第601話 存在意義(ミリアム)
※今回はミリアム目線の話になります。
『チャリオットのダニ』とか、『エルメール卿の寄生虫』なんて陰口を叩かれていることには気付いている。
私だって一応パーティーの一員として働いているが、それが世間に伝わることは無い。
この前の川賊討伐の時だって、シューレと一緒に探知魔法を使って警戒を行っていたし、川賊を一人魔法で仕留めている。
それでも、船員や共同作戦を行った大公家の騎士達は、探知も川賊を仕留めたのもシューレだと思っているだろう。
何よりも、ニャンゴの派手な砲撃のせいで、私達が川賊を倒したことさえ霞んでしまっている。
眩いばかりに輝く太陽の下で、小さな明かりを灯したところで、世間の目には映らないのだ。
実際、パーティーのリーダーであるライオスさえも、私の働きを把握しているのか疑わしい。
私が風属性魔法の刃で、船に攻め込もうとした川賊の首を切り裂いたのを見ていたのはシューレだけだ。
シューレは余計なことを言わない代わりに、肝心なところで言葉が足りないところがある。
私も、ちゃんと自分でアピールすれば良いのだろうけど、ニャンゴが船ごと噴っ飛ばすような魔法を簡単に撃った横で、一人やっつけたと大騒ぎするのは違う気がするのだ。
私だって戦えるつもりだし、今回の遠征では、それを証明しなければならない。
気負っていると思われたのだろう、シューレが私の頭を撫でながら話し掛けてきた。
「大丈夫、いつもの訓練通りにやれば、ゴブリンは怖くない……」
「うん、分かってる」
これもパーティーのみんなに知られていないが、シューレの訓練は以前よりも実戦向けの内容になっている。
手合せする時は棒を使っているが、的を突く、薙ぐなどの訓練には刃の付いた槍を使っている。
槍は、シューレが選んでくれた、いわゆる魔槍というやつだ。
刃先はオーガの角を削り出したもので、柄の部分も魔力を通しやすい素材が使われている。
つまり、魔力を通して槍の穂先から魔法を発動させられるのだ。
シューレが魔槍を選んだのは、私が非力だからだ。
突っ込んでくる相手の勢いを利用すれば、力が弱くても槍を深く突き入れることができるが、問題は突き刺した後だ。
相手が力を入れて筋肉を引き締めてしまうと、非力な私では槍を引き抜けなくなる恐れがある。
ただでさえリーチが短い猫人が、それをカバーする目的で使う槍を失うのは致命的だ。
槍を深く突き刺してしまっても、槍を失わずに済むように魔槍を使うのだ。
訓練では、粘土質の土壁に槍を突き刺し、それを素早く引き抜く訓練を続けた。
魔法を使わずに、力だけで引き抜くには、柄を揺さぶって穂先を揺らす必要がある。
コツさえつかめば引き抜けるが、素早くとまではいかない。
そこで、魔槍を突き刺したら、すぐさま風属性の魔法を発動させ、穂先から風を噴き出すのだ。
風のおかげで穂先に張り付いた土が剥がれるし、風の圧力によって槍が押し戻されて簡単に引き抜ける。
シューレが言うには、この方法だと傷の内部が裂けて、相手に与えるダメージも大きくなるらしい。
ただし、タイミングを間違えると槍が深く刺さらなくなるし、モタモタしていたら魔法を使う意味が無くなってしまう。
タイミングを体に覚え込ませるために、何十回、何百回、何千回と土壁を突き刺し続けた。
魔法の訓練、魔槍の訓練、そして眠る前には身体強化魔法の訓練もやらされた。
体の中で魔素を動かす感覚を覚えるために、手を繋いだシューレが外から強制的に魔素を動かすのだが、体の中を異物が這い回るようで、初めての時は悲鳴を上げてしまった。
身体強化魔法は、使えるようになるまで本当に苦労したけど、川賊討伐の依頼に出掛けるまえには、どうにか実戦でも使える目途が立った。
ただ、使える目途が立っても、実際に使って戦った訳ではないので、上手くやれるか不安はある。
