第604話 氾濫(前編)
野営地の夜は、けっこう騒がしい。
討伐から戻って来た冒険者たちは戦いの興奮が冷めず、新たに野営地に加わった者たちは情報収集をしたり、明日からの戦いに向けて一杯飲んで気勢を上げたりしている。
そうした冒険者たちを相手にして、臨時の稼ぎを得ようとする物売りたちも加わり、まるで市場のような活気を呈するのだ。
そういえば、俺がチャリオットに加わる切っ掛けも、故郷アツーカ村にブロンズウルフが現れたことで開設された野営地だった。
モリネズミや魚の塩焼きを売っていたら、それ以前にイブーロのギルドで出会ったライオスと再会して、森の案内を頼まれたのだ。
あの時、森の案内を頼まれなければ山に入ることもなく、ブロンズウルフと戦う機会も無かったかもしれない。
こうして故郷を遠く離れた土地で、冒険者として野営することも無かったかもしれない。
天幕の外から伝わってくる賑わいを聞きながら、アツーカ村のニャンゴだった頃を思い出しながら眠りについた。
そのまま朝までグッスリ眠るつもりだったのだが、まだ真っ暗な時間に乱打される鐘の音で起こされてしまった。
「森が溢れた! ゴブリン共が襲ってきたぞ!」
どうやら、俺が偵察する暇も無く、ゴブリン達の侵攻が始まったようだ。
「ニャンゴ、明かりを頼む!」
「了解!」
ライオスの指示を受けて、天幕の内外に空属性魔法で明かりの魔法陣を発動させた。
普段はヘラヘラしているセルージョも素早く防具を着込み、弓の弦を張って戦闘態勢を整えている。
レイラやシューレも支度を終えているが、ミリアムはまだ半分眠っているみたいだ。
「シャンとして……」
「ふみゃぁぁぁぁ!」
シューレにスパーンと尻を叩かれて、ようやくミリアムも目覚めたようだ。
「天幕を畳んでいる時間は無い。ゴブリン共が村に入り込んでいるなら乱戦になるから固まって動くぞ!」
ライオスとレイラが前衛、セルージョとシューレが横と後ろを警戒、そして俺とミリアムは上から援護を行う。
「ミリアム、俺におぶさって」
「えっ、あたしを背負ったまま戦うの?」
「違うよ、乗り込むボードを作るまでだよ」
空属性魔法で作ったボードは、普通の人では目に見えないので、作ってから乗り込んでもらうよりも、ミリアムを背負った状態で作った方が早いのだ。
「もう降りていいよ」
「ちょっ、これ落っこちないんでしょうね?」
「空気穴は開けてあるけど、俺達の手足でも通らない大きさだから落ちることはないよ」
俺とミリアムが背中合わせで座ったところで、上側も覆ってしまう。
普通の人には見えないけれど、繭のように周囲をぐるっと覆ってあるから流れ矢が飛んで来ても大丈夫だ。
強度もシールドと同等にしてあるので、ライオスに全力で斬り付けられたとしても壊れることはないだろう。
「ライオス、全員の左肩に通信機を張り付けたから、万が一はぐれても大丈夫だよ」
「分かった、上から見て状況が分かったら教えてくれ」
「了解! ミリアム、空気穴を通して魔法は打てる?」
「任せて、伊達にシューレに鍛えられてないわよ」
「いいね、じゃあ上がるよ」
「ふにゃぁ、ゆっくり、ゆっくりよ!」
足下が丸見えの状態で空に上がるから、慣れないと怖いんだよね。
「なんか、村全体が襲われてない?」
「うん、森から押し寄せて来たというよりも囲まれてる感じがする」
上から見ると、森がある方向だけでなく、逆の方向でも戦闘が行われているようだ。
「くそっ、やつら明かりを狙ってるみたいだ」
空はどんよりと曇っているらしく、月も見えず真っ暗だ。
村のあちこちに明かりが灯されているのだが、その明かりが一つ、また一つと消えていく。
身体強化の魔法が使える者ならば、暗闇でもある程度は視界が利くが、一般の人にとって暗闇は恐怖でしかない。
一方、ゴブリンなどの魔物は夜目が利くので、暗闇は大きなアドバンテージになる。
「不味いな、このままだと同士討ちとかも起こりそうだ」
