第606話 反撃(前編)

 朝を迎えたニーデル村は、悲しみと怒りに包まれていた。

 森が近い村とあって、鎧戸を備えた家ではゴブリンの被害を免れたが、丈夫な家に住んでいる者ばかりではない。


 備えの薄い家に暮らしていた者の多くは、ゴブリンに攫われて行方知れずになっている。

 殺されて、ゴブリンどもの餌となってしまったと思われるが、それを確かめる術が無い。


 突然家族や親しい友人を失った者は、ただ困惑し悲しみに暮れるしかない。

 残された者にとっては、遺体が残っていれば死という現実と向き合い、乗り越えてもいけるのだろうが、遺体も無く生死不明では気持ちの切り替えようがない。


 野営地に集まっていた冒険者たちも、予期せぬ襲撃によって重傷を負ったり、仲間を失ったりしていた。

 明るい場所でなら、ゴブリン程度に遅れをとることも無いのだろうが、暗がりから飛び掛かられて、首筋に嚙みつかれれば命を落としてもおかしくない。


 未明に起きたゴブリンの氾濫に対しては、ギルドの予測が甘かったのも確かだが、冒険者の行動は自己責任だ。

 怪我を負った者、命を落とした者は、備えを怠っていたからだと言われても仕方がないのだ。


 だから冒険者たちは、油断していた自分達に怒り、ゴブリン達への報復を誓う。


「ゴブリン風情が舐めくさりやがって、皆殺しにしてやる!」

「森ごと焼き払っちまえば良いんじゃねぇか」

「とっとと洞窟に突入して、クィーンをぶっ殺そうぜ!」


 ギルドの職員レオロスの呼びかけで集まった冒険者の多くは、森での討伐を希望した。

 待っている間にもゴブリンどもは数を増やしていくし、受けに回れば数の力で押しこまれる恐れがあるからだ。


 一方で、未明のような襲撃が起これば、また村が危険に晒される。

 そこでケンテリアス領のギルドに所属している冒険者の一部には、村の防衛に手を貸すように指名依頼が出された。


 チャリオットにも、そこに加わるように要請がなされた。

 戦力としては勿論だが、照明を設置できる俺の能力が買われたようだ。


「エルメール卿には、ゴブリンどもの巣穴の探索もお願いしたいのですが、夜間は村の守りにも御助力いただけませんか」


 レオロスだけでなく村の防衛にあたる冒険者からの要望でもあり、巣穴の位置が特定できて本格的な反攻作戦が行われるまでという条件で、要請を受けることになった。


「じゃあ、ライオス、巣穴の探索に行ってくるね」

「ニャンゴ、巣穴を特定したら、そこまでの地形も良く見ておいてくれ。出来るだけ楽に通れるルートと、野営するのに適した場所も見ておいてくれ」

「了解、上から写真を撮っておくよ」

「ニャンゴ!」

「なぁに、セルージョ」

「奴らが森の外に出て来たってことは、巣穴の他に森の中にコロニーがあるかもしれねぇ、そいつも注意して見ておいてくれ」

「分かった。って、見つけたら潰しちゃっても良いのかな?」

「あー……そいつは、レオロスと相談だな」


 森の入り口から巣穴があると思われる丘陵地までは、冒険者の足でも徒歩で一日半ほど掛かる。

 大量のゴブリンが丘陵地の巣穴から遠征してきた可能性もあるが、それよりも既に巣穴から溢れたゴブリンが森の中に新たなコロニーを築いている可能性が高いらしい。


 レオロスにコロニーの件を相談すると、可能であれば討伐して欲しいと言われた。

 ギルドとしても、ゴブリンの総数が読み切れず、巣穴を直接討伐するまでに可能な限り数を減らしておきたいそうだ。


「じゃあ、行って来るね」

「待って、あたしも連れてって」


 巣穴の探索に出発しようと思ったら、ミリアムが同行したいと言い出した。

 念のためシューレに確認すると、オッケーが出たので連れていくことにした。


「先に行っておくけど、昨日みたいにノンビリは飛ばないからね」

「わ、分かった……けど、ちょっとぐらいは手加減しなさいよね」

