第597話 研究室
旧王都へ戻った翌日、ジェットの魔法陣の情報を伝えに学院を訪れた。
受付で場所を聞いて向かった先は、クブルッチ教授の研究室だ。
初めてダンジョンの調査に来た時には、俺を劣等種なんて呼んだりする残念な人物だったが、一度解任された後に和解して、発掘品の調査に加わってもらっている。
旧王都の反貴族派は壊滅状態に追い込まれ、ダンジョンが崩落して以後、学院が襲撃された事は一度も無いそうだが、研究棟は大公家の騎士が守りを固めていた。
研究棟の出入口だけでなく、周囲や建物内部の廊下も巡回して目を光らせている。
学院がそれほどまでに神経を尖らせているのは、この研究棟に多くの発掘品が運び込まれているからだ。
その中でも最も重要視されているのが、ショッピングモール七階で発掘された百科事典だ。
アーティファクトが使われていた先史文明の情報が、写真やイラスト付きで網羅されている。
その情報を基にして、先史時代の文字の読み方や書き方を解き明かそうとしている。
百科事典の他にも多くの発掘品が運び込まれていて、その価値は天文学的な金額になる。
ダンジョンから運び出された品物は全て記録されていて、調査、査定後にチャリオットに対価が支払われる。
実動するスマホやタブレット、百科事典や写真集などで、俺達チャリオットには一生遊んでいても使いきれないほどの金額が支払われるはずだ。
廊下を進んで辿り着いたクブルッチ教授の研究室の入口には、二名の騎士が守りを固めていた。
王家の紋章入りのギルドカードを提示して、クブルッチ教授との面談を申し込んだ。
騎士の一人が教授に入室許可を取りに行き、もう一人は俺に向かって深々と頭を下げた。
「先日は川賊対策にご協力をいただき、本当にありがとうございました」
「既に討伐を終えられたと聞きましたが、仕事が速いですね」
「あんな連中をのさばらせていたら、治安が悪くなる一方です」
地下道の新設工事に伴う建設特需を支えるのに、川を使った輸送は大きな役割を果たしている。
その役目を邪魔する連中を放置してたら、折角の特需に悪影響を及ぼすだろう。
だからこそ、大公家の騎士団は、迅速に川賊の討伐を行ったのだ。
大公家の騎士から川賊討伐の様子を聞いていると、研究室の奥からクブルッチ教授が小走りで近付いてきた。
出会った時は、でっぷりと太っていたクブルッチ教授だが、当時と比べると目に見えて痩せている。
「これは、これは、エルメール卿、ようこそいらっしゃいました。ささ、散らかっていますが、どうぞお入り下さい」
「おじゃまします……これは!」
研究室の大きさは、高校の教室二つ分程度で、そこに幾つもの大きな机が並べられている。
部屋に入ってすぐ目に飛び込んできたのは、飛行機の模型だった。
その他にも、熱気球や飛行船のイラストが広げられていた。
「エルメール卿、こちらの図や模型がなんなのか、ご存じなのですか?」
「空を飛ぶための道具ですね?」
「流石はエルメール卿、おっしゃる通りです」
「実は、今日お伺いしたのは、空を飛ぶための魔法陣についての情報なんです」
「空を飛ぶための魔法陣! 一体どこで、そのような魔法陣と遭遇されたのですか?」
空を飛ぶための魔法陣と聞いて、クブルッチ教授が食い付いてきただけでなく、研究室で作業をしていた全ての人達がこちらに目を向けた。
「教授は、タハリに流れ着いた漂流船の話は御存じですか?」
「確か、遥か南の大陸から来たとか……」
「そうです。その漂流船の船底に巨大な立像が積まれていた事は御存じですか?」
「いいえ、詳しい話までは……」
クブルッチ教授は漂流船の噂を耳にしていたが、先史文明とは直接関りが無いと思って興味を持たなかったらしい。
そこで、タブレットを使って立像の説明から始めた。
「これが漂流船に積まれていた立像です」
「こ、これは……アーティファクトではありませんか?」
「その通りです。拡大すると分かると思いますが、かなり劣化していて、本来の機能は完全に失われています」
「まさか、この大きさの像が動いていたのですか?」
「確証はありませんが、この姿から変形して空を飛んでいたと思われます」
