第612話 停滞
ゴブリンの巣の入口から距離を取り、冷却の魔法陣で石斧を食らった左足を冷やす。
ズキンズキンと痛みが走り、もしかするとヒビが入っているかもしれない。
とりあえず、痛みはあるけど足は動かせるので骨折まではしていないと思う。
魔法陣で冷やしながら、身体強化の魔法も使って自己治癒能力を上げておこう。
「あいつ、普通のゴブリンじゃないよね?」
「そうね、上位個体とか、特異個体って呼ばれている奴ね」
俺に石斧を投げつけたと思われるゴブリンは、周りにいる連中よりも体が大きいし、筋肉も異常に発達しているように見える。
「ゴブリン・キングとか、ゴブリン・エンペラーとか? どう違うの?」
「明確な決まりとかは無いわよ」
「そうなの?」
「そうそう、ゴブリンのクセに、やたらと強くて討伐に手こずったり失敗した個体を指して、キングだった……とか、エンペラーだ……とか、見栄を張った冒険者の話に色々尾鰭が付いて、そんな風に呼ばれているだけよ」
「そうなんだ、それはそれで、ちょっと味気ないね」
巣の入口付近に集まっているゴブリンどもは、俺達が恐れをなして逃げ出したと思ったのか、挑発するような奇声を上げている。
その中心にいるのが、石斧を投げたゴブリンだ。
「ニャンゴ、舐められてるんじゃない?」
「うん、ムカつくよね」
特異個体と思われるゴブリンを照準の中心に据えて、砲撃を一発お見舞いしてやった。
ドンッ……という発射音の直後、特異個体のゴブリンは周囲の数頭と一緒に爆散して肉片と化す。
それまで勝ち誇ったように奇声を上げていたゴブリンどもが、腰を抜かして声もなく座り込む姿を見て溜飲が下がった。
「やっぱり巣を攻撃しないと話にならないよなぁ……帰ったらギルドの職員に相談しよう」
「内部の探知はしないの?」
「うーん……足が痛くて集中できそうもないや」
内部の様子を探るには、探知ビットを使う必要があるので、集中力が求められる。
やって出来ないことも無いけど、足の痛みが気になって精度が落ちそうな気がする。
「じゃあ、数を減らして帰る?」
「そうだけど……数も多いし、散らばってるし……」
「だったら、一箇所に追い込めば良いんじゃない? ニャンゴ、魚を追い込んで捕まえるとかお手のものでしょ?」
「そっか……だったら、入口を塞いでおいて巣の前に追い込むか」
「良いんじゃない」
巣の出入り口をシールドで封鎖した後、巣から離れた場所に空から砲撃を撃ち込み、ゴブリンを巣の前へと追い込んでいく。
時折、反撃の矢が飛んで来たが、シールドは強化済みだから全く当たる気がしない。
「うわっ、灌木の陰からもウジャウジャ出てきた」
「ホント、凄い数ね」
更に砲撃の輪を狭めていくと、巣の前にはゴブリンが密集して押し合いへし合いのすし詰め状態になった。
「ちょっと高度を上げるね」
「また燃やすのね」
「いや、今日は特大の粉砕を食らわしてやる」
密集したゴブリン達の直上に、上側を強固なシールドで塞いで爆破の圧力を下方向へ限定した特大サイズの粉砕の魔法陣を発動させた。
ズドーンという爆発音と共に、ゴブリンの肉片と地面の土が混じり合った赤黒い物体が更にゴブリンを巻き込みながら広がっていく。
土埃が風で吹き流されていくと、ゴブリンの巣の前には大きなクレーターが出来上がっていて、すし詰め状態だったゴブリンの姿は消えてしまっていた。
森の木も爆心地を中心として放射状に薙ぎ倒され、まるで隕石でも落下したような光景が広がっている。
「ニャンゴ、やり過ぎじゃない?」
「いやぁ、こんな威力になるとは思ってなかったんだけどなぁ……」
爆破の威力が空に抜けていかず、横方向へと限定されたため、凄まじい爆風が吹き荒れたようだ。
「あっ、しまった! 先に撮影しておけば良かった」