「ちょっとわね……ほら、おぶさって」

「これで……ふみゃぁぁぁぁぁ!」


 重量軽減の魔法陣を貼り付けて、身体強化をフル活用して一気に上空目指して駆け上がる。

 タブレットの画面にニーデル村と丘陵地が収まるように写真を撮ったら、目的地目指して一気に滑り降りる。


「あれっ? 思ったほど怖くない?」

「風防で全面を覆ってるから風は当たらないし、地面から離れているから速度の感覚がつかめないからだよ」


 地面の上や近くで風を切って移動するとスピード感を味わえるが、地面から離れた場所を移動していると速さを感じられなくなる。

 丁度、新幹線から遠くの景色を眺めている時は速さを感じないが、林の近くなどを通過すると一気にスピード感を味わうのと同じだろう。


 ニーデル村から丘陵地までは、途中から未開の森を通るので時間が掛かるが、直線距離にすると五十キロも無いだろう。

 出発してから三十分ほどで丘陵地の近くまで到達できた。


 途中、森の入り口近くに設けられた砦の上空を通過したが、人が動いているのが見えたので全滅はしなかったようだ。

 森の中へと続く道は、すぐに木々に遮られて見えなくなってしまったが、位置関係は把握しておいた。


「さて、ゴブリンの巣は……」

「あれじゃないの?」

「だよねぇ……」


 難航するかとおもっていたゴブリンの巣穴の探索は、拍子抜けする程あっさりと終了した。

 つまり、隠れようがないほどゴブリンが蠢いているのだ。


「うわぁ……五百や千じゃきかないよね」

「だって、巣穴の中にもいるんでしょ?」


 ゴブリン達に気付かれない高さから、タブレットを使って巣穴付近の様子を撮影していく。


「見て、あっちの穴にも出入りしてる」

「ホントだ……って、その先もじゃない?」


 巣穴への出入口が複数あるのか、それとも複数の洞窟を巣穴として使っているのか分からないが、この辺の洞窟は全てゴブリンどもの住処となっているようだ。


「何か運んで……うっぷ」

「ここで吐かないでよ」


 ゴブリンが担いで巣穴に運び入れていたのは、人間の死体のようだった。

 時間的に考えてニーデル村の住民ではないと思うが、だとすれば森に入った冒険者なのだろう。


「ゴブリンの獣道が出来てる」


 大量のゴブリンが行き来しているせいで、森の中には下草が掻き分けられ、踏み固められた道が出来上がっていた。


「向こうにも続いてるわよ」

「コロニーがあるのかな?」


 ニーデル村とは別の方向に続いている道を辿っていくと、小川の近くにコロニーがあった。

 木立に囲まれたサッカーグラウンドほどの広さの草原に、囲いが作られ、原始的な住居のようなものまで建っていた。


「一、二、三、四、五軒……ゴブリンって家を建てるんだ」

「見て、子供がいる」

「ここで繁殖してるのか」


 一見すると長閑な光景にも見えるが、ゴブリンの数が増えすぎれば森のバランスが崩れる。

 巣の周囲だけでも膨大な数のゴブリンが居るのに、更に周囲で繁殖が続けば、食糧不足に陥ったゴブリンは森の外に出て食べ物を得ようとするだろう。


「いや、既に食うに困り始めているから村を襲ったのかな」

「ここはどうするの?」

「勿論、討伐する」

「ミリアム、一匹も逃したくないから探知して」

「分かったわ」


 ミリアムにゴブリンを探知させて、見つけた端から高出力の雷の魔法陣で感電死させていく。

 まだ生まれたばかりに見えるゴブリンも、例外無く殺した。


「容赦ないわね」

「当然、殺すか、殺されるかの戦争だよ」


 少なくとも、クィーンによる異常繁殖を止めるまでは、見つけたゴブリンは全て処理するぐらいの気構えで臨まないと、状況の改善には繋がらないだろう。

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