第615話 探して、見つけて、狩る
シューレは、武術が盛んなエスカランテ領の出身だ。
イブーロの宿屋で初めて出会った時には、物音一つたてない身のこなしに驚かされたものだ。
詳しい話を聞いたことはないが、おそらく幼少期から武術の訓練を重ねてきたのだろう。
それは、指導をする時の見極めにも発揮されている。
ミリアムを指導する時には、決して大きな怪我に繋がるような訓練はやらせない。
しっかりと安全が確保されているのだが、手を抜いてクリアーできるような簡単な課題も与えられない。
第二砦の周辺でのゴブリン狩りでも、ミリアムはギリギリの戦いを課せられた。
槍を振るっての命懸けの戦いが済めば、魔石の取り出しをやらされ、体に付いた血を流したら次の獲物を求めて索敵し、発見したら戦闘開始……。
最初の頃は、半べそをかきながら戦っていたミリアムも、一日を終える頃には覚悟ガン決まりな表情でゴブリンを狩るマシーンと化していた。
この調子だと、いずれオークやオーガを一人で狩るようになりそうだ。
ただし、ミリアムの精神的なスタミナはさすがに限界だったようで、第二砦の野営場所に帰り着いたところで気絶するように眠り込んでしまった。
「シューレ、やり過ぎじゃないの?」
「お膳立てされたギリギリの戦いなんて、まだまだ甘い……ニャンゴは、一人で経験したんじゃないの?」
「ま、まぁ……けっこう無茶もしたかな」
「でしょ? それに比べれば、死にそうだけど、絶対に死なないんだから、まだまだ甘いわよ……」
チャリオットのみんなが見守ってくれているのだから、間違ってもミリアムが死ぬような怪我を負うことは無かっただろう。
100パーセントに近い安全な状況だけど、やってるミリアムにすれば限界ギリギリだから楽ではないと思うけどね。
まぁ、これほど優しく、これほど厳しく指導してくれる仲間なんて、そうそう見つからないだろう。
俺達がゴブリン狩りをしていた間に、第二砦には後続の冒険者や補給物資が届けられていた。
砦の壁も補強され、周囲には篝火を焚く台座も作られている。
ギルドの職員も増員され、夜間の警備も報酬が出るので希望制になって、俺達は見張りから解放された。
干し貝柱で出汁をとった雑炊の夕食を囲みながら、明日からの予定を話し合う。
「ニャンゴ、足の具合はどうだ?」
「もう大丈夫だよ、ライオス。問題なく動けるよ」
「そうか、じゃあ明日は第三砦に行ってみるか?」
「うーん……騎士団の連中が行ったきり戻って来てないよね?」
「そうだな、連中が勝手に先走って全滅するのは構わないが、冒険者と対立して、その揉め事に巻き込まれるのは面倒だな」
ケンテリアス騎士団の騎士たちは、今朝の昼前頃に第三砦を目指して、馬に乗って出発していった。
第三砦の建設地点までは、俺が障害物を吹き飛ばして道を作ったから、恐らく馬でも辿り着けたと思う。
ただし、第三砦からゴブリンの巣までは、人跡未踏の森なので、馬で辿り着けるかどうか分からない。
「さっさと砦を作れとか、野営する場所を用意しろとか、冒険者と揉めてそうだな」
「セルージョがいたら、揉め事の火に油を注いでそうだよね」
「馬鹿言うな、俺様は平和主義者だからな、降り掛かる火の粉は黒猫子爵で防ぐぜ」
「酷い、俺は盾じゃないぞ」
「良く言うぜ、王様から『不落』なんて二つ名をもらったのは、どこのどいつだよ」
「それは、攻撃に対する盾であって、揉め事に対する盾じゃないよ」
「なに言ってんだ、ニーデル村の野営地の時みたいに、貴族としての身分を持たない騎士なんて、ニャンゴに歯向かう訳ねぇよ」
確かに身分を明かしただけで、騎士達はあっさり引き下がった。
「ライオスは、揉め事に巻き込まれるのは面倒だと思っているみたいだが、そもそもニャンゴが出て行けば、揉め事なんか一瞬で収まるだろう」
「それじゃあ面白くないわよ」
俺の介入に反対したのはレイラだ。
