第620話 黒い性獣?

 ゴブリンの氾濫を乗り切った俺達は、その日は第二砦で一夜を明かすことになった。

 干し肉を使ったスープと携帯用のボソボソしたビスケットの味気ない夕食を済ませ、やる事も無いし寝てしまおうと思っていたらシューレに声を掛けられた。


「ニャンゴ、お風呂に入りたい……」

「そうだね、そろそろノンビリお湯につかりたいね」

「じゃあ、よろしく……」

「ふにゃ……えっ、えっ?」


 単なる愚痴かと思って生返事をしたら、抱え上げられて運ばれてしまった。


「ちょっ、お風呂って言っても囲いが無かったら丸見えになっちゃうよ」

「大丈夫……ブリッタとノーラよ……」

「えっ、誰っ?」

「だから、ブリッタとノーラ……」

「初めまして、ブリッタです」

「ノーラです」

「ど、どうも……」


 ブリッタさんは牛人、ノーラさんは熊人の女性冒険者で、二人とも色々ビッグサイズです。

 というか、全然話が見えてこないんだけど……。


「えっと……どういう事?」

「この二人が土属性の魔法で囲いを作ったから、湯舟とお湯を用意してって事よ」


 シューレのあまりにも言葉足らずの説明をミリアムが補足してくれて、ようやく意味が理解できた。

 どうやら風呂に入りたい女性冒険者同盟が結ばれて、ブリッタ、ノーラの両名が囲いを作り、シューレが湯舟を用意するという話になったらしい。


 てか、用意するの俺なんだけどね。

 まぁ、女性陣の入浴が終わった後、囲いを使わせてもらえるなら、その程度の協力はするけどね。


 シューレに抱えられたまま移動すると、確かに囲いが出来上がっていて、そこにもレイラを含めた数名の女性冒険者が待っていた。

 囲いの広さは十畳ほどで、四畳ほどの脱衣所と六畳ほどの浴室に分かれていた。


 てか、湯舟も土属性魔法で作れば良いんじゃない……なんて言うのも野暮なので、空属性魔法で浴室の半分ぐらいの大きさの湯舟を作った。

 そこに空属性魔法で温熱の魔法陣と水の魔法陣を組み合わせた給湯の魔導具を作ってお湯を満たしていく。


「凄い……何も無い所にお湯が溜まっていく」

「うわぁ、大きな湯舟」


 お湯が溜まる事で湯舟の大きさが見えてくると、女性冒険者たちの声が弾んだ。

 実際、何日も風呂に入れないでいると、大きな湯舟はこの上も無く贅沢に感じる。


 まぁ、俺だと湯舟の中で座ると潜ってしまうぐらいの深さがある。

 女性冒険者は体格の良い人が多いし、体を流したりするとお湯も減るので、通常の湯舟よりは深く作ってあるのだ。


 それでも大きな給湯の魔道具を三つ発動させたので、十分ほどでお風呂を汲み終えた。


「では、後はごゆっくり……って、何でレイラは俺を脱がせているの?」

「服をきたままじゃ、お風呂に入れないでしょ」

「いや、そうだけど、ここは拠点の風呂場じゃないんだから……」

「大丈夫よ、全員納得済みだから」

「えぇぇ……俺は合意した覚えが無いんだけど」

「名誉子爵様なんだから、細かい事は気にしないの」

「いやいや、レイラやシューレが良くても、他の皆さんは……気にせず脱いでるだと……」


 やはり猫人は、男性としてではなくペット枠なのだろうか。

 ていうか、数日風呂に入っていないせいで、女性たちの体臭が濃密に漂ってきて、クラクラしちゃいそうだ。


 手桶や桶は、土属性魔法で作ったものが用意されていて、女性達は頭からお湯を被って満足気な声を洩らした。


「あぁぁぁ……生き返るわ」

「ホント、絶妙な湯加減で体が融けちゃいそう」


 そして俺もレイラにお湯をかけられてから、湯舟に引き込まれてしまった。

 風呂に入ると自慢の毛並みがペショっとしてしまい、貧相な体付きに見えてしまうので、知らない人には見られたくないんだけどなぁ……。


 なんて感じで俺が見た目を気にしてるのに、女性陣は全く気にせず、隠すつもりも無いらしい。

