第608話 反撃(後編)

 当てにならないと思われたケンテリアス侯爵家の騎士団だが、夜間の警備には役に立った。

 といっても、昨晩のようなゴブリンの襲撃は無かったので、ただ警備をしていただけだ。


「ニャンゴが手当たり次第にコロニーを潰してきたからだろう」


 ゴブリンの襲撃が無かった理由は、おそらくセルージョが言った通りなのだろう。

 巣から森にゴブリンが溢れてコロニーを作り、更に増えると森から溢れる。


 コロニーを潰したから、森から溢れてくる程のゴブリンがいなくなったのだろう。

 チャリオットの面々は、夜間の警備を騎士団に任せて眠っていたので、英気を十分に養えた。


 ニーデル村の警備は騎士団が担当するそうなので、冒険者たちは揃ってゴブリンの討伐へと向かうようだ。


「でもさ、セルージョ、騎士団が討伐を行った方が統制が取れて楽なんじゃないの?」

「それだと冒険者が稼げないだろう。まぁ、魔石の取り出しに夢中になって、侵攻が遅れるのは確かだがな」


 俺の場合、ゴブリンの巣の偵察についてギルドから報酬が出るので、コロニーを潰した時のゴブリンからは魔石を取り出さずに放置してきた。

 だが、一般の冒険者の場合には、いくばくかの参加報酬は出るようだが、それだけでは儲けが薄く、金になる魔石を放置する訳にいかない。


「魔石ばかりに気を取られていれば、隠れていたゴブリンの奇襲を受ける場合もあるし、魔石の取り出しに手間取っているうちに囲まれる……なんてケースもあるらしいぞ」

「うちはどうするの?」

「勿論、魔石は取り出すぞ。冒険者は冒険者らしくねぇとな」


 チャリオットも冒険者パーティーの一つとして討伐に加わり、倒したゴブリンの魔石を確保しながら巣に向かって進む。

 ただ、既に複数のパーティーが侵攻を開始しているので、大きく出遅れているのはたしかだ。


 それでも、遅れたからといって森の中が安全とは限らない。

 俺が複数のコロニーを潰してきたが、いまだに森の中はゴブリンの勢力圏と考えた方が良い。


 ギルドが物資を輸送する馬車に乗せてもらい森の入り口に着いたが、既に最前線はかなり進んでいるようだ。

 昨日、巣の探索の帰りに見かけた森の中の砦に物資を運ぶポーター達を護衛しながら進むことになった。


「ニャンゴ、ミリアムと一緒に上から索敵をしてくれ」

「ゴブリンを見つけたらどうするの?」

「状況次第だな、数が多ければ殲滅、一匹二匹なら泳がせてもいいぞ」

「分かった、見つけ次第報告する」


 俺とミリアムは三メートルぐらいの高さに作ったボードの上に乗って、物資運搬の隊列を上から見守る。

 空飛ぶ猫人を見慣れていないケンテリアス領の人々が、物珍しそうに下から眺めてくる。


 森の中には冒険者が踏み固めた道が出来上がっていて、隊列はそれを辿って進んでいく。

 昨日、俺がレオロスに報告した巣の情報は、既に前線に伝えられているらしい。


 先頭は森のどの辺りまで進んでいるのか気になるが、隊列から離れて見に行く訳にはいかない。

 ちょっとジリジリしながら、隊列の左側の森を監視していると、右側を担当しているミリアムが声を上げた。


「いた! 右手前方、七、八、九……十頭以上、近付いて来る!」

「よし、迎撃するぞ! ポーターは荷物を中にして円陣を組め!」


 ライオスが指示を出した直後、左側にも反応が現れた。


「ライオス、左からも来る。二十頭近い!」

「ニャンゴ、ミリアム、そっちの足止めを頼む。倒しても良いぞ」

「了解! いくよ、ミリアム」


 隊列の上を離れて、左手から近付いてくるゴブリンの一団へ向かう。


「先にシールドで囲い込んで、その後で上から狙い撃ちにしよう」

「分かったわ」


 進行方向の前方を半円形にシールドで囲い、ゴブリンが全部入った所で後方も囲んで閉じ込めた。


「いいよ、やっちゃえ」

「風よ、切り裂け!」


 昨夜の襲撃やコロニーの殲滅で経験を重ねてきたことで、またミリアムの魔法は精度が上がっているように見える。

 確実に急所である首筋を捉えて、深々と切り裂いて致命傷を負わせている。


 俺も半分ぐらい倒したが、二人で二十頭近いゴブリンを倒すのに、五分も掛からなかった。


「ライオス、こっちは終わったよ」

「もう終わったのか、こっちはこれからだぞ」

