第609話 数の暴力

 森の中の砦は、歩いて半日の距離ごとに設けられるそうだ。

 その距離ならば、後方から物資を運び入れる者が、朝に出立して昼に到着、夕方には帰って来られるからだ。


 現在、森の入り口から半日の距離の砦は完成、更に半日進んだ第二の砦が建設中だ。

 土属性の魔法が使える者だけでなく、身体強化魔法を使える者は、切り倒した木を柱として立てたり、周囲の灌木を薙ぎ払ったりしている。


 まだ土壁は半分程度しか完成していないが、残りの半分も柵は出来上がっているので、ゴブリンどもが押し掛けて来ても、簡単には入り込めないだろう。

 第二の砦の建設が進む一方で、第三の砦用の場所の確保も進められているそうだ。


 ゴブリンどもの巣に向かって戦力を投入できるように灌木を切り飛ばし、後続の冒険者のために道を切り開く。

 チャリオットが第二の砦に到着したのは夕方だったので、場所を確保して野営の準備を始めた。


 夕食は、干し魚を使ったラーシ味のスープと携帯食で簡単に済ませ、明日に備えて早めに眠ることにした。

 眠っている間、砦の壁の外側三十メートル程度、高さ六メートルほどの場所に、空属性魔法で作った明かりの魔導具を並べた。


 探知魔法を使える者が交代で見張りを務める予定だが、それとは別に目で見て監視が出来た方が良いに決まっている。


「どうなってんだ、こりゃ」

「その明かりは一晩持つはずなんで、見張りに活用して」

「こいつはありがてぇ、これならゴブリンどもが襲って来ても狙い撃ちにしてやれるぜ」


 攻撃の精度が上がれば、無駄打ちが減らせて、討伐の効率も良くなるはずだ。

 明かりの魔道具の説明を終えて野営場所へ戻ると、レイラに捕まって抱え込まれてしまった。


「んー……ニャンゴ、あったかい」

「そう言えば、少し冷えてきたね」


 雨季の前の今頃は、昼間は汗ばむ陽気になったかと思えば、日が沈むとぐっと気温が下がる。

 抱き枕にされるには、丁度良い季節でもある。


「明日は、いよいよ最前線ね。暴れるわよ」

「うわぁ、ゴブリンに同情しちゃいそうだよ」

「何言ってるのよ、ニャンゴだってゴブリンどもの頭の上に、巨大な火の玉を降らせて焼き殺したんでしょ?」

「それは、あんまり時間が無かったから……」

「あら、ゴブリンの巣の討伐も急がなきゃいけないんだから、私達は進んで暴れなきゃいけないんじゃない?」

「まぁ、そう言われればそうかなぁ……」

「細かいことは気にしないで、早く寝ましょう」


 ギュッと抱きしめられると、俺の後頭部はレイラの胸の谷間に埋もれる。

 心地良いけど、ちょっと刺激が強すぎるんだよにゃぁ……なんて思いながらウトウトしはじめたら、見張りを務めていた冒険者が大声を上げた。


「おいでなさったぞ! 野郎ども、起きろ!」


 眠っていた冒険者たちも、起きたらすぐ戦える服装で仮眠していただけで、すぐさま手分けして迎撃態勢に入る。


「壁が出来ていない所が手薄だ! 誰か応援に入ってくれ!」

「この明かりは助かるな、夜中だっていうのに狙い放題だ!」

「来たぞ、外さない距離まで来たら、どんどん倒してくれ!」


 この砦まで出向いて来る冒険者は、それなりの経験と腕の持ち主だ。

 欲をかいたり、足並みを乱せば自分の命も危うくなると分かっている連中なので、初対面の者が隣り合ったとしても巧みに連携してゴブリンを倒していく。


「アーチャーだ、流れ矢に気をつけろ!」

「こっちにはメイジが居るぞ、そいつらを集中的に狙え!」


 第二の砦に来るまでに遭遇したのは、普通のゴブリンばかりだったが、どうやら特殊な個体も混じっているようだ。


「グルギャァァギャァァギャァァァ……」


 冒険者たちの迎撃によって、砦に近付くことすら出来ないゴブリンどもは、森から聞こえてきた奇妙な鳴き声を耳にすると、潮が引くように森の中へと姿を消した。


「よーし、追い払ったぞ!」

「怪我をした者は、今のうちに治療しておけよ」

「まだ襲撃があるかもしれない、休める者は今のうちに休んでくれ」


 チャリオットの面々も、野営場所に戻って空属性魔法で作ったクッションに横になる。


「ふわぁぁぁ……もう朝まで起こすなよ……」


 誰にともなく言うと、セルージョはすぐに鼾をかき始めた。

