第616話 板挟みの騎士
ニャンゴたちが第二砦の近くでゴブリンの討伐に勤しんでいる頃、第三砦の建設現場では不穏な空気が漂い始めていた。
不穏な空気の中心にいるのは、ケンテリアス騎士団の騎士たちだ。
冒険者たちはニャンゴが切り開いた道を使って建設予定地へ到達すると、一斉に城壁の構築に取り掛かった。
ニャンゴが巣の近くにいたゴブリンを間引いたという情報も冒険者たちに伝わっていて、数が減っている今がチャンスだとギルドから周知されていたからだ。
逆に言うなら、ゴブリンどもが数を回復させれば、討伐や防戦に人手を取られて建設の速度が落ちる。
十分な防御態勢が整わなければ、安心して休むことすら出来ずに戦い続けなければならなくなるのだ。
「急げ、急げ! 土属性の魔法が使えない者は、柱に使える木を集めて来い!」
砦を構築する主役は土属性の魔法を使える冒険者だが、それ以外の冒険者たちも身体強化魔法を使って材木を集めたり、柱を立てたりしている。
広域の探知ができる者を除いて、全員が土埃に塗れて懸命に体を動かし続けていた。
ケンテリアス騎士団の騎士達が第三砦の建設現場に姿を見せたのは、最低限度の壁ができ上がり、更に壁の範囲を広げ始めた昼過ぎだった。
「全員下馬! 野営の準備を始めろ!」
「はっ!」
騎士を率いて来た犬人の隊長ハンフリーは、ニーデル村の野営地でギルドの職員レオロスと揉めていた男だ。
今年三十七歳になるハンフリーは、長年騎士としての訓練を受けてきたので、それなりにガッシリとした体型をしているが、役職に就いてから腹回りに贅肉が付き始めている。
「あいつら……ふざけやがって!」
「おい、やめとけ、今は壁を作るのが先だ!」
「くそっ……」
騎士たちが当然のような顔をして野営の支度を始めたのを見て、冒険者の一部が気色ばんだが、周りにいた者が制止した。
冒険者たちが作り上げた壁で囲まれた範囲は、作業に関わっている者たちが野営できる最低限の広さを想定して作られている。
そこに騎士三十人と馬三十頭が加われば、どんな事態が起こるかなど説明するまでもないだろう。
それでも抗議を行って無駄な時間を使うよりも、今は壁の範囲を広げる方が先決だ。
冒険者たちが黙々と作業を続けている間も、野営の支度を終えた騎士たちは手を貸すこともなく休憩し始めた。
ハンフリーと部下三人ほどが地図を眺めて、明日から進む方角などを話し合ったものの、偵察を出す訳でもなく騎士達は無為に時間を過ごしていた。
第三砦の建設工事は、夜に入ってからも交代で続けられた。
昼間のうちに資材を集め、探知役が監視する中、篝火を焚いて工事が進められる。
一方、騎士達はといえば見張りに協力することすらせず、全員が天幕に入って熟睡していた。
冒険者は、ケンテリアス領に所属する者も、他の領地から出稼ぎに来ている者も協力し合って作業を進めているので、より一層騎士団の行動は浮いて見えた。
翌朝騎士たちは、自分たちの体調を考慮しつつ最速で作業を進めようと奮闘する冒険者を全く考慮することもなく、ゆっくり朝食を済ませると一部が森の偵察へ出掛けて行った。
五人一組で二チーム、総勢十人の騎士たちは、連携を取りつつ巣の方向へと馬を進めようとしたが、生い茂る灌木に行く手を阻まれて一時間もせずに戻って来た。
「隊長、馬で巣に近付くのは難しそうです」
「私に歩いて進めと言ってるのか?」
「そ、そうではなく、現状では地理的に難しいという報告であります」
偵察に出掛けた騎士が灌木が行く手を遮っていると伝えると、ハンフリーは冒険者に道を作らせろと部下に指示した。
指示を受けた騎士たちは、黙々と壁を築いている冒険者たちに近付き、ハンフリーからの命令を伝えた。
「おい、ゴブリンどもの巣に向かう道を作れ」
騎士に声を掛けられた冒険者たちは、一瞬手を止めて騎士の方に視線を向けたが、すぐに作業を再開させた。
「おいっ、貴様ら聞こえないのか! 道を作れと命じてるんだ!」
「うるせぇ! 作業の邪魔するなら、ぶっ殺すぞ!」
