第613話 揉め事の気配

 第三砦への道を切り開き、用地を確保した翌日は、第二砦で待機することにした。

 ケンテリアス領の冒険者に活躍の機会を与えるためと、俺の左足が万全でないからだ。


 冷却の魔法陣を使って冷やし、身体強化魔法で治癒力を上げておいたのだが、それでも夜には結構腫れてズキズキと痛んだ。


「ニャンゴ、治癒の魔法陣は無いのか?」

「セルージョ、有ったらとっくに使ってるよ」

「だろうな……」


 セルージョは空属性魔法で作ったクッションに寄り掛かり、すっかりリラックスモードだ。

 シューレやミリアムも、今日は完全オフにするようだ。


 第二砦には、俺達以外にも多くの冒険者が残っている。

 第三砦を築くのも重要だが、第二砦を確保しておくことも重要だ。


 砦の見張りの状況を確かめに行ったライオスも、リラックスした表情で戻って来た。



「今日は、ゴブリンどもも休みみたいだな」

「昨日、ニャンゴがまとめて始末したからじゃない?」


 ゴブリンを巣の前に追い込んで、まとめて爆殺した様子をレイラが語ると、ライオスは苦笑いを浮かべていた。


「ニャンゴに巣の攻撃をさせれば、あっさり片付くんじゃないのか?」

「巣の大きさというか奥行きがどれほどかにもよるけど、一応攻撃する方法は考えてあるよ」

「ほう、どうするつもりなんだ?」

「火の魔法陣とジェットの魔法陣を組み合わせて、巣の中に高温の空気を送り込んで焼き殺そうかと思ってる」


 ジェットの魔法陣だけでも相当な高温になるが、巣が奥深くまで続いているなら更に温度を上げた方が良いだろう。


「なるほどな……だが、それだけではゴブリンを全滅させられないと思うぞ」


 ゴブリンが巣を作っている洞窟は内部が入り組んでいて、途中には大きなホールのような場所もあるらしい。

 そうした場所では、天井に空気が抜ける穴もあるそうなので、高温の熱風を送り込んでも途中で威力が落ちてしまいそうだ。


「そっか、結局は巣の中に踏み込んで討伐する必要があるんだね?」

「まぁ、あんまりやりたくねぇけどな」

「何か理由があるの? セルージョ」

「くっせぇんだよ。鼻が曲がりそうにな」


 大量のゴブリンが住み着いていれば、当然のように生理現象が起こる。

 人間の冒険者なら穴を掘って埋めるといった配慮をするが、ゴブリンどもは巣穴のあちこちに構わず排便するらしい。


「もう、巣の討伐はケンテリアス領の冒険者に任せちゃおうよ」

「俺も、それで良いと思ってるが、どうすんだ? ライオス」

「まぁ、まだ巣に辿り着いてもいないんだ。もう少し様子を見てからでも良いだろう」

「私は外で見物してるわ。クィーンの魔石は見てみたいけど、取りに入るのは御免ね」


 レイラはセルージョの話を聞いて、早々に巣の討伐からは降りてしまった。

 俺も、ちょっとパスだなぁ……。


 ゴブリン・クィーンの魔石は、ゴブリンとは思えない程巨大で、魔力が満ち溢れているそうだ。


「でも、流石にワイバーンの魔石程は大きくないんでしょ?」

「いや、そうとも限らねぇぞ。魔石の大きさってのは、魔物の生命力に比例すると言われている。ゴブリンをボコボコと生み出すクィーンは、それだけ生命力に溢れているから、魔石も巨大になるらしい」

