第607話 反撃(中編)

 ゴブリンの巣を撮影した後、そこまで行くのに適したコースを探しながら、見つけたコロニーを潰していく。

 最初に見つけたコロニーにはニ十頭ほどのゴブリンしかいなかったが、その後に見つけたコロニーの中には百頭を超える大規模なものもあった。


「ねぇ、こんなに沢山のゴブリン、一匹残らず討伐するのは難しいんじゃない?」

「やって出来ないこともないけど、やってると時間掛かるよなぁ……」


 ゴブリン相手に砲撃では威力が過剰だし、連射で倒すにしても逃げ回られると面倒だ。


「よし、討ち洩らしても良いから、一発で大量に始末する方法を試してみよう」

「ちょっと、何する気よ」

「大丈夫、大丈夫、この辺には冒険者や人質もいないから、大丈夫だよ」

「そういう問題じゃ……」

「いっくよ~、魔銃の魔法陣最大サイズ!」


 ゴブリンのコロニーの上空二十メートルほどの高さに、直径十五メートルほどの魔銃の魔法陣を構築した。

 貫通力は減らして火球を撃ち出すだけの魔法陣だが、このサイズだと迫力が半端ない。


 ドフっという低い発射音と共に巨大な火球が落下し、一瞬にしてゴブリンのコロニーは火の海になった。


「グギャァァァァァ……」


 俺達は斜め上空から少し距離を取って眺めていたのだが、炎の海に沈んだゴブリンが断末魔の悲鳴を上げながら悶え苦しむ姿は地獄のようだ。


「ちょっ、やりすぎ! このままだと燃え広がっちゃうわよ!」

「ヤバい、ヤバい、水の魔法陣!」


 コロニーの周囲に燃え広がらないように、大きな水の魔法陣を作って発動させながら動かして火を消していく。

 延焼を防いでいる間にコロニーも下火になったのだが、無残な焼死体が転がるばかりで、生き残ったゴブリンがいるとは思えなかった。


「なにが討ち洩らしてもいいよ、どう見たって全滅じゃないの」

「やり過ぎちゃった、てへっ!」

「はぁぁ……もう、あんた一人でゴブリン殲滅できるんじゃない?」

「かもしれないけど……森林火災が心配」

「あぁ、確かにね……」


 いや、結果的にコロニーを殲滅できたんだから、そんなに呆れなくても良いんじゃないの。

 この後で発見したコロニーでは、最初に延焼防止の壁を築いてから火球を落としたので、森林火災の心配も無くゴブリンを殲滅できた。


「はぁ、色々言いたいことは有るけれど、あんただけは敵に回しちゃいけないって改めて痛感したわ」

「いやぁ、それほどでも……」

「褒めてないからね」


 ゴブリンの巣がある丘陵地までは、特に急な起伏がある訳ではないが、下草が生い茂る深い森が続いている。

 冒険者たちが攻め入るとすれば、この下草の存在が厄介になりそうだ。


 ゴブリンたちは普通の成人男性よりも小柄で、下草に隠れて移動されると発見するのが難しくなる。

 腕の良い探知役がいれば発見しやすくなるのだろうが、ジッと動かずに待ち伏せされたりすると対処が難しくなる。


「あんたの魔法で吹き飛ばしちゃえば良いんじゃない?」

「そんな下草だけ吹き飛ばすような器用なこと出来ないよ」

「さっきの魔法で焼き払うのは?」

「広範囲にやろうとしたら、それこそ森林火災になって、森ごと燃え広がっちゃうよ」


 例えば、砲撃とか粉砕とかを使えば、道を切り開く程度は出来るだろう。

 だが、その道の周囲の下草を全部処理するのは難しい。


「あんた、田舎にいた頃には、こうした森で活動してたんじゃないの?」

「下草が茂っているところには近付かなかったし、魔法を使えるようになってからは上を歩いていたからね」


 空属性魔法を使えば、下草の遥か上を移動できるから、魔物や獣と鉢合わせになる心配は無かったし、探知する必要も無かった。

 とりあえず、手に入れた情報を報告するためにニーデル村を目指して戻って行くと、森の入り口近くにもコロニーらしき一団を発見した。


「こんな所にもコロニーが……って、冒険者か」


 下草を切り飛ばした即席の道の脇に、高さ五メートルほどの土の壁を巡らせた、直径二十メートルほどの砦のような物が築かれていた。

 どうやら、森の中にも前線基地を作っているようだ。


「なんだか、上から眺めているとゴブリンも人も大差無いように見えちゃうわね」

「まぁ、そうだけど、こっちの方が防御力は高そうだよ」

「でも、あんたの魔法一発で全滅しちゃうわよね?」

