第614話 特別訓練
ケンテリアス侯爵領では、騎士と冒険者はあまり仲が良くないようだ。
その一因が、騎士達の態度にあるのは明らかだ。
どこの領地でも、騎士になるのは『巣立ちの儀』で候補生に選ばれた者たちだ。
生まれて初めて使う魔法を上手に、強く発動させられた者がスカウトされるのだ。
ここまでは、どこの領地も同じなのだが、そこから先は違いがあるとセルージョが教えてくれた。
「違いって、何が違うの?」
「騎士団の教育の仕方が、領地によって異なるそうだぜ」
「例えば?」
「一番分かりやすいのは、特権意識だな」
特権意識、つまり自分達は選ばれし人間だという意識をどれだけ持つかで、周囲の人間への態度が大きく違ってくるそうだ。
「俺が見た限りでは、ケンテリアス領の騎士は他領と比べると特権意識がかなり強いな」
「言われてみれば、ニーデル村の野営地での騒動もラガート領やエスカランテ領では考えられないよね」
「だろう? ラガート家やエスカランテ家の騎士は、冒険者を見下すような態度はとらないからな」
「それって、もしかしてケンテリアス侯爵自身が貴族意識が高いってことなのかな?」
王城の晩餐会や舞踏会にも出席しているから、ケンテリアス侯爵とも挨拶を交わしているのかもしれないけど、とにかく挨拶した人数が多すぎて覚えきれていない。
覚えが無いのは、俺に対して友好的な態度ではなかったからかもしれない。
「その可能性は高いな。仮にラガート家の騎士があんな態度をとっていたら、子爵様が注意するだろう。本人に直接言わなくても、騎士団長や隊長には注意すると思うぞ」
「だよね。てことは、ゴブリンの巣の討伐が進まないのは、冒険者が能力的に劣っているせいだ……みたいに考えているのかな?」
「かもな。俺様たちが出向いていけば、簡単に討伐なんか終わらせられる……とか思ってるかもしれねぇぞ」
「だとしたら、あの騎士たちは全滅しちゃうんじゃない?」
「有り得ない話ではないな」
驚いたことに、ケンテリアス家の騎士達は、夕食の席で酒まで飲んでいた。
ちなみに、ニーデル村の野営地では酒を飲んでいる冒険者もいましたが、森に入った後は飲んでいる冒険者は一人も見かけていない。
攻撃魔法にしても、弓矢にしても、その他の攻撃方法にしても、酒に酔って手元が狂えば自分だけでなく周囲の者まで危険に晒すからだ。
そうした教育は、冒険者よりも騎士の方が厳しいと思うのだが……。
第二砦で一夜を過ごしたケンテリアス騎士団の面々は、夜が明けてもなかなか出発しないでいる。
第三砦に向かうのであれば、夜が明けて視界が確保されたら即出発するべきだと思うのだが、騎士達が出発したのは日が高く昇ってからだった。
「ようやく出ていきやがったか……」
「ホント、くっそ目触りな連中だよなぁ」
騎士達が第二砦を離れると、近くで野営していた冒険者たちは、口々にケンテリアス騎士団への不満を口にした。
ただ、横柄な態度の騎士達のおかげで、ギスギスしていたケンテリアス領の冒険者と大公領の冒険者の関係は良くなったように感じる。
敵の敵は味方……みたいな感じなのだろう。
騎士達が居なくなったおかげで、第二砦の状況は好転したように感じるが、第三砦の建設現場は大丈夫なんだろうか。
砦を囲む壁は全て作り終えていた第二砦でも冒険者から反感を買っていたのに、まだ建設途中の第三砦に行って、手伝う素振りすら見せなかったら確実に揉めるだろう。
冒険者と騎士が争っているところへ、ゴブリンどもが攻撃を仕掛けてきたら、大混乱に陥るような気がする。
俺達チャリオットは、ギルドからの依頼が無い限り、砦の確保に専念することになった。
ゴブリンの石斧を食らった俺の足は、ずっと冷やし続けていたおかげで腫れも引き、痛みも無くなりつつある。
午後からは、シューレの希望で第二砦の近くでゴブリン狩りをすることになった。