「えぇぇぇぇ!」
立像についての推論を伝えると、集まってきてタブレットを覗き込んでいた全員が驚きの声をあげた。
「エルメール卿、本気でそのような事を考えていらっしゃるのですか?」
「はい、理由は発見した魔法陣です。これは、立像の足の裏を写した画像です」
「これは……まさか!」
「飛行機の動力部に似ていると思いませんか?」
クブルッチ教授の下には、百科事典や写真集などから空を飛ぶ乗り物に関する情報が集まっているようだ。
飛行機の模型もジェット旅客機の情報を基にしているように見える。
「そして、これが内部の様子です」
「おぉぉ、なんと複雑な魔法陣だ。こんなに複雑な魔法陣を見たのは初めてです」
クブルッチ教授は、魔導車を開発したエルゲラ教授の助手をしていたそうだが、その研究過程でもジェットの魔法陣ほど複雑な魔法陣を見た記憶は無いそうだ。
陸上で使われていた動力部は、ジェットの魔法陣よりもシンプルな構造だったのだろう。
「エルメール卿、この魔法陣は本物なのでしょうか? ダンジョンで発見された魔法陣の中には、効果の分からない物や発動しない物も多く含まれていますが……」
「この魔法陣は本物です。これが魔法陣を検証した時の映像です。画面の中央に魔法陣を作って発動させますので、どうなるか見て下さい」
旧王都に戻ってくるまでに、何度もジェットの魔法陣の検証を行い、その時の様子を動画で撮影してきた。
スマホを縦に構えて撮影した映像では、発動と同時に勢い良く炎を噴出し、固定を解いた途端勢いよく上昇する様子が捉えられていた。
「これは……随分と小さいようですが、勢いは凄いですね」
「はい、立像に組み込まれていたサイズで発動させると威力が大きすぎるので、検証は小さなサイズの魔法陣で行いました」
「これで、どの程度の大きさですか?」
「そうですね……俺の手首ぐらいの太さですね」
猫人の体なので、一般的な人種だと子供と同じぐらいの太さだ。
「その大きさで、これだけの出力が得られるならば、立像が空を飛んでもおかしくありませんね」
「ただし、かなりの高出力ですが、魔法陣の出来不出来による出力差も大きいです」
「つまり、この複雑な魔法陣を高い精度で作らなければ、求める出力を得られなくなるわけですね?」
「その通りです」
ジェットの魔法陣についての情報を提供したが、一般の人が検証を進めるのは難しそうだ。
検証作業では、意図的にオリジナル魔法陣から形を変えて発動させると、爆発することもあったのだ。
それに、実際に打ち上げてしまうと、落下の衝撃で壊れてしまったり、回収できなかったりしそうだ。
その点、空属性魔法で作った魔法陣ならば、いくらでも作り直しができる。
情報は提供したが、検証作業については、俺が先陣を務めることになるだろう。
それにしても、まだ解読できていないとはいえ、空を飛ぶ乗り物の歴史が資料として存在する場合、これからどんな風に発展していくのだろう。
何も無いところから、いきなりジェット機の実用化はハードルが高すぎる気がする。
飛行機の基本構造を理解してから、推進機を取り付けて飛行することになるのだろうが、テストでは少なからぬ人の犠牲が出るだろう。
「どうされましたか、エルメール卿」
「あまりにも技術の格差が大きくて、追いつくのは大変そうですよね」
「そうですね。ですが、一から正解を導き出すのではなく、正解を理解するだけですから、先人の苦労に比べれば楽なものですよ」
新しい発見、理論、情報に追い回されているからか、以前に比べてクブルッチ教授は毒気が抜けたように感じる。
すでに、旧王都の学院には新王都の学院からも教授が派遣されてきて、共同研究が進められているそうだ。
「では、私の方でも検証作業を続けますので、また何か分かったら知らせにきます」
「はい、よろしくお願いいたします」
ジェットの魔法陣については、プリンターで印刷した画像も渡して、教授達に見送られながら研究室を後にした。
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