぬかすか、今回の討伐で我がケンテリアス騎士団がどれほどの犠牲を払ったと思っている」

「最前線で亡くなられた騎士の皆様でしたらば、申し上げにくいですが、独断専行した結果としか思えません。それに、冒険者だって少なからぬ人数が亡くなっています」


 最前線で亡くなった騎士たちは、砦の整備には全く手を貸さず、自分たちだけが先に進もうとしていたと聞いている。

 その結果、大量のゴブリンが襲い掛かって来た時に孤立し、数の暴力によって擦り潰されるように殺されたようだ。


「独断専行だと? 何を根拠にそんなことをぬかしている!」

「実際に最前線に赴き、冒険者の話や騎士の皆さんが亡くなられた現場を見て申し上げています。亡くなられた騎士の認識票を回収してきたのは私です」

「貴様、我が騎士団を見殺しにしたのか!」

「見殺しもなにも、騎士の皆さんが亡くなられた襲撃の時には、私たちは第三砦へ向かう途中で、一旦第二砦まで撤退を余儀なくされました。第三砦の先に居た騎士の皆さんを援護するのは距離的に不可能ですし、そもそも騎士は守られる存在ではありませんよね」

「貴様は腕っぷしを見込まれて貴族に引き立ててもらったのだろう、こうした時に力を尽くすの当然だろう!」


 丁寧に状況を説明しても、まるで耳を傾ける気配すらない。


「失礼ながら、私を取り立てて下さったのはシュレンドル王家であって、ケンテリアス侯爵家ではございません。それにケンテリアス騎士団は、私の援護が無ければ自分の身すら守れないような脆弱な組織ではありませんよね?」

「この劣等種が減らず口を叩きおって……とにかく、ゴブリンクィーンの魔石は引き渡してもらうからな!」

「対価も支払わずにゴブリンクィーンの魔石を奪うような行為は、冒険者からは手柄を横取りされたように思われますよ。ゴブリンクィーンの討伐は終わりましたが、増殖したゴブリンを全て討伐し終えた訳ではありませんし、今後大きな群れを作って村を襲う可能性が無くなった訳ではありません。そうした事態が起こった時に冒険者の協力が得られないと、住民の皆さんが困ると思うのですが……」

「うるさい! そんなものは騎士団でいくらでも対応できる。ゴブリンクィーンの魔石が届き次第、宿舎まで持って来い、いいな!」


 アントニーは自分が言いたいことだけ言い終えると、引き留めようとするレオロスに背を向けて宿舎の方へと歩み去っていった。


「すみませんね、レオロスさん。あまりお役に立たなかったみたいで……」

「とんでもないです。こちらこそ巻き込んでしまって申し訳ございません」

「それで、どうされるのですか?」

「魔石は、秘密裏に持ち出してしまおうと思っています。そもそも、ゴブリンクィーンの魔石となると、単なる買取りではなく、オークションでの競売になります。その競売結果に基づいて冒険者への分配金が決まるので、引き渡してしまうと査定ができません」

「でも、引き渡さないと面倒なことになるのでは?」

「本部ギルドに報告して、王家に裁定をお願いします。先程エルメール卿がおっしゃった通り、魔物の素材については討伐者が権利を有すると法律に明記されています。ギルドとしては、法に則った対応をするだけです」

「そうですか、分かりました。あっ、そうだ、ゴブリンクィーンも討伐されたので、旧王都に戻ろうと思っているのですが、乗合馬車は運行されるのでしょうか?」

「旧王都行きは、明後日から運行する予定です。ご利用されますか?」

「ちょっと待って、ライオス! 乗合馬車は明後日からだって」


 この後、馬車の予約をしてから野営の準備を始めたんだけど、すんなり帰れるといいなぁ……。

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