第623話 大詰めの攻防(後編)
「準備は良いですか?」
「はい、お願いします、エルメール卿」
「シールド、解除!」
突入組の冒険者たちが準備を終えたところで、ゴブリンの巣穴を塞いでいたシールドを解除した。
いよいよ巣穴の内部、ゴブリンクィーンの討伐が始まったのだ。
とは言っても、まだ何処にゴブリンクィーンが居るのか分かっていない。
巣穴には幾つもの入口があり、更に内部の通路は幾つにも分かれている。
巣穴の内部で自分たちの安全を確保しながら、ゴブリンクィーンの居場所を特定するのは簡単ではない。
その上、巣穴の内部は暗く、夜目の利くゴブリンの方が有利な環境だ。
それでも、ゴブリンクィーンを単独のパーティーで討伐出来れば、魔石などの素材を売って得られる金額は、黒オークの数倍から十数倍になるらしい。
五人組のパーティーで討伐したら、三年位遊んでいられるほどの金額になる。
我先にと巣穴に潜りたくなるのも当然だろう。
クジ引きで早い順番を引き当てたパーティーは、意気揚々とした足取りで洞窟に入っていく。
順番が後になるほど、独自のルートを探して進もうとするようだ。
次々に冒険者たちが巣穴に入っていく中、俺は巣穴の入口の上に陣取り、他の出入口から出て来たゴブリンが攻めて来ないか監視している。
同時に、巣穴に潜ってゆくパーティー度に、空属性魔法で作った集音マイクを貼り付けた。
これで内部の状況を音で探りつつ、位置関係も把握できる。
ついでに、他の巣穴から接近してくるゴブリンに備えて、探知ビットを敷設しておく。
巣穴内部の様子に気を取られて接近を許してしまうと、突入した冒険者が挟み撃ちにされかねない。
『うげぇ、くっせぇ……』
巣穴に入った冒険者たちが最初に感じるのは、内部に漂う悪臭のようだ。
ゴブリンは巣穴の内部でところ構わず糞をするそうで、その悪臭によって匂いで敵の接近を探知するのは難しそうだ。
それでも探知役と前衛が連携して待ち伏せを潰し、奥へ奥へと進んで行く。
巣穴は広い所で幅十メートル以上、天井までの高さも十メートルを超える場所があるようだ。
逆に狭い場所では幅は一メートル以下、高さは五十センチ程度の場所もあるらしい。
あちこちにゴブリンの糞が転がる巣穴で、這いつくばって進むのは、苦行以外の何ものでも無いだろう。
『うわっ、こいつ鎧なんか着てやがるぞ』
『駄目騎士の鎧だ。あいつら死んでも迷惑掛けやがるな』
どうやら、ケンテリアス騎士団から奪った鎧を着ているゴブリンが居るらしい。
金属同士がぶつかる音は、騎士から奪った剣や槍をゴブリンどもが利用しているのだろう。
時折、そうしたゴブリンや上位個体に遭遇して苦戦するものの、それなりに腕の立つ冒険者ならば、打ち破って進めるようだ。
洞窟のような狭い空間では、戦える人数に限りがあり、外で戦っている時のように数で押し込まれる事は無い。
単純な個の戦闘力や技量ならば、ゴブリンよりも冒険者の方が上なのだ。
ただし、油断すると足元を掬われる。
『広いホールに出たぞ、索敵してくれ』
『この辺りには居ないようだ』
『よし、進むぞ』
『いや、少し休憩しないか。連戦が続くと体力が持たなくなるぞ』
『そうだな……だが、ここらは糞まみれだから、もう少し進んでみないか』
『それもそうだな』
冒険者たちは、更にホールの奥へと進んだところで休息を取り始めたが、そこを狙われた。
『前から来るぞ! 戦闘準備!』
『後からもだ! こいつら、どこから湧いて出やがった』
『ヤバいぞ、このままだと囲まれる』
『一旦戻れ、後退!』
『駄目だ、数が多すぎる。こいつら何処から湧いて出やがった!』