ゴブリンがすし詰め密集している画像や動画を撮影しておけば、巣への直接攻撃があっさり許可されたかもしれないのに、頭から撮影のことが抜け落ちてしまっていた。
「今日のニャンゴは、冴えてないわね」
「うにゅう……返す言葉もないよ」
「まぁ、ここまで辿り着けるのはニャンゴだけだし、巣の討伐を急いだ方が良いのも事実でしょ。それを提案すれば良いんだし、それでも攻撃が認められないなら従うしかないんじゃない?」
つまりは、なるようにしかならないってことだけど、実際その通りなんだろう。
第二砦へ戻りギルドの職員に、第三砦の用地とそこへ至る道を切り開いたことを報告した。
「巣の近くにいるゴブリンの数も増えていましたし、特異個体と思われるゴブリンもいました。早期に巣の討伐を行わないと、中にどれほどのゴブリンが控えているのか分かりませんし、また森から溢れ出るような事態になりかねないと思います」
「それほどですか……」
「今日も巣の近くにいたゴブリンを討伐してきたので、外に向かう圧力は少し下がったと思います。ただ、その効果がいつまで続くか分かりません」
「そうですか……とりあえず、ギルドの方に確認してみますので、もう少しお待ちいただけませんか?」
「かまいませんけど、待っているだけでは事態は好転しないと思いますよ」
「そうでしょうけど……すみません、もう少しだけお待ち下さい」
ゴブリンの巣を攻撃する決定を下せる権限が無いのか、それとも権限はあるけど決断できないのか分からないが、ギルドの職員の態度は煮え切らないものだった。
それでもギルドの方針に背いて、勝手に攻撃を加えると後々面倒そうだし、今は待つしかなさそうだ。
足が痛むので、空属性魔法で作ったクッションに座って、浮いたまま移動して野営場所へと戻ると、ニヤニヤと笑みを浮かべたセルージョが待ち構えていた。
「ゴブリンに一発食らったんだって?」
「うん、油断しすぎた」
「まったくだ。どんな時でも守りは厳重にしとけよ、何が起こるか分からないからな」
そう言うと、セルージョは表情を引き締めて周囲に視線を走らせた。
「何かあったの?」
「いや、まだ無い」
「まだ?」
「嫌な火種が燻ってる感じだな」
そこから声のトーンを落としたセルージョの話によれば、ゴブリンの討伐が上手くいっていないせいで、チャリオットへ反感を持つ者が出始めたらしい。
「まぁ、空を飛んで偵察やら攻撃を自由に出来る者へのやっかみだ」
「でも、俺のおかげで相当恩恵を受けてると思うよ」
「まぁな、だが成果を上げられてない連中から見れば、そんな突飛な能力を持っている奴が羨ましくて仕方ないんだろう」
「はぁ……俺だって最初から恵まれてた訳じゃないんだけどなぁ……」
「他人をやっかむような連中は、他人の苦労なんか見ようとしねぇからな」
セルージョに巣への攻撃の話をしてみたが、あまり思わしくない答えが返ってきた。
「俺も巣への攻撃をすべきだと思うが、あんまりニャンゴが強硬な姿勢を見せると、余計な反発を食らうかもしれないな」
「えぇぇ……そんな事を言ってる場合じゃないと思うけど」
「俺もそう思う、そう思うが、偏屈な連中は状況とか関係なしに、ただ反発したいだけで反対しやがるからな」
「そんなの……どうすれば良いの?」
「怪我しない、死なないポジションで、状況を見守るしかないだろうな。あんまりガタガタぬかすなら、森の外まで撤収しちまえば良いのさ」
「それで最前線の死傷者が増えたら、その責任をなすり付けられたりしない?」
「そこまで言ってきたら、完全に撤収するだけだな。まぁ、そこまで馬鹿揃いではないと思うけどな」
俺のチート能力に加えて、チャリオットが旧王都ギルド所属という事もやっかみの原因になっているらしい。
ぶっちゃけ、本当に面倒臭い。
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