「じゃあ、魔石の取り出しをしてから戻るよ」

「そうしてくれ」

「ミリアム、ここで索敵していて、魔石の取り出しをしてくるから」

「分かったわ」


 空属性魔法の空気の層で体を覆い、ゴブリンの血が付かないようにして魔石の取り出し作業を進める。

 汚れる心配が無いから、ザクザク切り裂いて、ズボっと手を突っ込んで魔石を取り出す。


 取り出した魔石は空属性魔法で作ったザルに入れ、最後に水の魔道具で綺麗に血を流した。


「終わったよ、戻ろうか」

「ホント、呆れるぐらい手際が良いわね」

「ふふーん、魔法が使えるようになってからは、猟師みたいなこともやってたからね」


 アツーカ村にいた頃には、魚やモリネズミを散々捌いてきたし、魔力が増えてからは鹿や猪なども獲っていた。

 ナイフも魔法で作っているから、血脂で切れ味が悪くなる前に何度でも作り直せる。


 魔石を袋に詰めて隊列へと戻ると、こちらでも討伐は終わっていた。


「ライオス、ゴブリンの死骸はどうする?」

「今回は放置だ。とにかく進んで、巣を潰すのが先決だ」

「了解、魔石の取り出し手伝うよ」

「おう、助かる」


 この後、森の中の砦に到着するまでに、もう一度ゴブリンの襲撃があったが、あっさり倒して魔石を取り出した。


「こんなに簡単に倒せるなら、調査に入ったパーティーは何してたんだろう?」

「ここは、まだ森の浅い場所だからな、奥に行くと状況が変わるんだろう」


 森の中の砦に到着した後、冒険者の行動は二つのパターンに分かれるそうだ。

 一つは、ゴブリンの巣の殲滅に向かう者、もう一つは、砦の周りでゴブリンを狩る者だ。


 クィーンが発生しているらしいゴブリンの巣には、普通のゴブリンだけでなく魔法を使うゴブリンメイジや、弓矢を扱うゴブリンアーチャー、戦闘能力が高いゴブリンウォリアーなどがいるらしい。

 そうしたゴブリンも、腕の立つ冒険者ならば対処出来るが、駆け出しの冒険者にとっては荷が重い。


 そこで、腕に自信の無い者は、森の浅い所でゴブリンを狩るようにギルドから御達しが出ているのだ。

 当然ながら、チャリオットは更に先へと進む。


 この先にも、別の砦が築かれているらしい。

 冒険者も寝ずに戦い続けられる訳ではないので、休養できる拠点を設けながら、巣のある森の奥へと進んでいくのだ。


 巣から溢れ、森から溢れたゴブリンどもを倒し、押し戻す。

 地味ではあるが着実に、人間側の反撃は進められている。


「さて、ここから先は俺達だけだ。焦らず、着実に前に追い付くぞ」


 ライオスの号令と共に、物資輸送の護衛を終えたチャリオットは前線を目指す。

 この先の砦にも、いずれ物資が送り込まれて来るそうだが、それまでは自分達で持って行く物資で賄わないといけない。


 全員分の食糧は、木箱に入れて重量軽減の魔法陣を貼り付け、空属性魔法のボードに乗せて俺が運ぶ。

 魔力回復の魔法陣を使っているので、労力は殆ど感じていない。


 それと野営用の装備は、各自が薄手の毛布一枚を持っているだけだ。

 天幕や敷物なども、俺が空属性魔法でカバーする。


 周囲から丸見えという欠点を除けば、雨風は完全シャットアウトだし、空調設備まで完備だ。

 空属性魔法のクッションを使えば、普段使っているベッドと同等以上の快適な睡眠環境が得られる。


 各自が毛布を持参するのは、クッションが目に見えないので、場所が分からなくならないように目印として敷いておくためだ。

 森の中の砦を出て先へと進むと、冒険者が踏み固めた道の左右で頻繁に反応が現れるようになったが、殆どがゴブリンではなく冒険者だった。


 少なくとも、この付近は冒険者の勢力圏内となっているようだ。

 冒険者有利の状況なのだが、セルージョは不機嫌そうな表情を浮かべている。


「ライオス、上手くいきすぎじゃねぇか?」

「そうだな、何となく嫌な感じだな」


 俺には順調そのものに感じられるが、シューレやレイラもセルージョ達と同意見のようだ。

 俺とミリアムだけが、顔を見合わせて首を捻っている。


 何か、落とし穴のようなものでも待ち構えているのだろうか。

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