『うぎゃぁぁぁ……』
『くそっ、上からもかよ!』
広いホールの真ん中で、次から次へと押し寄せて来るゴブリンに冒険者たちは劣勢に追い込まれていった。
『おーい! そっちに誰か居るのか!』
『助けてくれ! 囲まれてる!』
『援護するから、こっちに戻って来い!』
『頼む! 野郎ども、生きて戻るぞ!』
どうやら、回り込まれた後方の更に後方から別のパーティーが進んで来たようで、ホールで囲まれていたパーティーはどうにか窮地を脱したようだ。
おおまかな位置と声しか聞こえない状態では援護のしようもなく、唯々ヤキモキするしかない。
探知ビットを周辺に展開しても、冒険者とゴブリンが入り乱れて戦っている状況では、判別できないから、攻撃すれば誤爆しそうだ。
「くそっ、こっちも来やがったか。東側からゴブリンが来ます! 戦闘準備を!」
内部の様子に気を取られていると、念のために敷設しておいた探知ビットに反応があった。
巣穴の入口を確保している冒険者たちに声を掛けると同時に、先制の砲撃を加える。
更に、逆方向からもゴブリンが押し寄せてきたので、砲撃や粉砕の魔法陣を発動させて、森ごと吹き飛ばしてやった。
森の損害や他の冒険者に稼ぎを残す配慮を考えなければ、数で押し寄せて来るゴブリンも力技で押し返せる。
ゴブリンどもを押し返したところに、新たに探知ビットを敷設して、内部の様子に聞き耳を立てた。
断続的に戦闘を続けながら、冒険者たちは更に奥へと進んでいるようだ。
『ここは……クソゴブリンが、離れやがれ!』
『おいっ、しっかりしろ!』
『くそっ、孕まされてやがる』
『どうする、置いていく訳にはいかないだろう』
『くそっ、貧乏くじかよ……』
どうやら、行方不明になっていた冒険者が、苗床とされているのを発見したようだ。
死んでいるなら遺品を回収して先に進むという選択も出来るが、生きた状態で発見したら置いていく訳にはいかない。
発見、救出したパーティーには報奨金が支払われるが、ゴブリンクィーンを単独パーティーで討伐した場合に比べると稼ぎは少ない。
なにより、ゴブリンクィーンを討伐したという実績を得られなくなってしまう。
それでも、自分たちが窮地に陥った時には、別のパーティーに助けられる事もあるので、見捨てるという選択肢は無いのだ。
『お願い……殺して』
『馬鹿言うな、こんだけの目に遭っても生き残ったんだ。別の街や領地に移ってでも生きろ』
『もう嫌なの……またあんな化け物を産むなんて嫌……』
『産み落としたら、俺が殺してやるよ』
『違う……化け物なのに、殺すべきなのに……ほんの少しだけ愛おしいと思ってしまうのが嫌なの……だから殺して……』
『駄目だ、そいつは出来ない相談だ』
殺してほしいと懇願する声を聞き続けるのが辛くて、このパーティーに付けた集音マイクを切った。
別のパーティーに付けたマイクに意識を集中させると、待ち望んでいた言葉が聞こえてきた。
『居たぞ! このサイズ、間違いない!』
『護衛は?』
『ウジャウジャ居るぜ、百じゃ利かないな』
『地形は?』
『広いホールだ。何本も横穴があるから、踏み込むのは自殺行為だな』
『ホールの入口から魔法で削る。削って削って、数を減らしてから突っ込むぞ』
発見したゴブリンクィーンは、広いホールで護衛のゴブリンどもに傅かれながら、今も産卵を続けているようだ。
ホールの入口に辿り着いたパーティーは一つだけだが、別のパーティーが近くまで来ている。
ゴブリンの巣の討伐は、いよいよ最終局面を迎えたようだ。
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