第618話 騎士の末路

 チャリオットを含め、第三砦を目指していた冒険者パーティーが第二砦まで戻れたのを確認して、俺は第三砦の援護に向かうことにした。


「ライオス、途中の群れを間引きながら第三砦の援護に行って来る!」

「分かった、こっちは人員も十分に居るから心配するな!」

「でも、油断しないでね! ジェット!」


 ジェットの魔法陣を装備したフライングスーツで第三砦に向かう。

 俺が切り開いた道を中心にして、ゴブリンどもが深緑色の川のように進んで来る。


「こいつら、どんだけ湧いて出て来やがるんだよ。食らえ!」


 第三砦への道は真っすぐに作ってあるから、貫通力重視で作り上げた砲撃を真正面から食らわせてやった。

 深緑色の川のように見えていたゴブリンどもの群れの中央が、赤黒い帯へと姿を変える。


 更に、魔力回復の魔法陣をフル稼働させながら、道の両脇にいるゴブリンの群れ目掛けて絨毯爆撃のように粉砕の魔法陣を上から下へ向けて連発した。


 もう、森がどうなろうと知ったこっちゃない。

 いつまでもゴブリンの巣を放置していたら、いずれ数の力で押し切られてしまう気がする。


「ヤバい、もう砦の中に入り込まれてる!」


 ジェットの魔法陣を消し、第三砦の上空で急上昇して速度を殺す。

 見下ろした砦の壁の中には、既にゴブリンどもが入り込んでいた。


 壁が壊された訳ではないが、砦全体を守るには人員が不足しているのだろう。

 砦の建設に関わっていた冒険者たちは、段階的に広げた内側の壁の中に立て籠もり、死に物狂いの戦いを繰り広げていた。


「砲撃! 砲撃! 砲撃!」


 折角築いた壁を壊さないように気をつけながら、砦に取り付こうとしているゴブリンどもを砲撃で吹き飛ばす。


「エルメール卿だ!」

「魔砲使いが応援に来たぞ!」

「踏ん張れ、押し戻せ!」


 砦の壁とゴブリンの群れの隙間に粉砕の魔法陣を並べ、外に向かって吹き飛ばす。

 押し寄せて来る数の圧力が弱まったおかげで、冒険者たちもどうにか態勢を立て直せたようだ。


 砦の壁の外側に空属性魔法で柵を作り、ゴブリンが溜まった所でバーナーで焼き殺す。

 固まっている一団がいれば粉砕の魔法陣で粉々にし、巣の方向へ向けて砲撃を繰り返して接近する圧力を弱めた。


 第三砦を中心として上空を旋回して、迂回して第二砦方面に向かおうとする群れにも砲撃や粉砕の魔法陣で攻撃して数を減らす。

 一時間ほどの戦闘で砦に押し寄せる一団は排除できたが、別の見方をすると密集していたゴブリンがバラけて、森全体に広がったようにも見える。


 砦を守るためには止むを得ない措置ではあったが、もしかすると更に状況を悪化させてしまったかもしれない。

 押し寄せるゴブリンの群れが途絶えた所で、高度を下げて第三砦に降りた。


「重傷者はいませんか? いたら後方まで運びますよ」

「いや、こっちは軽傷で済んでる」

「こっちも大丈夫だ、本当に助かった」

「マジで、一時は駄目かと思ったぜ」


 第三砦に立て籠もっていた冒険者たちは、精魂尽き果てたといった様子で地面に座り込んでいたが、どうやら重傷を負った者はいないようだ。


「砦にいた連中は大丈夫だと思うが、先に行った連中は駄目じゃねぇか?」

「えっ、砦の外に出ていた人がいるんですか?」

「まぁ、殆どが役立たずの騎士共だけどな」

「あっ、そういえば……」


 砦の中を見回してみても冒険者姿しかなく、金属鎧で武装したケンテリアス騎士団の姿が無い。


「役立たずの騎士とかどうでもいいけど、あの馬は勿体なかったな」

「あぁ、毛艶ピカピカの良い馬だったのに、今頃ゴブリンどもの餌かぁ」


