第595話 守り神の立像(後編)
漂流船の所有権を主張しているカラーヤ商会の会長サバリーは、分かりやすい欲の皮が突っ張った男だ。
自分の利益にならないと思う相手には見下すような態度をとるが、自分に利益をもたらす相手となると卑屈なほど下手に出る。
今も立像の吊り上げ作業が難航すると、作業員に対して苦虫を噛み潰したような顔を向けていたのに、俺が上空から近付いてくるのを見つけると満面の笑みを浮かべてみせた。
「これはこれは、エルメール卿。その節は大変お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ調査に協力いただきありがとうございました」
「今日は、この立像を見にいらしたのですか?」
「いえ、たまたま別の依頼でタハリまで来たのですが、こちらの様子が気になりまして寄らせていただきました」
「そうでございますか、どうぞどうぞ、近くで御覧になって下さい」
「ありがとうございます」
近くで見ると、立像は二足歩行が可能なロボット形態で、滑車から垂らされたロープだけで吊り上げるのは無理がありそうだ。
今は腰の辺りにロープが通されていて、滑車を使って吊り上げようとすると、腰のあたりの可動部が大きな軋み音を立てていた。
「サバリーさん、これは吊り上げるのは無理そうですね」
「エルメール卿も、そう思われますか?」
「俺の見立てだと、この立像はアーティファクトの一種だと思うのですが、かなり劣化が進んでいるようです」
「アーティファクト! 本当ですか?」
「詳しく調べてみないと分かりませんが、おそらく間違いないでしょう」
立像の関節部分の一部には、ゴム製らしい部品の残骸が見えているが、劣化してボロボロになっている。
ベアリングらしき部品は錆こそ浮いていないが、固着しているようだ。
「中止、中止! こんなやり方では壊れてしまう!」
俺が立像はアーティファクトだと伝えると、サバリーは作業員に対して大声を張り上げた。
幸い、立像は大きな箱の様なものに納められているので、このまま底を補強して台車に載せて移動させた方が破損する恐れは減るだろう。
ところが、サバリーの指示に牛人の男がを唱えた。
「今更中止なんて、話が違うではないか」
「このまま強引に吊り上げたら壊れてしまいます」
「考古学の専門家である我々に意見するつもりか」
「意見するつもりはございませんが、像はアーティファクトではないかと仰る方がおられまして……」
「アーティファクトだと? 誰がそんな戯言を申している?」
「あちらにいらっしゃる、ニャンゴ・エルメール卿です」
「エルメール卿だと……」
せっかく一仕事終えたばかりなのに、面倒事に巻き込まれたくないが、紹介されてしまったら無視する訳にもいかないだろう。
「初めまして、ニャンゴ・エルメールと申します。王家の調査をされていらっしゃる方ですか?」
相手の素性が分からないので、下手に出て挨拶したのだが、牛人の男性は戸惑ったような表情を浮かべている。
「わ、私は王都の学院で考古学を教えているフィゾルと申します。漂流船の調査に関して、全権を任されております」
フィゾルは家名を名乗らないから貴族ではないが、調査については王家の代理人という立場なのだろう。
突然現れた部外者の貴族に対して、扱いを苦慮しているようだ。
「エルメール卿、あの立像がアーティファクトだというのは本当ですか?」
「はい、実用品なのか、試作品なのか、それとも展示品なのかは分かりませんが、アーティファクトなのは間違いないでしょう」
「このまま吊り上げると壊れますか?」
「見た所、かなり劣化が進んでいますので、無理に吊り上げない方が良さそうです」
「そうですか……」
フィゾルは暫し腕組をして考え込んだ後、作業員達に吊り上げ作業の中止を命じた。
自分のやり方に固執する頭の固い人物でなくて良かった。
「エルメール卿、これは一体何だとお考えですか?」
「難しい質問ですね。これは、人間が乗って動かす工作機械、もしくは兵器ではないかと考えています」
「兵器……ですか?」
「その可能性も考えられるというだけで、詳しく調べてみないと分かりませんよ」
立像の胴体部分は戦闘機の先端部分を折り畳んだような形状をしているので、航空機と工作機械が一緒になったものというより兵器と考える方がしっくりくる。
ただ、胴体部分にガラス製の風防は存在せず、外板と同じような素材でカバーされている。
コックピットが存在していないのか、それとも外部の様子は全てモニターによって見る構造なのかも見ただけでは分からない。
俺としては、胴体付近を調べているうちに、不用意にボタンを押すとコックピットへの入口が開いたりしてほしいのだが、劣化の具合をみると無理そうだ。
魔力で動くものなのか、ジェットエンジンのような他の動力を使っているのかも分からない。
いずれにしても、倉庫の中で遥か昔からメンテ無しで死蔵されていた機械という感じで、原型を保っているのがやっとという感じだ。
「こんな大きな物が、本当に動いていたのでしょうか?」
「動かすつもりが無いなら、こんな作りにはなっていないと思いますよ」
「それは、そうですね。ですが、動く物だとすれば、なぜ船の底に祀られていたのでしょう?」
「動かすための知識が失われてしまったからでしょう。ダンジョンで発見されたアーティファクトの多くは、今の技術では再現不能な物が殆どです。この船は遥か南の島から来たと思われますが、そこでも先史時代の技術は継承されていないのでしょう」
「確かに、船の積み荷で実際に使われていたと思われる品物は、我々と同程度か少し技術的に劣っている物ばかりでした」
俺達が漂流船の調査を行った時、積み荷には魔導具が一つも無かった。
シュレンドル王国で使われている外洋船には、水の魔道具は当り前のように積まれているそうだが、その水の魔道具すら載っていなかったのだ。
蒸気機関や内燃機関のような物も積んでいなかったし、技術的に劣っているという評価は間違いないだろう。
結局、立像の吊り上げ作業は中止となり、現在置かれている箱を補強して台車に載せることになった。
作業が中止となったので、立像の近くまで行って見ることが出来たのだが、殆どの部分はカバーで覆われていて中身を確認出来ない。
「ねぇニャンゴ、まだ見て行くの?」
「うん、もうちょっと……」
俺は細かい部分も確認したいと思っているのだが、抱えているレイラは飽きてしまったようだ。
「レイラ、足の裏が見てみたい」
「足の裏? 何かあるの?」
「あるかもしれないからさ」
レイラを促して、立像の足先へ回ってもらうと、予想していた物があった。
「みゃっ、スラスターだ!」
「すらす……何?」
「レイラ、ちょっと降ろして、早く……」
「しょうがないわねぇ」
立像の足裏には、ジェットエンジンの噴射口を思わせる構造が組み込まれていた。
これが見掛け倒しでなければ、この立像は飛行していたはずだ。
「みゃみゃっ! 魔……」
「どうしたの、ニャンゴ?」
「後で説明する」
噴射口の内部を覗き込むと、そこには見たこともない複雑な魔法陣が組み込まれていた。
鞄からスマホを取り出して、魔法陣を写した。
もしかすると、ジェット推進の魔法陣かもしれない。
ダンジョンで見た写真集に載っていた飛行機のエンジン部分は、魔法陣の一部しか写っていなかった。
だが、今回は完全な形を写し撮れた。
ただし、この推進機は魔法陣を重ねた積層タイプの魔法陣を使っているかもしれない。
それは分解しない限り見られないし、今は外から見れる部分だけでも写し撮れたから良しとしておこう。
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