「やらないからね。間違ってもやらないからね」


 冒険者たちの前線基地を後にして、森の外へと出ると、森の入り口の砦にも冒険者たちが集まっていた。

 未明の襲撃が腹に据えかねたのだろう、本格的に反撃に出るべく野営地から移動してきたようだ。


 一方、報告に戻った野営地には冒険者に代わって騎士の姿があった。

 ケンテリアス侯爵家の騎士団が到着したようだが、出遅れたという印象は否めない。


 そして、チャリオットの天幕の近くでは、セルージョと騎士が何やら揉めているように見える。


「ただいま、セルージョどうしたの?」

「おぅ、戻ったか。いやな、こいつらが天幕どかせ、移動先は自分で探せとかぬかしやがるからよぉ」


 ボードに乗り換えて、ゆっくり降りながら声を掛けると、セルージョを取り囲んでいた五人ほどの騎士は目を丸くして驚いていた。


「な、なんだ……浮いてる?」

「 侯爵家の騎士団の方ですね? ニャンゴ・エルメールと申します。うちの天幕がどうとか?」

「エ、エルメール卿! し、失礼いたしました!」


 金属鎧に身を固めた五人の騎士は、慌てて敬礼をすると蜘蛛の子を散らすように帰っていった。


「さすが名誉子爵様だな。てか、あの様子じゃ頼りにならねぇな……」


 セルージョが眺めている先でも、騎士と冒険者が野営の場所を巡って揉めているようだ。

 騎士団とすれば、まとまった場所で野営をしたいのだろうが、それならばもっと早く来れば良いのだし、移動を頼むなら移動する場所を提供すべきだろう。


 数に物を言わせて押しこんでくるゴブリンに対抗するには、こちらも連携を強化する必要があるのに、冒険者との間に溝を作るような騎士の振る舞いはいただけない。


「まぁ、うちの天幕をどかせとは、もう言って来ないだろう」

「でも、セルージョ、それだとうちの天幕の周りを騎士団に包囲されちゃうかもよ」

「うおぉ、それはそれで面倒だな」

「ちょっと、探索の報告ついでにレオロスの所に行ってくるよ」

「巣は見つかったのか?」

「もう外に溢れてたから、すぐに見つかったよ。詳しい話はミリアムに聞いて」


 セルージョへの説明をミリアムに任せて、人だかりが出来ている場所の上へとステップを使って移動した。

 騎士団の上官らしき男性とギルドの職員のレオロス、それに騎士や冒険者が集まって口論になっている。


 人だかりにはライオスも混じっていて、それを遠巻きにして眺めている野次馬の中には、見物に徹しているシューレとレイラの姿があった。

 うん、チャリオットは平常運転って感じだね。


 揉め事の内容を聞いてみると、やはり野営地の使用について揉めているようだ。

 ゴブリンが溢れ始めているのに、実にくだらない。


「はいはい、既にゴブリンどもは巣から溢れて森の中にいくつもコロニーを作ってます。下らない事で揉めている時間は無いよ」

「誰だ!」

「エルメール卿!」

「なにぃ?」


 上から現れて割って入った俺を不機嫌そうに睨み付けた騎士団の上官は、レオロスの声を聞いて顔色を変えた。


「あなたが騎士団の責任者ですか?」

「そうだ……そうであります」

「では、レオロスさんと相談して、野営地の区割りをして下さい。先に天幕を設置している冒険者に移動を頼むならば、場所を提供して移動に手を貸してあげて下さい。お願いします」

「……承知いたしました」


 まだ何か言いたげだったが、俺が頭を下げてみせたので、文句も言えなかったのだろう。


「レオロスさん、そちらが片付いたら探索の報告をしますので声を掛けて下さい。出来れば、騎士団の方にも同席をお願いします」

「かしこまりました」


 揉め事の輪を離れて、歩み寄って行くと、レイラはちょっと不満そうな表情を浮かべていた。


「ニャンゴ、割って入るのが早くない?」

「えぇぇ……もたもたしてると、またゴブリンが襲ってくるかもしれないよ」

「あら、備えていればゴブリン程度は問題ないでしょ? それより、傲慢な騎士と冒険者の戦いの方が楽しそうでしょ」

「いや、楽しいって……」


 レイラの横でシューレも頷いている。

 まったく、うちの女性陣が血の気が多いのか、冒険者ならこんなものなのか、なんだか気を張ってるのが馬鹿らしくなってくるよね。

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