第605話 氾濫(後編)

 戻った野営地は、冒険者に加えて逃げてきた村の住民、ゴブリンが入り混じり、大混乱の様相を呈していた。

 混乱に拍車を掛けているのは、ゴブリンどもが明かりを壊して回っているからだ。


 明るい場所なら、冒険者にとってゴブリンは怖い敵ではないが、暗がりから飛び掛かられると反応が遅れ、手傷を負わされかねない。

 手傷を負えば動きが鈍り、更にゴブリンどもが有利になってしまう。


 勿論、命を落としているのはゴブリンの方が多いのだが、それを補うように次から次へと新たなゴブリンが現れるのだ。

 冒険者の戦力に対して、ゴブリンどもは数の暴力で攻め込んで来る。


 チャリオットのみんなは、背中合わせのような形で四方からの襲撃に警戒している。

 ライオスとレイラは返り血を浴びて凄惨な出で立ちになってしまっているし、足下にはゴブリンの死骸がゴロゴロ転がっている。


「ライオス、周囲にシールドを張るから、一息入れて!」

「おぅ、助かる」

「シールド!」


 高さ三メートル、直径十メートルほどの壁を築いて、ゴブリンどもの襲撃をシャットアウトした。


「はぁぁぁ……助かったぜ、ゴブリンなんぞに寝込みを襲われるとは思ってもみなかったぜ」


 左手に握っていた剣を鞘に納め、セルージョはどっかりと地面に腰を下ろした。

 魔道具を発動させて、喉を鳴らして水を飲む。


 おそらく、息をつく暇もなかったのだろう。

 シールド内部に大きめの洗面器を作り、温熱と水の魔法陣を組み合わせてお湯を満たした。


「レイラ、ライオス、返り血を流したら?」

「さすがニャンゴ、気が利くわね」

「レイラ、先に使ってくれ」


 ライオス達が休んでいる間、シールドに気付かずに近寄ってきたゴブリンを俺とミリアムで片付けていく。

 ミリアムが魔法を使う様子を下から眺めながら、シューレは満足そうに頷いていた。


「ニャンゴ、明かりの範囲を広げられないか?」

「どのぐらいまで広げる?」

「出来れば、野営地全体をカバーしたい」

「ここと同じ明るさにするのは難しいかも……」

「もう少し暗くてもいい。とにかく近付いてくるゴブリンを視認出来るようにしたい」

「分かった、やってみる!」


 空に浮かぶ明かりの魔法陣の数を増やして、照らし出す範囲を一気に広げる。

 野営地の内側だけでなく外にも設置して、近付こうとするゴブリンも見えるようにした。


「おぉ、明るくなったぞ!」

「これなら押し戻せるぞ!」


 明かりに照らされている範囲が広がると、冒険者側の攻撃が正確さを増し、戦況が有利に傾き始めた。


「よし、そろそろ俺達も戦いを再開するぞ」

「じゃあ、シールドの周りに溜まったゴブリンの死体を吹っ飛ばすよ」

「おぅ、頼む」

「いくよ、粉砕!」


 それまで張っていたシールドの内側に新たなシールドを張り、外側のシールドを解除してから粉砕の魔法陣を発動させた。

 ズドーンという爆発音と共に、ゴブリンの死骸は野営地の外に向かって吹っ飛んだ。


 土煙が収まったところで、シールドを解除する。


「ライオス、シールドを解除するよ。俺とミリアムは外から野営地に近付こうとする奴らを上から狙う」

「頼む、少しでも圧力を減らしてくれ」


 野営地の外周に沿って飛ぶと、急に周囲が明るくなったので、ゴブリンどもの中には近付くのをためらっている者がいた。

 道の脇や建物の陰に身を潜めているゴブリンを上から照らして狙撃する。


 時間が経つほどに、狙撃にも慣れてきたのか、ミリアムは黙々とゴブリンに風の刃を撃ち込んで仕留め始めていく。

 固まって隠れている連中は、俺が粉砕の魔法陣でまとめて吹き飛ばしてやった。


「ふみゃぁぁぁ! ちょっと、ビックリするから合図ぐらいしなさいよね!」

「ごめん、ごめん」


 建物の近くでは威力を制限するしかないが、周りに被害が出そうもなかったので、ワザと大きな音立てて魔法陣を発動させ、ゴブリンどもを威嚇したのだ。

 狙撃に集中していたミリアムに、思いっきり怒られてしまった。