「そうなんだ……」


 セルージョの話だと、そのクィーンの魔石を独り占めするために、巣のなかでは冒険者同士の足の引っ張り合いさえ起こるらしい。


「なんか、益々巣の中には入りたくなくなっちゃったよ」

「ニャンゴは、偵察とか、道を作るとか、十分に稼いだから行かなくても良いんじゃない?」

「俺らもゴブリンの魔石でそこそこ稼いでるし、糞まみれになりに行く必要は無いだろう」


 レイラやセルージョの話を聞いて、ほぼほぼ巣には入らないと心に決めた。


「ライオス、旧王都から一緒に来た冒険者は先に進んでるの?」

「そうだな、みんな稼ごうと思って来ているから、殆どが最前線じゃないか」


 第二砦の防衛をしている冒険者の多くは、ケンテリアス領の中堅冒険者だそうだ。

 ギルドから指示されて砦の防衛を担当し、手当を貰っているそうだ。


「これまでにも、何組もの冒険者パーティーが行方知れずになっている。最前線で戦う自信はないが、そこそこ稼ぎたいって連中だな」


 駆け出しの冒険者は森の外で、中堅は砦の防衛、ベテランは最前線という感じなのだろう。

 第二砦でのんびりと過ごしていると、昼過ぎになってケンテリアス侯爵家の騎士団が姿を見せた。


 確か、ゴブリンの巣の討伐は冒険者が担当し、騎士団は村の防衛を担当すると聞いている。

 それなのに現れた三十騎ほどの騎士団を迎えて、ギルドの担当者も当惑しているようだ。


 騎士団を率いて来たのは、ニーデル村の野営地でレオロスと揉めていた犬人の隊長だ。

 村で会った時にも感じていたのだが、騎士にしては恰幅が良すぎじゃないかな。


「ハンフリー隊長、どうなさったのですか?」

「ゴブリンによる被害が長期化し、民衆の不安が増大している。早期に巣を討伐するように、我々にも助力をせよという侯爵閣下からの御命令だ!」


 森の中に入ってしまったので、外の様子が分からない。

 ニーデル村を始めとして近隣の村に被害が広がっているなら、ハンフリーの言う通り、さっさと討伐を完了させる必要がある。


「騎士団が前線にまで出て来たってことは、森の外への被害が増えてるのかな?」

「それはどうかしらねぇ……」


 ギルドの職員から進捗状況を聞いた後、野営の準備を始めた騎士団を見て、レイラは意味ありげな笑みを浮かべている。


「何か気になることでもあるの?」

「侯爵様から命令された割には、あんまり助力する気は見えなくない?」

「そう言われれば……そうかも」


 騎士達は野営の準備を終えると、砦の防衛に加わるでもなく、鎧を脱いで寛ぎ始めている。

 冒険者達を手伝う気など、まるで感じられない。


「何を考えてるんだ?」

「クィーンの魔石を横取りする気かもよ」

「えぇぇぇ……さすがにそこまではしないんじゃない?」

「ニャンゴ、ケンテリアス侯爵には会ったことある?」

「うーん……お城の晩餐会で一緒になってるかもしれないけど、覚えてないや」

「でも、貴族にも色んな人がいるんでしょ?」

「そうだね……って、侯爵がクィーンの魔石を横取りしろって命じたってこと?」

「分からないけど、欲の皮が突っ張っている貴族なら有り得るんじゃない? もしくは、あの隊長が独断で決めているのかもよ」


 レイラの話は飛躍しすぎだと思いかけたが、寛いでいる騎士を見ていたら、あるいは……と思ってしまった。

 俺達以外の冒険者から騎士に向けられる視線も刺々しくなっている。


「はぁ、どうしたもんかねぇ……」

「ニャンゴは動いちゃ駄目よ」

「まさか冒険者と騎士団が揉めるまで、手出しも口出しもするなってこと?」

「その通り!」

「はぁ、でも揉め事が起きるとは限らないよね」

「いいえ、騎士団がクィーンの魔石を狙っているなら間違いなく揉めるわよ」

「そんな事をやってる暇なんてないと思うけどなぁ……」

「まぁ、見てれば分かるわよ」


 揉め事に対するレイラの嗅覚は一級品だから、高確率で揉めそうだ。

 ケンテリアス領に来る前は、地元の冒険者たちと力を合わせてゴブリン・クィーンを討伐する……はずだったが、どんどん方向性がブレている気がする。


「今は名誉子爵様じゃなく、冒険者ニャンゴとして楽しんだ方が良くない?」

「それも程度によりけりじゃない?」

「でもニャンゴが割って入れば収まるんだから大丈夫でしょう」

「まぁね……」


 血の気の多いチャリオットの女性陣のために、ここは黙っておきますかね。

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