別にシューレ自身がゴブリンを狩りたい訳ではなくて、ミリアムに経験を積ませたいのだ。
ラガート子爵領にいた頃から、ミリアムはシューレに体術の手解きを受けていたが、実戦で使う機会が殆ど無い。
風属性の魔法使いとしては、少しずつ経験を積んでいるが、万が一の時に自分の身を自分で守れるようにしてやりたいのだろう。
チャリオット全員がミリアムのフォローをするのだから、贅沢な実戦訓練と言っても良いだろう。
見張りを行っている連中に、西の方角のゴブリンを掃討してくると伝えてから砦を出た。
こうしておかないと、砦に戻る時にゴブリンと間違われて攻撃されるかもしれないからだ。
砦を出たら、ミリアムが先頭に立って西を目指す。
風属性の探知魔法を使ってゴブリンの反応を探りながら、同時に目視による索敵も行う。
ゴブリンは珍しい魔物ではないが、それでも普通の地域であれば遭遇するまでに時間が掛かる。
だが、ゴブリンが大繁殖しているだけあって、二十分と経たないうちに群れを発見できた。
ただ、すぐ遭遇出来たのや良いとして、少々数が多すぎる。
通常、ゴブリンの群れは十頭前後の場合が多いが、この日遭遇した群れは三十頭に迫りそうだ。
「シューレ、一対一の状況を作る?」
「そうね……」
「真ん中辺りにいる一頭をシールドで囲ったから、他は討伐しちゃおう」
ミリアム用の一頭をシールドで囲い、その他はライオスの合図で一斉に掛かって討伐する。
他の二十数頭が戦闘態勢に入る中で、一頭だけ閉じ込められたゴブリンは仲間が次々に倒されていくのを見守るしかなかった。
「シューレ、放してもいい?」
「ちょ、ちょっと待って!」
「いいわよ」
槍を構えたミリアムが待ったを掛けたが、シューレは構わずゴーサインを出した。
討伐の現場では、ちょっと待ったは通用しないからだ。
周りを囲っていたシールドを解放すると、閉じ込められていたゴブリンは逃げ出そうとしたが、空属性魔法で作った壁に行く手を阻まれた。
「グギャッ! ギィィィィィ……」
二度、三度と見えない壁にぶつかって逃走を阻止されたゴブリンは、逃げられないと悟ったのか唸り声を上げてミリアムを威嚇し始めた。
対するミリアムは、槍を腰だめに構えて、何度も深呼吸をしている。
体格ではゴブリンの方が上回っているが、槍を含めたリーチはミリアムの方が長い。
ジリジリと距離を詰めながら、徐々にミリアムは穂先を下ろし始めた。
「グギィィィィ……ギギャァ!」
あと五メートルほどの距離まで近付くと、ゴブリンは這いつくばるような姿勢から一気に距離を詰めて来た。
ミリアムは、一瞬ビクっと体を震わせた後、地面スレスレまで下げていた穂先を一気に振り上げながら鋭く踏み込む。
相対速度そのままに、ミリアムの槍はゴブリンの鳩尾に深々と突き刺さった。
「パージ!」
ミリアムが鋭く叫ぶと、槍が腹に刺さっても前に進もうとしていたゴブリンの腹が膨らみ、穂先を押し戻すように鮮血が噴き出した。
返り血を避けるように、槍を引き抜きながらミリアムが大きく後ろに跳ぶと、ゴブリンは血が噴き出す腹を押さえながら、膝から崩れ落ちた。
「ゴフッ……ゴブゥ……」
ゴブリンは腹を押さえながら、血の塊を二度、三度と吐き出して横倒しになると、ビクンビクンと痙攣を始めた。
「ふぅぅぅ……」
「まだ気を抜かない! 死んでないわよ!」
大きく息を吐いて槍を下ろしかけたミリアムにシューレが声を荒げる。
「はいっ!」
「痙攣が途絶えたら、飛び掛かられても逃げられるように準備しながら、確実に死んでいるか確かめなさい」
「はいっ!」
戦い自体は一瞬で決したが、確実に死んでいると確かめるまでは更に十五分ほど掛かった。
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