第624話 クィーンの部屋

 もどかしい。 いよいよゴブリンクィーンと思われる個体を発見した冒険者たちが、最後の戦いを繰り広げるのだが、その様子が見られない。

 戦いが行われるのは洞窟の奥深くで、俺は洞窟の外から空属性魔法の集音マイクを使って音を拾っているだけなのだ。


 冒険者たちの声も聞こえるし、集音マイクを基点として空属性魔法の探知ビットをばら撒いて、ある程度の状況は確認できるが、目で見るのとでは大違いだ。


「うーん……やっぱり俺も突入すれば良かったかなぁ……」


 ゴブリンの巣は不衛生だという話だが、俺は空属性魔法で防護服を作れるから体の汚れを気にする必要は無い。

 ただ、呼吸はしなければならないから、臭いや空気中に含まれるウイルスなどは防げない。


「でもなぁ……そもそも安全が確保されているなら冒険じゃないもんなぁ……」


 ダンジョンの探索や王都での活躍もあって、今の俺は金銭的には恵まれている。

 ぶっちゃけ、働かなくても一生食っていけるぐらいの金はあるのだ。


 でも、だからといって、ダラダラぬくぬくと食っちゃ寝、食っちゃ寝の生活なんて……いや、悪くないのか……。

 いやいや、それじゃあ駄目猫人そのものになってしまう。


 などと余計な事を考えている間にも、洞窟に突入した冒険者たちは準備を整えて、いよいよゴブリンクィーンたちとの戦いを始めるようだ。


『全員、水も食料も補給したな? まずは魔法の一斉攻撃で数を削る。その後は、盾役三人が突っ込んで押し込む、いいな?』


 最初にこのホールに到達したパーティーのリーダーが、後から来た別のパーティーを含めて指揮を執っているようだ。

 全員の準備が整ったのを確認して、作戦が開始される。


『撃てぇぇぇ!』


 ホールの入口から、一斉に攻撃魔法が放たれたようだ。

 こうした洞窟で戦う場合、使われる魔法は風属性と水属性が殆どだ。


 火属性の魔法は威力はあるが、燃焼によって周囲の酸素を奪ってしまう。

 魔法の炎自体は、何も無い場所から発火するから物理的な現象ではないと思うのだが、周囲の酸素も利用して威力を上げているらしい。


 例えば、空属性魔法で作った火の魔法陣を発動させて、それを空属性魔法の壁で覆って密閉すると、魔法陣が内包している魔素が切れるまで炎は消えないが、密閉前と比べると火力が落ちるのだ。

