第596話 ジェット

「にゃにゃにゃ、空をこ~えて~、にゃにゃにゃ、星のか~なた~」

「ニャンゴ、ご機嫌ね」


 俺達チャリオットは契約通りに船の護衛をしながら旧王都へ戻ることになったのだが、出発前に大公家の騎士団が川賊を壊滅させたという知らせが飛び込んできた。

 つまり、帰りは襲われる可能性が限りなくゼロに近い、お気楽な船旅を楽しめるということだ。


 シューレ達は船の舳先に陣取り、行きと変わらぬ監視体制を敷いているが、これはミリアムの訓練のためだ。

 セルージョなんて酒こそ飲んでいないものの、川面を渡る風に吹かれながら舟を漕いでいる。


 ライオスは、暇そうな船員を見つけては話し掛けて、川の情報を色々と仕入れているようだ。

 川賊が居なくなったとしても、それで完全に護衛が要らなくなるとは限らない。


 川賊の真似をして、俺達ならばもっと上手くやれる……なんて考える不届き者が現れないとも限らない。

 ダンジョンの探索を再開させるための地下道が完成するには、まだまだ時間が必要だし、それまでの間に受ける依頼として旨みが有るか見極めているのだろう。


 そして俺はと言えば、レイラに抱えながら撮影してきたスラスターの魔法陣の検証作業を行っている。


「こ~こ~ろ楽しい、にゃにゃにゃ、ま~ほ~おぉ~の子~」

「それで、ニャンゴ、その魔法陣は何の魔法陣なの?」

「みゃ? 言わなかったっけ? これは空をビューンと飛ぶための魔法陣だよ」

「あら、今だってニャンゴは飛んでるじゃない」

「うん、でもこの魔法陣が本物で、上手く制御できるようになったら、もっと速く、もっと高く、もっと遠くまで飛んで行けるようになるんだ」


 スラスターの内部に格納されていた魔法陣は、俺が知っている魔法陣よりも何倍も複雑な形をしていた。

 あの立像が、実は実物大の模型だったとしたら、こんなに複雑な魔法陣を組み込む必要は無いだろう。


 それだけに、この魔法陣は本物である可能性が高い。

 ただし、本当に形が複雑で、これまでの魔法陣のように簡単に再現することは難しい。


「うにゅぅ……線の太さも、陣の幅も違っているし、これは難解だにゃぁ」

「本当に細かいのね。ニャンゴ、これを再現して検証するつもり?」

「勿論、そのつもりだよ。この魔法陣を解析して実用化できたら、海や山を越えて飛んでいける飛行機や、月まで行けるロケットだって作れるかもしれないんだ」

「月までって……冗談でしょ?」

「前世では、実際に月まで行った人がいたんだよ。それこそ国家が威信をかけた大事業だったけどね」


 アメリカの宇宙飛行士が月面に降り立ったのは、前世の俺が生まれる前の話だ。

 前世で生きていた頃には、リアルタイムで人が月面に降り立る様子は見られなかったが、国際宇宙ステーションからの生中継などを見た記憶がある。


「ニャンゴも月まで行ってみたいの?」

「うーん……行ってみたいけど、たぶん俺が生きている間に実現するのは無理じゃないかな」

「その魔法陣が実用化すれば行けるんじゃないの?」

「推進機があれば行けるって訳じゃなくて、水や食料、それに空気を維持する仕組みが必要になるんだ」

「空気って、この空気?」

「うん、地面から離れていくと空気が薄くなって、月が浮かんでいる場所には空気は存在していないんだ」

「そうなの? なんで?」

「えーっと……万有引力の法則っていうのがあって……」


 星の周りに空気が維持されている仕組みをレイラに説明するのに、ちょっと苦労してしまった。


「とにかく、宇宙に行くのは普通に空を飛ぶ何倍も大変で、あと百年以上は掛かると思う」

「それじゃあ、私達は無理ね」

「レイラは月に行ってみたい?」

「行けるならね。だって、私達がいる星がどんな姿なのか見てみたくない?」

「僕らが暮らしている星は、たぶん青くて綺麗な星だよ。ちょっと待って……」