「どうするの?」
「とりあえず、チャリオットのみんなの周囲には明かりの魔法陣を発動させて配置しておいた。みんなが移動したら自動で追尾するようにしておくよ」
チャリオットのみんなは身体強化の魔法が使えるが、それでも明かりがあった方が良いに決まっている。
「ライオス、ゴブリンは暗闇を利して取り囲むように押し寄せてるみたい。下手に野営地から出ない方が良いんじゃない?」
「そうだな、夜明けまではここで迎え撃つ形にする。明かりはこのまま頼む」
「了解、ミリアム、僕らは移動しながらゴブリンを仕留めていくよ」
「分かったわ」
「念のため、逃げてきた子供を間違えて撃たないでね」
「分かってる、でも気を付けるわ」
もう少し周囲の状況を把握しておきたいが、とにかく真っ暗で見通しが利かない。
なので、高度を下げて、ゴブリンを見つけ次第討伐する形に切り替えた。
野営地のある村の中心から離れて明かりの魔法陣を発動させると、すぐにゴブリンの姿が目に入った。
「ミリアム、横に並ぶ形に変えよう。右手に見えるゴブリンを頼む」
「任せて、魔力が尽きるまで撃ちまくってやる」
「それは無理だよ」
「どうしてよ!」
「魔力を回復させる魔法陣を発動させてるから、いくら撃っても魔力切れにはならないよ」
二人を覆う繭に、全員分の通信機、更には多数の明かりの魔法陣を発動させているから、魔力切れを起こさないように魔力回復の魔法陣も発動させている。
ミリアムが、どの程度の規模の魔法を使えるか知らないが、いくら撃っても魔力切れにはならないはずだ。
「それじゃあ、遠慮無しに撃ちまくってあげるわ、風よ!」
ミリアムが打ち出した風の刃は、明かりに驚いてこちらを見上げたゴブリンの肩口をザックリと斬り裂いた。
見た感じでは、鎖骨を断ち切り肺まで切り裂いているようだ。
「やるじゃん」
「ふふん、ざっとこんなものよ」
「じゃあ、俺も……粉砕!」
五頭ほどのゴブリンを粉砕の魔法陣で四方から囲って一気に発動させ、文字通り粉砕してやったけど、ちょっとオーバーキルだったみたいだ。
「うわぁ……やり過ぎじゃないの?」
「だね、あれじゃ魔石もバラバラだし、片付けるのも大変そうだ」
「あたしじゃ、やれって言われても出来ないけどね」
肉片と化したゴブリンの惨状に呆れながら、ミリアムは肩口から首筋を狙って、着実に一頭ずつ仕留めていく。
魔法の精度についても、シューレに厳しく指導されているのだろう。
俺も負けてはいられないので、ゴブリンのすぐ近くで魔銃の魔法陣を発動させてヘッドショットで屠っていく。
これなら確実に仕留められるし、後で魔石は素材として使えるだろう。
移動しながら討伐を続けたのだが、いくら倒しても次から次へとゴブリンが湧いて出てくる。
「ちょっと、キリが無いんだけど」
「俺に言われても困るよ。てか、魔力切れしないんだから、ドンドン倒しちゃいなよ」
「分かってるわよ。でも、いつまで続くのよ」
俺とミリアムで、もう百頭近くは倒しているはずだが、明かりの範囲に入り込んでくるゴブリンは減るどころか増えている気がする。
通信機からもセルージョのちょっと焦った感じの声が聞こえてきた。
「ちきしょう、どうなってやがんだよ。全然減らねぇぞ!」
既に矢を撃ち尽くし、セルージョも魔法を使って討伐しているようだ。
「ニャンゴ、戻って来られるか? ちょっと数が多すぎる」
「了解、すぐ戻るよ」
野営地に向かって最短距離で飛んでいくと、明かりの下には冒険者や仲間の死体に群がり、貪っているゴブリンの姿が見えた。
森の食糧が尽きたから、村を襲ったのだろうか。
東の空に目を向けるが、まだ太陽が昇ってくる気配はない。
夜が明ければ、冒険者の側も体制を立て直せると思いたいが、先行きは今の空のように真っ暗で見通せそうもなかった。
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