第622話 大詰めの攻防(中編)

 ゴブリンどもの巣穴までの道が出来上がったことで、いよいよ本格的な討伐が行われる。

 昨日は三十人ほどの冒険者しか行かなかったが、今日は二百人近い冒険者が巣穴に向かう。


 同時に、第二砦からは第三砦の防衛要員が、第一砦からは第二砦の防衛要員が送られる。

 戦力全体が巣穴に向かって移動する形だ。


 チャリオットは、俺が悪目立ちしてしまっているし、不衛生な巣穴の中にまで潜って稼ぐ必要がないから第三砦に残って防衛に徹することになっている。

 ただ、俺は嫌な予感がするので、巣穴の討伐部隊に同行することにした。


 討伐部隊の先頭は、ケンテリアス領に所属している冒険者パーティーだが、巣穴に入る順番は現地でクジ引きをするらしい。

 そんな悠長なことをしている場合じゃないだろうと思うのだが、早く巣穴に入れれば、それだけ早くクィーンの所に辿りつける可能性が高まる。


 辿り着いたからといって、簡単に討伐できるものではないのだろうが、功績を上げて稼ぎを増やすには少しでも早く巣穴に入りたいと思うのだろう。

 隊列を組み、襲ってくるゴブリンがいれば蹴散らしながら巣穴まで進む予定だったのだが、出発して三十分もしないうちに変更を余儀なくされた。


「がはっ……」

「待ち伏せだ! ぐぉぉ……」


 突然、弓弦の音が響いて、道の両側の森から次々と矢が撃ち込まれてきた。

 二の矢、三の矢は盾で防いだが、奇襲の矢を食らって複数の冒険者が負傷し、中には命を落としてしまった者もいた。


「なんで索敵しねぇんだよ!」

「灌木の下でジッとしていられたら分からねぇよ!」

「揉めてねぇで攻撃しろ!」


 冒険者たちが浮足立っている間に、矢を射終えたゴブリンは背中を向けて逃走を計っている。

 道の上からだと立ち木や灌木に遮られて見えなくなってしまうのか、ゴブリンどもの被害は殆ど無い。


 そして、逃げおおせたゴブリンは、また道端の灌木の下へ潜り込み、じっと動きを止めた。


「悪いけど、俺からは丸見えだよ」


 背中を向けて走るゴブリンや、灌木の下に隠れたゴブリンを魔銃の魔法陣で狙撃して倒していく。

 巣の討伐に向かう隊列は、仲間を失ったパーティーを残して更に先へと進んでいく。


 感傷に浸って全体の動きを止める訳にはいかないのだ。

 最初のパーティーと代わって先頭を務めるパーティーは、用心深く盾を構えて魔法による索敵も行っているようだ。


 時折足を止め、ゴブリンどもが攻撃してくるよりも早く、魔法による先制攻撃を行って待ち伏せを排除していく。

 予想外の襲撃もあったせいで最初こそペースが上がらなかったが、待ち伏せがあると分かれば相応の対応は出来る。


 徐々にペースを上げた一団は、その後は休憩以外では足を止めることなく巣穴の近くまで来たが、そこで停滞を余儀なくされてしまった。

 昨日来た三十人が作り掛けていた防塁が、ゴブリンどもに占拠されていたのだ。


 巣穴から少し離れた場所の土を掘り、その土で壁を作って固めていたのだが、掘った穴にゴブリンどもが入り込んでいる。

 更には、防塁の向こう側にもゴブリンどもが隠れているようだ。


「糞ゴブリンどもが、何ちゃっかり利用してやがんだ!」

「追い出して防塁を広げるぞ!」


 先頭のパーティーは盾を構え、魔法で攻撃を加えながらジリジリと進んでいく。

 一方のゴブリンは、用意していた弓矢や原始的な魔法、それに石礫を使って反撃してきた。


「左手の森からも来るぞ! 援護しろ!」

「右手からもだ、囲まれないように数を減らせ!」


 防塁の中にいたゴブリンどもと交戦を始めると、森に潜んでいた連中が姿を現した。

 冒険者達は側面にも盾を配置して応戦するが、このままだと後ろに回り込まれてしまいそうだ。


「ファランクス!」


