第602話 乗り合い馬車

 ケンテリアス侯爵領へと向かうためにギルドが用意した馬車は、他の冒険者パーティー、トゥループスとの相乗りだった。

 トゥループスは、狼人だけで構成された七人組のパーティーで、ギルドのランクはチャリオットと同じくBランクだそうだ。


 パーティーのランクは、メンバーのランクで決まる。

 メンバーの半数以上を占めるランクが、冒険者パーティーのランクになるのだ。


 例えば、チャリオットの場合だと、俺はAランクの冒険者だが、ライオス、セルージョ、シューレ、レイラはBランクなので、パーティーはBランクとして登録される。

 トゥループスのメンバーのランクは分からないが、四人以上がBランクよりも上の冒険者ということになる。


「お初にお目に掛かります、エルメール卿。トゥループスのリーダー、ギャガと申します……と言っても、そちらさんは有名ですから何度もお見かけしてますがね」 

「よろしくお願いします。ただ、うちのリーダーはライオスですよ」

「それも存じてます。ただ形式上、貴族様に先に挨拶をしておかないと、後で不敬だなんて言われても困りますからね」


 トゥループスのリーダー、ギャガはライオスよりも少し年下に見える茶髪の狼人だが、何となく言葉の端々に嫌味が感じられる。


「あぁ、そこは気にしないで下さい。今は冒険者として活動してますんで、名誉子爵の肩書きとか使う気はないですから」

「えっ、名誉騎士様じゃなかったんですか?」

「ええ、先日ちょっと陞爵されたんですけど、気にしないで構いませんから」

「そうですか、では、そうさせていただきます」


 ギャガはライオスとも挨拶を交わして、表面上は穏やかそうに振舞っているが、パーティーのメンバーも含めてピリピリしているように見える。

 乗り合い用に用意された幌馬車は、前半分をチャリオット、後側をトゥループスが使う事になった。


 ライオスとセルージョがトゥループス側に座り、シューレとレイラが御者台の後ろ、俺とミリアムはレイラとシューレの膝の上に収まった。

 俺がレイラに抱えられているのも、トゥループスの連中にとっては気に入らないらしく、更に目つきが険悪になった気がする。


 ミリアムは、ちょっと居心地悪そうにしているが、レイラはまるで気にしていないようだ。


「あれは、敵意というより対抗心を剥き出しにしてる感じね」

「まぁ、イブーロギルドの酒場で慣らされてるから平気だよ」

「ふふっ、それもそうね」


 酒場のマドンナだったレイラに、毎度毎度捕まって、酒場に出入りする冒険者たちの嫉妬と恨みを一身に集めてきた身としては、七人程度の視線など無いも同然だ。

 旧王都の中を走っている時は余り感じなかったが、旧王都から離れるほどに馬車の振動が大きくなっていった。


 サスペンションなど付いていない幌馬車なので、道が悪くなるのに比例して乗り心地も悪くなっていく。

 馬車がギャップを乗り越える度に、トゥループスのメンバー達の尻が荷台から浮き上がり、直後に落下して顔を顰めていた。


 一方、チャリオットメンバーはと言えば、俺が空属性魔法で作ったクッションに座っているので、不快な振動はかなり抑えられている。

 そして、馬車の内部には、当然のように暖房を入れている。


 四月の中旬とは言え、早朝の空気は身が引き締まるほどに冷たい。

 日が高く昇って、気温が上がってくるまでは、風を温熱の魔法陣を組み合わせた魔導ヒーターで、チャリオット側だけでなくトゥループス側もついでに暖めた。


「おい、ギャガ、なんか温かくないか」

「あぁ、俺もそう思っていたところだ」


 首を捻っているギャガに、セルージョが声を掛けた。


「暖房はニャンゴの仕業だぜ」

「えっ、どうやって?」

「そいつは秘密だが、ニャンゴが居れば暖房も冷房も思いのまま。馬車の移動も野営も快適そのものだぜ」

「マジか、暖房だけでなく冷房もなんて、一体どうやってるんだ」

「空属性魔法の応用らしいぞ」


 セルージョの向こうからギャガが探るような視線を向けてきたので、ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべておいた。