 レイラに抱えられて肩までお湯に浸かっている俺の目の前で、ガバっと湯舟の縁を跨いで入って来るし、両手を挙げて思いっきり伸びをしてみせる。


 見せたいんか、見せつけてるのか……と思いきや、色仕掛けで誘っているような素振りは皆無なのだ。

 傍から見ればハーレム状態なのだが、全く男として、オスとして見られていないのが情けない。


 色々ビッグなお姉様たちに囲まれて湯舟に浸かっていると、女湯に連れ込まれた男児ってこんな気分なんだろうなぁ……などと考えてしまった。

 てか、俺は男児って歳じゃないんだけどなぁ……。


「やっぱり石鹸は持ち歩かないと駄目ね」

「レイラ、それは贅沢じゃない?」

「でも、ニャンゴだってどうせなら……って思ってるんじゃないの?」

「まぁね、どうせなら有った方が良いよね」

「でしょう」


 囲いはあるけど天井は無く、満天の星を眺めながら露天風呂気分も味わい、石鹸は無いけど土埃とかは綺麗さっぱり洗い流せた。

 空属性魔法で作ったドライヤーを温風、冷風を切り替えながら使い、毛並みをフワフワに仕上げると生き返ったような気分になった。


 レイラやシューレ、ミリアムも乾かして、一緒に囲いを出ると人だかりが出来ていた。


「にゃっ、にゃにごと?」

「順番待ちね」

「えっ?」


 レイラの話では、女性陣が入浴を終えた後、後片付けをするという条件で男性冒険者が使用するらしい。

 俺達が出た時点で、既にお湯はうっすら濁ってきていたように見えたのだが、あの後に何人の野郎が浸かるのか、その時お湯はどうなるのか……想像もしたくない。


「てか、シューレ、俺は何時まで湯舟を維持してなきゃいけないの?」

「女子の入浴が終わったら、じきに湯舟は消えるって話してある……」

「うにゅぅ……あんまり早く消したら恨まれそうだよね。てか、野郎なんて水浴びで十分でしょ」


 何時まで湯舟を維持しようか考えながら、チャリオットの野営地に戻るとセルージョが待ち構えていた。


「ニャンゴ、俺らにも風呂を作ってくれよ。ライオスは浸からねえから、俺一人浸かれる大きさで構わねぇからよ」

「囲いは?」

「必要ねぇよ。俺様の鍛え上げた肉体を見たい奴には見せてやるさ」

「最近弛みきった下っ腹の間違いじゃない?」

「うっせぇよ!」


 仕方ないから湯舟を用意してあげると、ライオスと二人で体を流した後で、腰に手拭いを巻いたセルージョが一人でお湯に浸かった。


「ライオスは浸からないの?」

「俺は、のぼせやすいから体を流すだけで十分だ」


 ライオスは寒いのも苦手で、この辺りは蜥蜴人の体質的なものなのかもしれない。

 それにしても、野営地の真ん中で、ガラス張りのような透明な湯舟に浸かっているセルージョの姿は、ちょっとシュールというか……変だよなぁ。


 その丸見え湯舟ですら、使わせてくれという冒険者が現れて、結局夜中過ぎまで二つの湯舟を維持することになった。

 夜中に目を覚まして、誰も浸かっていないのを見て湯舟を消したのだが、その時にはお湯ではなくて泥水にしか見えなくなっていた。


 翌朝、久々に風呂に入ってサッパリした気分で眠れたので、爽快な気分で目覚められた。 この日は、複数のパーティーが一緒に第三砦を目指すことになり、チャリオットも三つのパーティーと合同で進むことになった。


 いつものように、俺は上空からの監視と支援を行うことになったのだが、空属性魔法で作った集音マイクで地上の会話を聞いていると『黒い性獣』なんて言葉が聞こえて来た。

 どうやら、昨晩一緒に風呂に入った女性冒険者は、全員俺のお手付きになった……なんて噂が流れているらしい。


 セルージョが無責任に、その通りだぜ……なんて言ってたけど、ミリアムが烈火のごとく否定したので、このグループでは噂は嘘だという結論になったようだ。

 でも、第二砦ではとんでもない噂が広まっていそうで……気が重くなってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る