 魔銃の魔法陣を連発させて、ゴブリンの群れが隊列の後ろに入り込まないように制限を掛ける。

 更に、所々に混じっている上位個体を見つけては砲撃を食らわせてやった。


 隊列に参加している冒険者からも、攻撃魔法が次々と撃ち出され、ゴブリンどもは三十分ほど戦った後で撤退していった。


「うーん……誰が撤退の命令を出しているんだろう?」


 戦場を上から見下ろしていたのだが、いつ、どのゴブリンが撤退の命令を下したのか分からなかった。

 それとも、一定以上の上位個体が討伐されたら、自動的に撤退する約束事でもあるのだろうか。


 防塁に籠っていたゴブリンは皆殺しにされ、森の中へと放り出された。

 巣穴は相変わらず土砂で埋まったままで、ゴブリンどもによって掘り返された形跡は無い。


「よし、土属性魔法を使える者は防塁を広げろ! 正面だけでなく、左右にも備えろ! それから、パーティーの代表者、前に来い! クジ引きを始めるぞ!」


 本格的な巣穴の討伐に備えて、巣穴の前の防塁を広げる作業に取り掛かると同時に、どのパーティーが最初に巣穴に入るかクジ引きが行われる。

 巣穴への突入は基本的に、盾役、索敵、前衛、支援などの人員を備えているパーティーにしか許可されない。


 まぁ、ゴブリンが無限湧きするような場所にソロで踏み込むような馬鹿はいないだろう。

 それにしても、ゴブリンどもの本丸とも言える巣穴の前まで来て、突入の順番を決めるクジ引きをするなんて呑気なものだと思ってしまう。


 だが、この順番を決めておかないと、我先にと巣穴に踏み込もうとして無用な争いが起こったりするらしい。

 その肝心の巣穴は埋まったままだし、周囲への索敵も怠っていないので、油断とは違うのだろうが、その場にいる誰しもがその危険を想定していなかった。


「おーし、三番だ。これなら一番乗りの目があるぜ!」

「くそっ、二十七番って……後詰にもなんねぇ」

「まだクジを引いていない奴は早くしろよ」

「俺様が一番を引き当てて……おわっ、うぎゃぁぁぁ!」


 巣穴を埋めていた土砂が内部から突き崩され、飛び出してきたゴブリンの上位個体が振り回した棍棒がクジ引きの順番待ちをしていた冒険者を薙ぎ払った。

 更に、巣穴の中から上位個体がゾロゾロと飛び出して来る。


「フレイムランス!」


 巣穴の入り口の上部から、地面に向かってブロンズウルフを仕留めたフレイムランスを発動させる。

 後ろから押し出されるようにして出て来たゴブリンは、脳天から腹の辺りまで焼き切られてバッタリと倒れ込んだ。


「バーナー!」


 巣穴から出て来ようとするゴブリンが途絶えたところで、今度は巣穴の正面から大型のバーナーを発動させて流れを押し戻す。


「シールド!」


 三分程バーナーで炙った後、シールドを展開して巣穴の入り口を一時的に封鎖した。

 後続が断たれて孤立してしまえば、いくらゴブリンの上位個体とはいえども集まっている冒険者たちを圧倒するだけの力は無い。


 袋叩きにされて討伐されるまで、さして時間は掛からなかった。


「空属性魔法の壁で巣穴の入り口を塞いであります。今のうちに体勢を立て直して下さい。準備が出来たら壁を解除します!」

「ありがとうございます、エルメール卿! 野郎ども、準備しろ!」


 ギルドの職員の号令に従って、冒険者たちが突入準備を始める。

 クジ引きの順番が後になってしまった者たちは、ギルドから報酬を貰って巣穴の入り口の警戒に当たる。


 巣への出入口は、ここだけではないので、警戒を怠れば他の場所から回り込んできたゴブリンに襲われ、巣穴の中で挟み撃ちにされる恐れがあるからだ。

 俺も巣穴の中までは入らず、この場所を確保する役割を担うことにした。

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