「レイラは見物希望か? だったら第三砦に出向かないと駄目じゃねぇか?」
「まだ始まらないでしょ。一応、冒険者は騎士には気を遣うから、本格的に揉めるのは巣に向かって進み始めてからでしょ」
「騎士どもは、クィーンの魔石目当てか?」
「それ以外に、のこのこ出て来る理由なんて無いでしょ」
「だったら、明日にでも揉めるんじゃねぇの?」
「砦が出来てからじゃないの?」
「いや、騎士どもは砦の工事を手伝わずに先に行こうとするんじゃねぇか?」
「なるほど、砦の建設は冒険者に押し付けて、自分達はクイーンの魔石を狙う……ありそうね」
揉め事の気配を感じ取ったのか、レイラは瞳を輝かせている。
「それじゃあ、先に進むか?」
「私は反対。もう少しミリアムを鍛えたい……」
シューレも揉め事見物はしたいようだが、それよりもミリアムを鍛える方が優先のようだ。
「第三砦の周辺でも、訓練は出来るんじゃないか?」
「騎士と冒険者が揉めていたら、ゆっくり休めない……」
当のミリアムは、シューレに抱えられながら、目を半開きでグッスリ寝込んでいる。
時々、ビクっと体を震わせているのは、昼間の討伐を夢に見ているのかもしれない。
この調子なら、騎士と冒険者が揉めていても関係無い気もするけど、第三砦では夜間の見張りに駆り出されそうだ。
俺達も含めて良いコンディションで討伐をするなら、第二砦に留まる方が良いだろう。
「それに、砦の建設をせずに先に進もうとしても、あの騎士たちじゃ無理でしょ……」
道が出来ていて、砦が出来上がっていたから、騎士達はすんなり進んで来られたが、ゴブリンの勢力圏の道なき森は簡単には進めないはずだ。
「冒険者に道を作れとか言ってそう……」
「あぁ、有り得るな」
シューレの呟きに、全員が納得してしまった。
「結局のところ、騎士と冒険者が揉めるのは決定的で、あとは冒険者がどれだけ我慢できるかじゃないの?」
「まぁ、ニャンゴの言う通りだな。付け加えるなら、冒険者は最終的に稼げれば良いんだよ。途中で楽が出来る方が良いに決まってるけど、揉めることで稼ぎが無くなるなら引くし、引いたら稼ぎが無くなるなら揉める」
「セルージョは、どの時点だと思う?」
「そうだな……第三砦が出来上がって、本格的に巣を攻め始めてからじゃねぇか」
第三砦というベースが出来上がる前に、騎士達だけで巣まで行くのは難しい。
砦の建設に手は貸さなくても、自分達の身を守るためにゴブリンの討伐はやる。
「そうね、誰が一番最初に巣に入るのか……あたりじゃない?」
レイラの予想が、一番確率的に高そうだというのが共通認識となった。
そこでチャリオットとしては、あと数日ミリアムを鍛えて、第三砦が出来上がった時点で砦の確保要員として移動することになった。
「ミリアムにとっては良かったんだか、悪かったんだか」
「良いに決まってる……明日もビシビシやらせるわ……」
ゴブリンは珍しい魔物ではないが、今の状況みたいに次から次に群れが見つかるほど出没する訳ではない。
討伐を経験するという意味では、クィーンによる大量発生という状況は恵まれた環境ともいえる。
「たぶん、森の入口付近では駆け出しの冒険者たちが、稼ぎ時だと喜んでるだろうぜ」
「セルージョ達も若い頃には参加したの?」
「いいや、こんな大量発生は経験したこと無いからな。地元の森に入って、探して狩ってたな」
アツーカ村では、ゼオルさんの指導の下で、村のおっさん連中が巣穴の討伐を行っていたが、ギルドのある街の近くでは事情が違うそうだ。
駆け出しの冒険者が、森で食料を探しているゴブリンを狩り、巣穴は複数のパーティーが合同で討伐するそうだ。
今回も数こそ異例だが、ゴブリンが駆け出し冒険者にとっての獲物である事に違いはないようだ。
明日も、探して、見つけて、狩る……頑張れ、ミリアム。
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