 スマホを操作して地図アプリを起動して、実写のレイヤーに切り替えて画面をピンチインさせていくと、星の全体像が表示された。


「これが私達の星なの?」

「アーティファクトが使われていた頃のね」

「本当に青いのね……」

「青い部分は海で、緑の森、茶色い砂漠、白いのは雪や雲だね」

「凄いわね……ということは、この時代の人は月に行ってたってこと?」

「たぶん……もしかしたら、他の星にも行ってたかもしれない」


 これだけ鮮明な宇宙からの画像が撮影できる技術があるならば、月には到達していただろうし、もしかしたら他の惑星にも到達していたかもしれない。

 あるいは、この星に壊滅的な災害が発生して、住んでいた人達は宇宙に避難したのではないかと考えたこともあるが、そうだとしたら状況が落ち着いたら戻って来ているはずだ。


 もっと暮らしやすい星系を求めて外宇宙に行ってしまったか、あるいは移住先で災害が起こって全滅してしまったのだろうか。


「ニャンゴ、魔法陣の検証はしなくて良いの?」

「みゃっ、そうだった」


 レイラとの話に夢中になって、魔法陣の検証を忘れていた。

 地図アプリを消して、魔法陣の画像を表示させる。


 ピンチアウト、ピンチインを繰り返して細部を確認しながら、直径二メートル、厚さ五十センチ程度の大きさで魔法陣を作ってみた。

 普通の人の目には見えないけれど、作った俺は魔法陣の位置や形が把握できる。


 スマホの画像と見比べて間違いが無いか確認したら、魔法陣全体を五パーセントほど縮小してみる。

 ただ空気を固定しただけでは魔法陣は発動しないが、縮小して含まれている魔素が圧縮されると魔法陣が働き始める。


 魔法陣の中を魔素が巡り始めるのだが、これだけだと殆どの魔法陣が役目を果たさない。

 たとえば、水の魔法陣であっても、この状態では水は出てこないのだ。


 更に圧縮率を高めて、魔素が圧縮されて活発に循環し始めると、本来の機能が発揮される。


「うん、魔素はちゃんと流れているみたい」

「それじゃあ、これは本物の魔法陣なのね?」

「それは更に圧縮してみないと分からないよ」

「早くやってみましょう」

「舟の上だと危ないから、移動させるよ」


 もしジェットエンジンと同等の働きをするならば、舟の上で再現するのは危険だ。

 帆に風を受けて進む船の横、十分に距離をとってから魔法陣を直径三十センチ程度まで圧縮した。


 ヒュボォォォォ……


 圧縮をかけた直後、魔法陣から勢い良く炎と風が吹き出した。

 水飛沫と熱風が吹き付けてきて、慌ててシールドを展開すると同時に魔法陣の固定を解除した。


 轟音を残して、あっと言う間に魔法陣は空の彼方へ飛んでいった。


「なんだ、なんだ、なにしやがった、ニャンゴ!」


 居眠りを邪魔されたセルージョが怒鳴りちらしているけれど、それどころではない。

 立像から持ち帰った魔法陣は、紛れも無い本物だったのだ。


「すっげぇぇぇぇ! ジェットだ、ジェット! 本物だぁ!」


 今は画像を見ながらじゃないと再現できないし、出力の制御も全くできないけれど、ジェット推進の魔法陣が手に入った。

 制御できるのか、どの程度の魔力を消費するのか、実用化への課題は山積みだけれど、本職の魔道具職人が研究開発を進めれば、飛行機が実用化されるかもしれない。


 プロペラ機をすっとばしてジェット機を作るのはどうなんだとも思うし、飛行機が実用化されたら俺の存在価値が揺らぐかもしれない。

 でも、そんなことよりもジェットのロマンを多くの人が追い求める方が楽しいに決まっている。


 旧王都に戻ったら学院に報告に行こうと思いつつ、俺はジェットの魔法陣の検証作業を続けることにした。

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