第603話 ニーデル村
乗り合い馬車に揺られること五日、俺達はケンテリアス領のニーデルという村に着いた。
この村が、ゴブリンが大量発生しているラドレフの森に一番近く、討伐の拠点が置かれているそうだ。
ニーデル村は、シュレンドル王国では平均的な農村で、故郷のアツーカ村よりはずっと広いし、中心部には商店なども建ち並んでいる。
村の中心にある広場が臨時の野営地になっていて、既に多くの馬車や天幕が並んでいた。
大公領の冒険者にまで声が掛かるのだから、ケンテリアス領内の冒険者も当然集められているのだろう。
野営地にはギルドの臨時出張所が設けられていて、担当者が大公領から来た馬車を案内した後で状況説明を行った。
「ギルド所属のレオロスと申します。遠方よりお越しいただき、ありがとうございます」
レオロスは三十代半ばぐらいの立派な角を持つ羊人で、なかなか良い体格をしている。
最前線で冒険者達と折衝するのだから、相応の経歴の持ち主なのだろう。
「後程地図を配りますが、ここニーデル村から、森の入口までは歩いて一時間ほどです。ゴブリンの巣があると思われる鍾乳洞がある丘陵地までは、森の入口から歩いて一日半ほどの距離があります」
木材や薪に使う目的で伐採が行われているのは森の入口付近だけで、丘陵地付近の森は手付かずの自然林だそうだ。
既にケンテリアス領の冒険者達は、森の入口近くに築いた砦を足掛かりにして森に入り、ゴブリンの討伐を進めているらしい。
「まだ巣の位置は分かってねぇのか?」
「複数のパーティーが探索を行いましたが、失敗に終わっています」
「俺らは討伐をやれば良いのか?」
「はい、討伐を進めて、森の中の我々のテリトリーを広げてもらいます」
単独での巣の探索は断念し、森を制圧しながら進み、丘陵地まで辿り着く作戦のようだ。
ニーデル村に到着したのが午後の遅い時間だったので、大公領の冒険者が前線に加わるのは翌日からとなった。
現在の状況、作戦の進め方、報酬などの説明が終わり、冒険者は各自野営の支度を始めた。
チャリオットも今回は天幕で野営を行う。
野営の準備をしていると、説明を終えたレオロスが訪ねてきた。
「失礼ですが、エルメール子爵様でいらっしゃいますか?」
「そうですけど、今は冒険者なのでニャンゴさんで構いませんよ」
「いえ、そういう訳には……」
「じゃあ、エルメール卿とでも呼んで下さい」
「かしこまりました。早速ですがエルメール卿、ゴブリンの巣の探索は可能でしょうか?」
「空から、ですか?」
「はい、反貴族派の拠点や新王都の『巣立ちの儀』の警備の際に、空からの探索を行われたと伺っております。出来れば、巣の位置の特定をお願いしたいのですが……」
大公領の冒険者に声が掛かったのは、単純に戦力を増強する狙いであるのと同時に、俺の探索能力に期待してのことなのだろう。
「初めての場所なので、確実に突き止められるか分かりませんが、やれるだけはやってみましょう」
「ありがとうございます。巣の探索については別途報酬を設けさせていただきます」
現状、ラドレフの森ではゴブリンの数が異常に増えているものの、肝心の巣の位置が分からないために、どの方向を目指して進めば良いのか方針を決めかねているらしい。
それに、人質がいる可能性が否定できないらしい。
「探索に入った冒険者、近隣の村から攫われたと思われる者が多数おります。男性の生存は絶望的ですが、女性はもしかすると生存しているかもしれません」
「えっ、生きてるって、まさか……」
「はい、通常ゴブリンは他種と交配することはありませんが、クイーンが現れた時には状況が変わる場合があります」
クイーンが現れた時のゴブリンは、とにかく子孫を増やすために行動するようになるそうだ。
過去の事例では、女性が攫われてゴブリンの子供を身籠らされた事があったらしい。