「な、なんだと……」
「こちとら命かけてんだ! 壁ができ上がらないうちにゴブリンどもの氾濫が起こったら、手前らだって殺されて、腸も骨も食われちまうんだぞ!」
補給を受け、休息する拠点も無しに大量のゴブリンに立ち向かうなど自殺行為だ。
大火力の魔法を使える魔法使いを並べたとしても、遮蔽物だらけの森の中では殲滅するのは難しい。
剣や槍などで戦う者たちも、無限に体力が続く訳ではない。
たとえ仲間が倒されても、その屍を乗り越え、あるいは食料として次々に襲い掛かってくる数の暴力に対抗するには、拠点の存在は不可欠なのだ。
「み、道を作るだけならば、たいした作業ではあるまい。現に、ここまでの道は一日で切り開かれたそうではないか」
「だったら、手前らで作ればいいだろう。魔砲使いニャンゴ・エルメール卿と同じ真似が簡単にできると思うなら、やってみろ!」
「貴様、我々を誰だと思って……」
「態度がデカイだけの役立たずだろう。貴族様であるエルメール卿が、ここまでお膳立てしてくれているのに、手前ら文句言うだけで何の役にも立ってねぇじゃねぇか!」
「そうだ、そうだ、文句言うなら働いてから言え!」
「作業の邪魔すんな、ボケ!」
「貴様ら、我々にそんな態度をとって……」
「どうするってんだ? ここにいる百人以上の冒険者を全員敵に回して殺し合いでもするか?」
砦の建設作業には、この日第二砦から駆け付けた冒険者たちも加わっている。
いくら金属鎧に身を固めていようとも、四倍を超える人数の冒険者と争えば、どうなるかなど騎士たちでも理解できる。
「道が作りたければ手前らでやれ! これ以上作業の邪魔をするなら叩き出すからな!」
「くっ……」
冒険者たちに取り囲まれて、騎士たちは無言で引き下がるしかなかった。
「おい、ハンフリー隊長に何て報告するんだよ」
「うるさい、今考えている」
「そのまま報告する訳にはいかないぞ」
「分かってる! そうだ、ギルドに責任を負わせよう」
「ギルドって……」
「ギルドの方針に逆らえないから、壁の建設を優先するしかない……これでどうだ?」
「そうだな、それでいこう」
無能な役員と現場の板挟みになっている中間管理職のような状況に追い込まれた騎士たちは、知恵を振り絞って責任をギルドに擦り付けることにした。
騎士たちから報告を受けたハンフリーは顔を真っ赤にして激昂したが、騎士たちが宥めすかして冒険者たちと直接対決する状況は回避された。
代わりに、騎士の一部が魔法を使って灌木を切り飛ばし、道を切り開こうとしたのだが、夕暮れまでに作業が進んだのは二百メートル足らずの距離でしかなかった。
それも、灌木は取り除けたものの、大きな木はそのままなので、幹の間を縫うようにして進むしかない。
しかも、幅は馬二頭がギリギリ並んで歩ける程度で、その外側には灌木が繁ったままだ。
ゴブリンどもが隠れ潜んでいれば、不意打ちを食らう危険性は残されたままだ。
「どうやったら、あんな道が一日ででき上がるんだよ」
「噂では、強力な魔法を連発して、巨木も一緒に吹き飛ばしていたらしいぞ。しかも、そんな魔法を連発させても、まったく疲れた様子すら見せなかったらしい」
「猫人なのにか?」
「だから名誉子爵に任命されるんだろう」
「くそっ、俺もそのぐらい魔法の才能に恵まれていれば、王国騎士団にスカウトされてたのに……」
「世の中は不公平にできてんだよ」
侯爵家の騎士という一般人からみれば恵まれた待遇なのに、騎士たちはニャンゴの今の境遇を羨んだ。
今でこそ名誉子爵の地位に辿り着いたニャンゴが『巣立ちの儀』の当日には、騎士団にスカウトされるどころか、集まった民衆から笑われていたなど想像もできないだろう。
騎士たちは野営場所に戻ると、ハンフリーに道作りは順調だと報告した。
冒険者どもも先には進んでいないので、慌てる必要はないと付け加えることも忘れなかった。
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