 つまり、火属性の攻撃魔法は密閉空間でも発動はするが、術者や周囲の者は酸欠で倒れてしまうことになる。


 火属性魔法は使えないが、三つのパーティーの術者が一斉攻撃を行えば相当な威力があるはずだ。


 冒険者に貼り付けておいた集音マイクは、ゴブリンの断末魔の悲鳴を伝えてくる。


『グギャァァァァァ……』

『撃て、撃て、撃ちまくれ!』

『ギャァ……ギギャァァァ……』

『よし、盾役突っ込め!』

『おう!』


 冒険者たちの作戦通りに、入口からの一斉攻撃がはまり、いよいよホールの内部への突入が開始された。


『いいぞ、盾の間から攻撃を加えて……うわっ、駄目だ、後退!』


 突然リーダーが緊迫した声を上げたかと思ったら、何かが崩れる大きな音がして、直後に集音マイクが壊れて音が途絶えた。

 別のパーティーに付けていた集音マイクに切り替えると、悲壮な声が響いてきた。


『畜生! 奴ら、冒険者じゃなくて洞窟の壁を狙って来やがった』

『さがれ! まだ崩れるぞ!』


 ガラガラと何かが崩れる音や足音が反響して上手く聞き取れないが、襲撃を受けたゴブリンどもは、洞窟を崩落させて冒険者を生き埋めにしたようだ。


『くそっ、奴らは生き埋めになるのが怖くないのか』

『ホールに別の抜け穴があるんだろう』

『奴らは、それを全部把握してるとでも言うのかよ』

『野ネズミやモグラは複雑な巣穴を作るって言われてるぞ、ゴブリンにその程度の知能があってもおかしくないだろう』

『どうする、別ルートを探すしかないのか?』

『それより、埋まった連中はどうすんだよ。見捨てるのか』

『生きてるなら助けたいが……』


 ついさっきまでの高揚とした雰囲気が一変して、集音マイクからも沈痛な空気が伝わってくる。


『俺が土属性の魔法で天井と壁を硬化させながら進むから、みんなは援護してくれ』

『魔力切れには気を付けろよ』

『わかってるよ』


 どうやら、二人の土属性の冒険者が、洞窟の天井と壁を補強しながら仲間の救出に動くようです。

 それならば、俺もここから援護しよう。


 集音マイクを基点として探知を行い、洞窟を補強している冒険者の近くに魔力回復の魔法陣を発動させた。


『あれっ?』

『どうした?』

『なんか、魔力が回復してる……』

『俺もだ、どうなってる?』

『今は考えるより作業を進めよう』

『そうだな、やるぞ!』


 冒険者たちが作業を進めている間に、俺はホールの方を探知する事にした。

 現在、冒険者たちが居る場所は、ホールから四十メートルほど離れた場所で、洞窟の高さが二メートルちょっと、幅は一メートル半ほどしかない。


 洞窟はホールに近付くほどに広がっていくが、さっきまでの入口は上部が崩れて半分以上が埋まっている。

 その崩れた土砂を掘り起こしている者がいるのだが、冒険者なのかゴブリンなのか判断出来ない。


 大きさからすると通常のゴブリンではないが、クィーンの周囲には上位個体が居てもおかしくない。

 冒険者だったら攻撃出来ないし、ゴブリンだったら生き埋めになっている冒険者が危ない。


「どうやって判別すれば……ちょっと突いてみるか。ナイフ……」


 土砂を掘り返している者の近くに集音マイクとナイフを作り、尻の辺りを軽く突いてみた。


『ギャッ、ギヤギャァ!』

「雷!」

『ギィィ……』


 考えてみれば、ホールに居るゴブリンどもから攻撃も受けずに土砂を掘っているのだから、冒険者であるはずがなかった。

 後方の冒険者たちも頑張ってはいるのだろうが、ホールまで戻って来るまでには時間が掛かりそうだ。


「てことは、ここで動いている連中は全部敵だと思って良いんだよね……雷!」

『ギャッ……』


 崩落した場所にホール側から近付いてきた個体に、手加減無しの雷の魔法陣を発動させる。

 魔法陣に接触したゴブリンは、短い悲鳴を上げた後でバッタリと倒れ込む。


「さて、冒険者たちが戻ってくるまでに、どれだけ数を減らせるかやってみようか、デスチョーカー・タイプR」

『ギャッ、ゴブゥ……』

「粉砕……小」

『ギャァァァ……』


 ホールに居るゴブリンを探知ビットで捉え、様々な方法を使って討伐していく。

 遥かに離れた見えない場所から、洞窟を崩落させないように、冒険者たちが巻き込まれないように……幾つもの制約の中で討伐を進めるのは、もどかしい作業であると同時に面白い。


 まとめて倒すような大きな魔法は使えない。

 酸素を奪うような魔法も使えない。


 それでも、こちらが攻撃を受けるリスクはゼロだし、なによりも臭い洞窟に入らなくても良い。


『ギャッ、ギャヤァァァ!』

『グギャギャ、ギギャァ!』


 敵の姿が見えないのに、次々と仲間が死んでいくのを見て、ゴブリンどもは混乱し始めたようだ。

 探知で見つけた大きな個体の背中をナイフで刺し、別の大きな個体の尻の後ろで小規模な粉砕の魔法陣を発動させる。


 見えない場所から嫌がらせのような攻撃を続けると、ゴブリンどもは仲間割れを始めた。

 更に探知を進めていくと、大混乱に陥ったホールの奥に、一段天井が低くなった別のホールがあった。


 その奥に、多くのゴブリンに傅かれている一際大きな個体がいた。


「こいつがクィーンなのか?」


 探知ビットで探ると、そいつは軽く上体を起こした姿勢で仰向けに横たわり、大きく股を開いているようだ。

 膝を曲げているので、正確な身長は分からないが、立てば三メートル以上ありそうだ。


 頭の方へ集音マイクを近付けてみると、グチャグチャ、ボリボリと何かを咀嚼する音が響いてくる。

 いったい何を口にしているのかは、見えない方が良いのかもしれない。


 様子を窺っている間にも、樽のように膨れた腹が波打ち、股間から何かが出て来た。

 卵型というよりも楕円形に近い物体を別のゴブリンが抱えて運んでいく。


 どうやら、今のが卵なのだろう。

 卵を抱えたゴブリンに探知ビットを貼り付けて、何処へ行くのか追跡する。


 Gは成体だけでなく、幼体や卵も処分しないといけないからな。

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