第617話 前進のち撤退

 第三砦の基礎となる壁が出来上がったという知らせが届いた。

 そして、ミリアムも仕上がった。


 三日連続、第二砦の周辺でゴブリン討伐を続けた結果、ミリアム一人でゴブリン三頭を危なげなく討伐出来るようになった。

 シャーシャー威嚇しながら、やんのかステップからの槍での連続突き。


 更には、風属性魔法の見えない刃を牽制に使い、ゴブリンどもを圧倒した。

 ゴブリンからの魔石取り出しも、白い毛が真っ赤に染まるのも意に介さずにこなしている。


 第二砦の周辺で討伐を始めた頃のミリアムは、シューレを頼り、守られる存在だったが、今では一人前の冒険者という風格というか、凄みすら感じるようになった。

 昨日は、討伐を終えて第二砦に戻ってくると、第一砦経由で食料などの補給物資を運んで来た冒険者がミリアムを指差した。


「見ろよ、こんなところに猫人が……」

「フシャー……」


 仲間内で笑いものにしようと思っていたのだろうが、ミリアムを指差した冒険者は威嚇されて言葉を途中で飲み込んだ。

 討伐直後の興奮状態なのも手伝って、ミリアムの威嚇は冒険者を黙らせるに十分な迫力があった。


 うん、笑いものになんかしてたら、マジでサクっとやられてたかもよ。

 それくらい、この日のミリアムは仕上がっていたからね。


 一夜が明けて、俺達チャリオットは砦の確保要員として第三砦へ向かった。

 隊列の先頭は右にシューレ、左にミリアムで、第三砦へ向かう道の両側を分担して索敵している。


 中央は右にライオス、左にレイラ、後方にセルージョ、俺は上から全体をフォローする。

 俺達よりも先に第二砦を出発したパーティーがいたが、ゴブリンの群れを見つけると討伐に向かうので、途中で順番が入れ替わったりしている。


 一つのパーティーが討伐のために森に入れば、その間に後続のパーティーが追い越していく形だ。

 俺達も先行するパーティーを追い越して先へと進むと、ゴブリンの群れの反応が現れた。


「いたわ!」

「こっちも!」


 ミリアムが声を上げた直後に、シューレも反応があったと手を挙げた。


「ミリアム、数は?」

「十から十五ってところ」


 ライオスの問い掛けにも、ミリアムは落ち着いた様子で答えた。


「シューレ、そっちは?」

「こっちは二十から二十五」

「右を先に片付ける。ニャンゴ、左側の群れを足止めしてくれ」

「了解!」


 右側の森に踏み入りながら、チャリオットは横並びに隊列を変化させる。

 シューレとミリアムが外に開き、ライオスとレイラが中央に切り込む。


 セルージョは後方からの援護を担当するが、弓は手にしているが矢筒を持っていない。

 ここに来るまでに、矢は使い果たしてしまったらしい。


 じゃあ、矢も無いのに何で弓を持っているかと言えば、風属性魔法で矢を作って射るそうだ。

 弓を使った方がイメージが強く固まり、魔法で作った矢の強度が上がるらしい。


 それでも、魔法の矢には実体が無いので、魔法を付与した矢を射るのが一番威力が出せるそうだ。

 