 天候にも恵まれて、馬車は順調に街道を進んでいく。


 大公家の領地とはいっても、旧王都の街並みを離れれば街道の両側には農地が広がる。

 麦畑では、昨年の秋から冬に蒔かれたものが青々と葉を茂らせている。


 一方、稲作を行う田んぼでは、田起こしや畔塗りなどの作業が進められている。


「んー……のどかだにゃぁ……ライオス、ケンテリアス侯爵領って、どんな所なの?」

「俺も実際に行ったことはないが、穀倉地帯だと聞いているから、この辺りと同じような感じじゃないか」

「風景だけならな……」


 俺とライオスの会話にギャガが口を挟んだ。


「風景だけって、どういう意味?」

「大公領は、ダンジョンや他国との交易で儲けているから、他の領地に比べて税金が安い。同じ農民でも、大公領とケンテリアス領では暮らしに大きな違いがあるのさ」


 そう語るギャガは、ケンテリアス領北部の農村の出身だそうだ。

 ケンテリアス領は、南部と北部で土の質に大きな違いがあるらしく、作物は芋が中心になるらしい。


 麦や米に比べると、芋は更に税率が高く、北部の農民は貧しい暮らしをしているらしい。


「まぁ、噂に聞くグロブラス伯爵領に比べればマシなんだろうが、大公領とは雲泥の差だ。もっとも、当の農民は貧しいのが当り前だと思い込まされていて、他領との違いに気付いている奴なんて殆どいないけどな」


 自嘲気味に語るギャガ自身、冒険者となってケンテリアス領を出るまでは他領との違いに気付かずにいたらしい。


「恵まれた暮らしの中でヌクヌクと育っていれば、魔法を工夫する余裕もあったんだろうが、食うのがやっとで余裕なんか無かったからな」

「恵まれた暮らしでヌクヌクと……って、俺のこと?」

「他に誰がいるってんだ」

「あのさ、あんたの周りに恵まれた生活を送っている猫人が、どれだけ居たか思い出してみなよ」

「はぁ?」


 一体どこから、どんな噂を聞いているのか知らないが、実家の貧しさだったら、そんじょそこらの冒険者に引けを取る気はしないよ。


「セルージョ、初めて会った時の俺はどんな感じだった?」

「こまっしゃくれた田舎のガキだな。目端は利くと思ったが、ここまで出世するとは想像も出来なかったな」

「マジか、お貴族様に飼われてたんじゃないのか?」

「猫人を飼おうなんて考える貴族なんて聞いた事がないよ。ていうか、一部の貴族からは劣等種とか馬鹿にされるんだよ。狼人に生まれただけでも、俺よりも何倍も恵まれてるよ」


 まぁ、レイラに抱えられて、撫でくり回されながら言っても、あんまり説得力は無いと思うけど、生まれだけなら俺よりもギャガの方が遥かに恵まれているはずだ。


「猫人に生まれ、空っぽの属性と馬鹿にされる空属性魔法を授かり、それでも冒険者になる夢を諦めたくなかったから、工夫に工夫を重ねてきたんだ。勿論、沢山の人と出会い、教えを受けてきたから今の俺があるんだけど、少なくとも最初から恵まれてなんかいないよ」

「そうだったのか……すまない、どうやら俺らはあんたのことを誤解していたようだ」


 ギャガが頭を下げると、トゥループスの他のメンバーも揃って頭を下げてみせた。

 どんな噂話を信じていたのか知らないが、根は悪い連中ではないようだ。


 俺達と同じ馬車に乗せるパーティーとして、ギルドが指名するのだから相応の実績があり、信頼もされているのだろう。

 馬を休ませるための休息時間の後、ギャガたちの分のクッションも作ってやると、更に馬車の中の雰囲気は柔らかくなった。

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