第611話 油断

 数の違いが本当に厄介だ。

 ゴブリンの巣に向かって進軍するための道を切り開いていたが、大挙して現れたゴブリン・アーチャーによって撤退を余儀なくされてしまった。


 個人の腕前ならば、セルージョに太刀打ちできる奴なんて居ないのだろうが、相手に矢が届けば良い程度の腕前でも、まとまって矢を飛ばしてくると脅威になる。

 なにしろ、自分達がやられる事を考慮せず、ドンドン前に出て射掛けてくるのだ。


 そんな矢でも当たれば傷を負うし、傷を負えば感染症のリスクが高まる。

 身を守りながら戦うには、本当に厄介な敵だ。


 第二砦に撤退してきた冒険者の中には、矢傷を負っている者もいた。

 不幸中の幸いだったのは、ゴブリン達が使っている矢じりには返しが付いていなかったので、刺さっても容易に引き抜けたようだ。


 とは言っても、異物が体に刺されば痛いし、当然動きは悪くなる。

 ただでさえ数的不利な状況なのに、更に戦闘力を削られるのは苦しい。


 第二砦に戻った冒険者達は今後の作戦を話し合ったが、なかなか前向きな意見が出てこなかった。

 何をするにしても数の違いがネックになってしまうのだ。


「あのぉ……第三の砦を築く方針に変わりはないんですよね?」

「はい、砦がないと巣を攻撃する足掛かりが無くなってしまいます」


 俺の質問に、ギルドの職員が計画に変更は無いと答えた。


「じゃあ、第三の砦を築く用地の確保と、そこまでの道は俺が切り開きますよ」

「本当ですか? ありがとうございます、エルメール卿」

「俺が道を作りますから、皆さんは効率良く砦を築く方法を考えて下さい」


 道を作る作業だけなら、空に浮かんだ状態でも可能だ。

 空に浮いていれば、ゴブリンに囲まれる心配も無い。


 なんだか、殆ど俺がやってる気がするが、ゴブリンの群れを放置する訳にもいかない。

 俺が道を作っている間、他の冒険者たちは第二砦の周辺でゴブリンの討伐を行う予定だ。


 後続の冒険者も到着しているので、戦力は確実に増強されている。

 問題は、ゴブリンどもが増える速さを上回れるかだろう。


「ニャンゴ、明日の作業は私も一緒に行ってあげるわ」


 チャリオットの野営場所に戻ると、レイラが明日の作業に同行すると言い出した。


「あんまり出番が無くて退屈?」

「そうね、それにニャンゴが火事を起こさないように手伝わないとね」

「明日は、そんなに火の魔法陣は使わない予定だけど、コロニーをみつけたら手伝ってもらうかも」


 砦で一夜を過ごした後、俺とレイラは繭型に作ったボードに乗って、昨日作業を中断した場所へと向かった。

 ミリアムと一緒の時には横並びで座る形だったが、今日はレイラに抱えられている。


 途中で見かけたゴブリンには、銃撃を加えて残らず倒していく。

 今は地道にコツコツとゴブリンを狩って行くしかない。


「ねぇ、ニャンゴ、今日は砲撃も混ぜてみたら?」

「別に良いけど、砲撃だけだと道にならないと思うよ」

「それでも、ゴブリン達への挑発にはなるんじゃない?」

「なるほど、こっちに集まって来るなら、まとめて処分してやる」


 高度を上げて、ゴブリンの巣の方向を確認して、そちらに向けて全力の砲撃を撃ち込んでやった。

 ドンっと腹に響く発射音を残して、火球が森を突き抜けていくが、森の木々に阻まれて思ったほど遠くまで届かなかったようだ。


 それでも、森の奥からは混乱しているようなゴブリンの叫び声が聞こえてきた。


「もう二、三発お見舞いしてやれば?」

「いいね、そうしよう」


 先程と同じ場所から、三連発で砲撃を撃ち込んでやった。

 再びゴブリンの悲鳴が聞こえてくる。


 ゴブリンにしてみれば、寝起きに砲撃をくらったような感じだから、混乱するのも当然だろうが同情する気はない。

 砲撃を撃ち込んだ後は、粉砕の魔法陣を使って森を吹き飛ばしていく。


 暫く作業を続けていると、手製の弓と矢筒を抱えたゴブリン・アーチャーが姿を見せたが、肝心の攻撃目標を見つけられるウロウロしている。


「ねぇニャンゴ、あいつらの後から攻撃できない?」

「えっ、後から?」

「そう、後から攻撃されれば、敵はそっちに居ると勘違いして仲間を攻撃するんじゃない?」

「なるほど、やってみよう」