 一日中、森の中を歩き回り、ゴブリンとの戦闘もあり、やっと眠ったかと思ったら叩き起こされて戦闘では、さすがのセルージョも疲れが溜まっているようだ。


 俺はレイラに抱えられ、ミリアムはシューレに抱えられ、夢の世界へと旅立とうとしたのだが、またしても見張りの冒険者が叫んだ。


「来たぞ! 北から百以上!」

「西からも来てる!」

「南にも周り込んでるぞ」

「早く起きろ! モタモタしてるとゴブリンどもに食われるぞ!」


 チャリオットも起きて戦闘態勢に移行したが、セルージョとミリアムは眠そうだ。

 他の冒険者たちも、先程の戦闘と比較すると動きが鈍いように見える。


「東側が手薄だ! 応援頼む!」

「北から一団が突っ込んでくるぞ!」

「南側、取り付かれたぁ!」


 冒険者の動きが鈍いのか、それともゴブリンの動きが良いのか分からないが、ゴブリンどもを押し返すまでに、先程の倍ぐらい時間が掛かった。

 ゴブリンどもは撤退していったが、砦の中の空気が重い。


「ライオス、こいつはヤバいぜ」

「だな、こんな状況が続けば体力的に参っちまうな」


 森の中の孤立した砦、中にいる人員には限りがあり、ゴブリンが大挙して押し寄せてくれば全員で戦うしかない。

 おそらく、そうした状況をゴブリンどもは把握していて、味方の犠牲を全く考慮せずに突っ込んで来る。


「夜明けまで、あとどのくらいだ?」

「あと何回襲撃してくるつもりなんだ?」


 周りで野営している冒険者からも、不安そうな言葉が聞こえてくる。

 冒険者の体力が尽きて、砦の中にまでゴブリンが雪崩れ込んで来たら、一気に戦線は崩壊するだろう。


「セルージョ、風はどっちから吹いてる?」

「ん? 今夜は西風だな。少し舞ってはいるが、概ね西からの風だ」

「分かった。ライオス、次の襲撃があったら、ちょっと大きな魔法を撃ち込んでやろうと思うんだけど、大丈夫かな?」

「砦から離れた場所なら大丈夫だろう。夜間、砦の外には冒険者は居ないはずだ」

「了解、心置きなく魔法をぶっ放してやる」

「よし、巻き込まれる奴が出ないように、他の連中にも知らせておこう」


 俺が威力の大きい魔法を使うと知らせて回ると、話を聞いた冒険者は賛同してくれた。

 みんな、このままではジリ貧だと思っていたそうだ。


 そして、みんなが不安視していた通り、ゴブリンどもは三度目の襲撃を仕掛けてきた。


「セルージョ、風向きは?」

「南西だ。ニャンゴ、やっちまえ!」

「任せて、派手にやるよ」

「ちょっと、こっちまで燃やさないように気をつけなさいよね」

「心配性だなぁ、ミリアムは、そんなヘマする訳……いや、気をつけるよ」

「ちょっと! ホントに気をつけてよね!」


 実際に、威力を目にしているミリアムは不安なのだろうが、大群を一度に始末するには良い魔法だと思う。

 まぁ、延焼したら頑張って消そう。


「魔銃の魔法陣、特大サイズ!」


 まずは、砦から見てゴブリンの巣がある北の方角へ、特大サイズの魔銃の魔法陣を発動させた。

 上空十五メートルほどの所に直径十メートルほどの火球が出現し、周囲に熱気を撒き散らしながら落下して一気に燃え広がる。


 砦の方角へ燃え広がってくる炎の壁をシールドで遮断すると、横方向へと燃え広がっていった。

 更に、砦の北西側と北東側にも特大サイズの火球を落下させた。


 砦の北側が一面火の海と化し、立ち昇る炎が渦を巻き始めた。


「にゃっ! マズい、マズい、火災旋風が起きちゃう!」


 慌てて水の魔法陣を発動させて消火を始めたが、火の勢いが強すぎる。


「かくなる上は……シールド!」


 燃え盛っている所をシールドのドームで覆うと、酸素が失われて火は勢いを失った。

 火が下火になった所に水の魔法陣で放水して、再び燃え上がるのを防いでいく。


 どうにか火を消し止めた時には、ヘトヘトになってしまった。


「あぁ疲れた……調子に乗って燃やしすぎた」

「馬鹿ねぇ、あたしを連れていかないからよ」

「えっ? って、そうだよ、レイラは水属性の魔法が使えるんじゃん」


 レイラに消火を手伝ってもらえば、もう少し楽ができたのに……。

 それでも相当数のゴブリンを討伐できたようで、その後は襲撃も無く、朝まで眠ることが出来た。

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