 砦に残っていた冒険者達の話によれば、まだ第三砦は基礎となる壁が出来上がったばかりで、これから更に補強を加え、防衛するための人員を増やす必要があるらしい。

 それなのに、ケンテリアス騎士団の騎士たちは、巣への道を切り開くと言って砦の外に出て行ってしまったらしい。


「砦の建設を手伝いもしないで、道を作れとかふざけたことをぬかしやがったから、邪魔するならぶっ殺すって〆てやったんですよ」

「そうそう、そしたら勝手に自分らで道を作り始めて……」

「まぁ、道なんて言っても下草を切り飛ばした程度らしいっすけどね」


 冒険者たちの話をまとめると、ケンテリアス騎士団は我が物顔で野営場所を占拠した挙句、砦の工事は全く手伝わず、それどころか巣への道を作れなどの要求をしていたようだ。


「日頃の行いが悪いから罰が当たったんすよ」

「ざまぁみろだ、清々したぜ」


 余程腹に据えかねていたのだろう、恐らくゴブリンどもの餌食になったであろうに、誰一人として同情する者がいなかった。

 それでも、一応様子を確かめておいた方が良いのだろう。


「俺は、ちょっと巣の様子を偵察に行きます。とりあえず、さっきのような群れは来ないと思いますが、一応警戒しておいて下さい」

「分かりました、御助力感謝いたします」

「ありがとうございました!」


 ちょっと関係がギスギスしているように感じていた地元の冒険者たちからも揃って頭を下げられて、ちょっと照れくさい気がした。

 空属性魔法のボードに乗って、第三砦から巣のある方向へと移動する。


 よく見ると、確かに一部だけ灌木が切り飛ばされたような跡が残っていた。

 それを辿っていくと、ゴブリンの一団がいた。


 耳を澄ますと、ガチャガチャという金属音と共に、グチャグチャと何かを咀嚼する音が聞こえて来る。


「ギャァァァ!」

「ギギャッ!」


 奇声を発しながらゴブリンが奪い合っているのは、金属鎧の籠手の部分のようで、どうやら中身が詰まっているようだ。

 更に移動しながら木立の陰を覗いていくと、鎧を剥ぎ取られた騎士の胴体にゴブリンが頭を突っ込んでいた。


 血まみれになりながら、ゴブリンは腸を咥えて引きずり出した。

 その直後、騎士の体がビクっと動いたように見えた。


 既に右腕が千切り取られ、左足も膝から下が無い。

 その上、内臓まで引きずり出されている状況で生きているとは思えない。


 一頭のゴブリンが兜を毟り取り、騎士の顔が露わになった。

 太り気味な犬人で、ニーデル村の野営場所を巡ってギルドの職員と揉めていた男だ。


「欲をかかなければ、こんな目に遭わずに済んだのに……えっ?」


 ガラス玉のように虚ろだった騎士の瞳が、不意に焦点を結んで俺を見た。

 何事が伝えんとして騎士の口がパクパクと動いたが、その直後に瞳が光を失い、そのまま二度と動かなくなった。


 騎士に群がっていたゴブリンどもの頭を魔銃の魔法陣で撃ち抜き、周囲にシールドを張り巡らせてから遺体のそばに降りた。

 もう騎士の瞳は瞳孔が完全に開いていて、何も映していない。


 騎士の胸元を探ると、銀色の認識票が出てきた。

 王国騎士が身に着けるようになり、各領地の騎士も真似して着けるようになったと聞いている。


 認識票を騎士の首から外し、付着していた血を洗い流して回収する。

 この後、森の中を探して十一人分の認識票を回収した。


 確か、ケンテリアス騎士団は三十人ぐらいいたはずだから、半分も回収できていない。

 だからと言って、生存している可能性が残されている訳ではなく、ゴブリンどもに遺体ごと持ち去られてしまったようだ。

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