「行くぞ、レイラ!」

「いいわよ、ライオス!」


 一団となって突っ込んで来る二十数頭のゴブリンの正面に、ライオスとレイラが突っ込んで行く。

 二人を囲もうと外を回ろうとするゴブリンにはシューレとミリアムが攻撃を加え、セルージョは群れの間を通して後方のゴブリンを射抜く。


「特殊な個体が居なければ、一方的な殺戮だよなぁ……おっと、こっちの始末をしないと」


 どうやら、同時に発見した二つの群れは連携していたようで、チャリオットのみんなを追うように左手の森から飛び出して来た。


「ギャッ! ギギャギャッ?」


 チャリオットのみんなを挟み撃ちにしようとしたゴブリンどもは、道の上に設置しておいた空属性魔法で作った檻に自分たちで入り込んだ。

 群れが全部檻に入ったところで、入口も檻で塞ぐ。


「では、では、バーナー!」

「ギャアァァァァァァ……」


 檻の四方からバーナーで火炙りにして、まとめて討伐する。

 表面が炭化するまで焼いた後、魔石の取り出しを行い、完全に炭化するまでバーナーで炙った。


 大量のゴブリンに追われて撤退する場合などは仕方ないが、余裕がある場面ではゴブリンの死体は焼却処理し、共食いされて栄養分とならないようにする。


「ライオス、こっちは終わったよ」

「こっちも魔石の取り出しは終わったから焼却してくれ」

「了解」


 ライオス達が仕留めたゴブリンは、一箇所にまとめて積まれていたので、空属性魔法の壁で囲って高火力のバーナーで焼却した。


「よし、そんなもんで良いだろう。先に進もう」


 俺達が森から道へと出ると、丁度後続のパーティーが追い越して行くところだった。

 熊人の男が足を止め、こちらに声を掛けてきた。


「よぅ、何頭だった?」

「群れ二つで五十弱だ」


 ライオスが代表して答えると、熊人の冒険者は二度ほど頷いた。


「じゃあ、まだ大氾濫は起こってなさそうだな?」

「ただ、遭遇の頻度は高いから、奥がどうなってるのかは分からないぞ」

「そうだな、お互い油断せずに行こう」

「あぁ」


 熊人の冒険者は軽く右手を挙げて俺達にも挨拶すると、先行する仲間を追い掛けて行った。


「ライオス、先の様子を見て来ようか?」

「いや、今日はこのまま進もう」


 またシューレとミリアムが先頭の隊列に戻して、先行するパーティーから少し距離を取りながら第三砦を目指す。

 前を行くパーティーは、全部で七人の冒険者で構成されているようだ。


 当然ながら、七人の中には猫人はいない。

 その先行するパーティーが足を止め、全員が左手の森へ視線を向けた。


 森の奥からゴブリンの叫び声や金属音が聞こえて来るし、時折木立の向こうに炎が見える。

 更に別のパーティーが、ゴブリンと交戦中のようだ。


 前を行くパーティーは五分ほど足を止めた後、第三砦へ向けて歩き始めた。

 どうやら、森の中での戦いは冒険者側に軍配が上がったようだ。


「よし、俺らも移動しよう」

「待って、ライオス。交戦を終えた冒険者たちの更に奥から大きな群れが来る」

「シューレ、数は?」

「百頭以上……」


 シューレの一言で一気に空気が張り詰めた直後、ミリアムが叫んだ。


「ライオス、こっちからも来てる! 数えきれない!」

「ニャンゴ、第三砦まであとどのぐらいだ?」

「まだ半分程度しか来てないよ」

「シューレ、ミリアムを抱えろ! 第二砦まで戻るぞ!」


 ライオスの号令と同時に、全員が第二砦を目指して走り出す。


「ニャンゴ、足止めしてくれ!」

「任せて!」


 迫ってくるゴブリンの大群に向かって砲撃を連発する。

 ドンッ……ドンッ……と腹に響く発射音を残して火球が飛び、先頭の少し後方に着弾してゴブリンを吹き飛ばした。


 一発で十数頭のゴブリンが宙に舞い、一時的に群れの進行速度が落ちたが、すぐに前進を再開する。

 第二砦を目指して駆け戻るチャリオットの上を飛びながら、道が塞がれないように周囲に目を光らせ、砲撃でゴブリンの接近を食い止める。


 俺達よりも前に進んでいたパーティーもゴブリンの大群が接近しているのを知り、全速力で駆け戻って来る。

 左手の森で討伐を行っていたパーティーも魔石の取り出しを断念して撤退を始めていた。


「ライオス、後方のパーティーが追いつかれそうだから援護してくる」

「止まって待つか?」

「ううん、そのまま進んで。まだ両側からは来ていないから」

「分かった、先に行くぞ!」


 チャリオットのみんなを先行させて、ゴブリンの大群に飲み込まれそうな二つのパーティーの援護に向かう。


「ウォール!」


 冒険者に飛び掛かろうとしていたゴブリンの前を空属性魔法で作った壁で遮る。

 後続のゴブリンが押し寄せる圧力に負けて壁は壊れるが、冒険者との距離が開いたところに砲撃を撃ち込む。


「援護、感謝する!」

「まだ道は塞がれてないから、とにかく急いで!」

「了解だ!」


 森の中を進むゴブリンには砲撃、道に出て来たゴブリンは粉砕の魔法陣で吹き飛ばす。

 ライオス達も途中で出会ったパーティーに引き返すように声を掛けながら撤退を続け、なんとか無事に第二砦まで戻って来られた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る