 魔銃の魔法陣を背後に展開して発動させると、突然の後からの攻撃にゴブリン・アーチャーは混乱して攻撃が飛んできた方向に向かって矢を放ち始めた。

 そちらの方向には仲間のゴブリンがいたらしく、悲鳴があがった。


「おっ、成功したかな?」

「ゴブリン・アーチャーが気付くまえに、反撃を装った銃撃を加えて」

「了解!」


 更に銃撃を加えると、仲間の悲鳴が聞こえてくるのにも構わず、次々に矢を放ち続けた。

 矢を撃たれたゴブリンは、石を拾って投げる。

 石をぶつけられたゴブリン・アーチャーは更に矢を放ち、仲間割れの混乱が広がっていく。


「あいつら、仲間意識とか無いのかな」

「ゴブリンにはゴブリンの事情があるのかもよ」

「もしかして、急激に増えすぎて仲間意識が希薄なのかな?」

「案外、そうかもしれないわね」


 ゴブリン・アーチャーと普通のゴブリンは、最後は取っ組み合いの喧嘩まで始めた。

 しかも、殺した仲間を共食いまでし始めた。


「食料も足りてなさそうね」

「早く巣を叩かないと、また村が襲われそうだね」

「コロニーがあったら攻撃しましょ」

「うん、そうしよう」


 急ピッチで作業を進めながら、見つけたコロニーは残さず潰していく。


「ねぇ、コロニー多すぎじゃない? 巣の偵察の帰りにも潰したのよね?」

「言われてみれば、確かに多いかも……」


 コロニーの中には、一度燃やした場所に再度コロニーが作られている場所もあった。


「ねぇ、もう直接巣に攻撃した方が良くない?」

「それで巣のゴブリンを全滅させられるなら良いけど、巣から一度にゴブリンが溢れたらヤバくない?」

「そうだけど、放置すれば溢れるのは確実でしょ?」

「うん、でも人質がいるかもしれないから、直接攻撃は止められてるんだよね。とりあえず、第三砦の用地を確保しちゃおう。それが終わったら、様子を見に行こう」


 実際問題として、行方不明になった冒険者が生きている可能性は殆ど無いだろう。

 可能性が残っているのは、女性冒険者が苗床として利用されているケースぐらいで、その場合は助け出せたとしても精神的に壊れてしまっている確率が高い。


 砲撃と粉砕を繰り返して道を作り、第三砦を築く距離まで進んだら、建設予定地を中心として森を吹き飛ばす。

 直径五百メートル程の範囲の木を吹き飛ばし、土の広場を作った。


 後は、土属性の魔法が使える冒険者達が、壁を築き、砦を形作っていくことになる。


「こんなに広い砦を作るの?」

「いや、砦のすぐ近くが森だと守りにくいから、広めに作ってくれって言われたんだ」

「なるほど、ゴブリン・アーチャーもいたし、他にも何か用意してそうだもんね」


 冒険者側は一杯一杯な状況なのに、ゴブリンどもは巣の中で何か準備していそうな気がする。

 それが表に出て来たら、ますます状況は不利になりそうだ。


 少しでも情報を手に入れて、少しでも数を減らそうとゴブリンの巣へ向かうと、ミリアムと一緒に来た時よりも外にいる数が増えているように見えた。


「この前、かなり減らしたんだけどなぁ……」

「巣の中の様子も探知してみる?」

「そうだね……」


 少し高度を下げて、一番ゴブリンが群れている洞窟の入り口に近付いた時だった。

 洞窟から出てきた大柄なゴブリンが、鋭く腕を振るのが見えた。


「えっ……ふぎゃぁ!」


 どうせゴブリンには気付かれないだろう、飛んできてもヘナチョコな矢ぐらいだろう……なんて油断があったのは確かだった。

 繭型に作っていたシールドが割れて、左の太腿に鈍い痛みが走った。


 同時に体が浮遊感に包まれて落下し始める。


「ラバーシールド、シールド!」


 柔らかく作ったラバーシールドで自分とレイラの体を受け止め、すぐさま強固なシールドを張り直した。


「痛たた……」

「ニャンゴ、大丈夫なの?」

「油断した……刃物じゃなかったみたいで助かった」


 どうやら、ゴブリンが投げ付けて来たのは石斧のような物だったらしく、足は打撲で済んでいるが、かなり痛い。

 ゴブリン達は、投石や弓矢、そして魔法まで使って俺達を撃ち落とそうとしてくるが、強固に張り直したシールドまで壊すほどの威力は無いようだ。


 一旦、洞窟の入口から距離を取っても、ゴブリンどもは奇声を上げて威嚇し続けていた。

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