通常、ゴブリンは発情期に交尾を行い、春先に子供を産み育てるそうだが、人間の場合には発情期は無い。
それだけ妊娠する可能性が高まるのと、体格的に人間の方が大きいので、繰り返しの出産に向いているようだ。
こちらの世界に転生して以来、そんなラノベみたいな展開は無いものだと思っていたので、ちょっとショックを感じている。
「それって、助かったとしても精神的なショックが大きすぎませんか?」
「そうですね、ですが生存しているのであれば、助けてほしいというのが家族の要望でもありますので……」
どこか分からない鍾乳洞の奥で、ゴブリン達は着々と数を増やし続けている一方で、人間は色々な制約に縛られて後手を踏まされている気がする。
それでも、嘆いていても何の解決にもならないので、明朝からゴブリンの巣の探索を行うことにした。
「俺は朝から探索に出るけど、ライオス達はどうする?」
「そうだな、とりあえず森の入口近くの砦には行ってみるつもりだ。状況が分からないのに、闇雲に動くのは危険だからな」
「レイラはどうする?」
「私も砦に行くわ。状況次第だけど、少しは体を動かして発散したいからね」
とりあえず明日は、俺とライオス達は別行動で、互いに状況把握に努めることになった。
天候次第だが、上空から撮影を行って、正確な地図も作成しよう。
「ねぇ、あたしも乗せていってくれない?」
「ミリアムも? 別に構わないけど」
てっきりシューレと一緒に行くかと思ったミリアムは、俺と一緒にゴブリンの巣の探索をやりたいと言い出した。
「ミリアムは、索敵能力も上がってるから、役に立つと思う……」
「そうだね、風属性の探知と空属性の探知は似てるけど違うから、組み合わせるのは良いかもしれないね」
野営の準備を終えると、ライオスとセルージョは情報収集に出掛けていった。
ケンテリアス領の冒険者やニーデル村の住民に声を掛けて、レオロスが話していた内容以外の情報を拾ってくるのだ。
ライオスもセルージョもベテラン冒険者らしく、この手の情報収集が上手い。
俺の場合、猫人というだけで土地によっては馬鹿にされるし、身分を明かすと畏まられてしまったり、警戒されてしまったりして、上手く情報を引き出せないことがある。
なので、情報収集はライオス達に任せて、俺は晩御飯の支度に専念する。
今夜のメニューは、干し肉とチーズのリゾットだ。
お鍋を二つ用意して、片方はオークの干し肉を使ってスープを作る。
もう片方の鍋では、生米を植物油で炒めていく。
お米に油が馴染んで透き通ってきたら、熱々のスープを少しずつ注いで炊いていく。
スープが吸われて、表面にふつふつと穴ができたら、またスープを少し注ぎ、火を弱めて炊いていく。
お鍋の底が焦げ付かないように、空属性魔法で作ったヘラでこそぎながら、刻んだ干しトマトを加えていく。
「おっ、いい匂いしてんじゃねぇか」
「お帰り、セルージョ。何か良い情報あった?」
「あんまりねぇな。こっちの連中も森の奥の状況が分からなくて戸惑ってるみたいだ」
「そうなんだ……」
お米が炊き上がったら、下ろしたチーズとバターを加えて、塩コショウで味を調える。
スープに使った干し肉を取り出して刻み、リゾットに散らしたら完成だ。
「おまたせ、熱々のうちに食べよう!」
ライオスも戻ってきたので、みんなに取り分けて夕食にする。
「いただきまーす! 熱っ、溶けたチーズが、あにゃにゃにゃ……うみゃ!」
「ニャンゴは、本当にお米が好きよね」
「レイラは、お米嫌い?」
「好きよ、ニャンゴが作ってくれたお米料理は特にね。んー……うみゃ」
今夜のリゾットもなかなかの出来栄えだったようで、みんな美味しそうに食べてくれた。
ただし、俺とミリアムはフーフーするのが忙しくて、なかなか食べられなかったけどね。
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