 その後は、ちゃんと合図をしながら粉砕の魔法陣やバーナーを発動させた。

 大きな爆発音を立てたり、目立つ場所に大きな火柱を立てたりしていると、周囲から感じる圧が和らいだように感じた。


 暗闇というアドバンテージが失われ、大きな音や火柱の熱気などにゴブリンどもは恐れをなしたようだ。

 手強い相手に向かっていかなくても、冒険者や村人、そして仲間の死体がゴロゴロ転がっている。


 つまり、死の危険を冒さなくても食料が手に入る状況になったのだ。

 死体を引き摺りながら、村の外を目指すゴブリンの姿が増え始めた。


 勿論、そのまま逃がしてなんかやらない。

 後ろから頭を撃ち抜いてやる。


 徐々に野営地を覆っていた切羽詰まった空気が緩み、冒険者たちにも余裕が感じられるようになってきた。

 ゴブリンの襲来を知らせる鐘が鳴ってから、どれほど時間が経ったか分からないが、ようやく東の空が白み始めた。


「夜明けまで、もう少しの辛抱だ!」

「気を抜くなよ!」


 誰ともなく冒険者たちは声を掛け合い、気合を入れ直していく。

 夜が明ければ更に戦いやすくなるし、態勢を立て直せるだろうが、ゴブリンどもの撤退が確認されるまでは気は抜けない。


 せっかく生き残って朝を迎えたのに、油断して命を落とすのはもったいない。


「死体に紛れて生きてる奴がいるかもしれないぞ」

「完全に死んでるか分からない奴は、首を切り落とすか突き刺して確かめろ」


 怪我をして逃げそこなったゴブリンの中には、死体に紛れて逃亡のチャンスを窺うやつもいるそうだ。

 高度を上げて、野営地の周囲を広く眺めると、潮が引くようにゴブリンどもは森に向かっていた。


「ミリアム、砲撃するから耳塞いでた方がいいよ」

「みゃっ、ちょ、ちょっと待って! いいわよ」


 ゴブリンどもが、畑を突っ切って草原に逃げ込んだところで、上空から砲撃を加える。

 畑に打ち込むと、クレーターが出来上がってしまいそうだから、草原に入るまで待っていたのだ。


「ファイヤ!」


 ドンっと腹に響く発射音を残して、火球は目で捉えるのも困難な速度で着弾した。

 土や草に混じって、千切れたゴブリンの手足や頭が宙に舞う。


 野営地の近くでは貫通力が仇になり、余計な物まで壊す心配があったから砲撃は使わなかったが、ここなら撃ち放題だ。

 勿論、一発で終わらせるつもりはなく、草原を逃げ惑うゴブリンどもに攻撃を加え続けた。


「ちょっと、地形が変わっちゃうわよ」

「大丈夫、大丈夫、また今夜も襲ってくるかもしれないから、少しでも多く倒しておかないとね」


 魔力回復の魔法陣によって回復する魔力を全部突っ込む勢いで砲撃を続けると、草原が広範囲で荒地になってしまった。

 瀕死の状態で転がっているゴブリンもヘッドショットを食らわせて仕留めていく。


 かなりの戦力を削れたと思うが、ゴブリンの総数が分からないし、討伐した数も分からないから、どの程度のダメージになったのか全く読めない。

 ただ、ゴブリン自体の強さは通常のものと同じだった気がする。


 だとすれば、今夜は不意を突かれた形だが、あらかじめ迎撃準備を整えていれば、今日ほど苦戦することはないだろう。


「ニャンゴ、野営地の周囲からは、ゴブリンどもは引き上げていったようだ。そっちはどうだ?」

「村の周囲から逃げた連中を掃討したんだけど、どのぐらい倒したのかは分からない」

「そうか、一旦戻って休め。いずれにしても、ギルドの連中と相談して対策を立てないと動きようが無いからな」

「分かった、これから戻るよ」


 少し高度を上げて村の様子を見渡すと、結構な被害が出ているように見えた。

 まだゴブリンが襲って来ることは無いと油断していたせいで、諸々後手に回ってしまったようだ。


 集まって来ていた冒険者にも被害が出ているようだし、数で押しこんで来る相手に対して立て直しが出来るのだろうか。

 現状では、大元のクィーンの討伐どころか、人間の支配地域を死守するのがやっとな気がする。

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