「シューレは、初めての実戦の時に緊張しなかったの?」
「特には、しなかった……」
「いいなぁ、まだ出発もしていないのにソワソワしてる」
「ミリアムは、もう初めてじゃない……川賊だって倒した……」
「あれは、安全な所から魔法を撃っただけだし」
「それでも、倒したことに違いはない……それに、自分に有利な場所で戦うのは冒険者として生き残るコツ……」
シューレは状況次第では、私をニャンゴに預けるつもりだそうだ。
「なんで? 私だって戦えるし、その為にシューレに鍛えてもらったのに、それでも討伐に参加できないなら、鍛える意味無いんじゃない?」
「別に、安全な場所に引き籠っていろという意味じゃない……」
「じゃあ、どういう意味なの?」
「乱戦になった場合、冒険者に狙われる可能性がある……」
「えっ、私が? なんで?」
「討伐の現場に猫人は居ないから……」
シューレに言われるまで私も忘れていたが、そもそも猫人の冒険者自体が珍しいのだ。
ダンジョンを探索する時に、地形や魔物の存在を探知するシーカーの中には少数だが猫人もいるそうだが、討伐を主に行う冒険者には猫人は居ない。
体も小さく、力も弱く、魔力も乏しいとされる猫人では、冒険者としてやっていけないというのが世間の常識なのだ。
空を飛んで、ワイバーンを一撃で倒すような魔法をバカスカ撃つ猫人が異常なのだ。
「じゃあ、私は討伐には参加できないの?」
「だから、状況次第……」
「状況次第って……どういう事なの?」
「チャリオットのメンバーで固まって行動できるなら、ミリアムにも参加してもらう」
「私が参加できない状況は?」
「チャリオットのメンバーがバラけて、他の冒険者と交ざって戦う場合」
チャリオットのメンバーならば、私の存在を認識してくれるが、他の冒険者からは下手をすると討伐対象の魔物と思われかねないようだ。
こんなに魅力的な私を魔物と間違えるなんて、あり得ない話だと思うのだが、討伐現場で興奮した状態だと猫人以外の人種でも間違われて同士討ちになる場合があるらしい。
「討伐に参加できない時、私は何をすればいい?」
「ニャンゴと一緒に上から攻撃を仕掛けて……」
ニャンゴは、空属性魔法で作ったボードに乗って移動が出来る。
ボードは物理的にも魔法的にも強化されているので、ゴブリンの弓矢や魔法程度ではビクともしない。
言ってみれば、安全地帯から魔法で攻撃するだけの楽な作業だ。
そんなやり方で、私の存在意義をアピールできるのか不安だが、任された場所で活躍できないようでは、一人前の冒険者とはいえないだろう。
シューレがニャンゴへ説明に行くと言ったので、私の事だから私が行くと言って役目を譲ってもらった。
「らめぇぇぇ……尻尾は、らめぇぇぇぇぇ……」
世間の常識から外れた猫人のA級冒険者は、レイラに尻尾を撫でられて悶絶していた。
「ねぇ、ちょっと相談があるんだけど……」
「にゃっ……そ、相談って依頼中のこと?」
「そうよ」
今更、真面目くさった表情を作ったところで、さっきの間の抜けた姿が記憶から消える訳ではないが、こちらが頼み事をするのだから見なかったことにしてやろう。
シューレと考えた対応策を伝えると、ニャンゴは二つ返事で了承してくれた。
「最初から俺は支援に回るつもりだったし、ボードに同乗するのは構わないよ。上からなら戦闘中のレイラやシューレのカバーが出来るしね」
「ありがとう」
どうやらニャンゴは、悪目立ちしないように裏方に徹するつもりらしい。
そんなの無理だろうと思ったけど、本人のやる気を削ぐ必要も無いので黙っておいた。
方針は決まったし、準備も終わった。
あとは現場で私の存在意義を証明するだけだ。
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