第594話 守り神の立像(前編)

 川賊の襲撃を退け、アジトの偵察を行った後は、目的地であるタハリまで何の問題も無く辿り着けた。

 船長のアルバーニさんによれば、これが当り前の状況だそうだ。


「そもそも、船を使って旧王都まで物資を輸送するのは、一度に大量の荷物を運べるのと、襲われる心配が無いからでした。それが、川賊なんて連中が現れたものだから、我々としてもほとほと手を焼いていたんですよ」

「川賊が現れる前は襲撃が無かったんじゃ、護衛とかも雇っていなかったんですか?」

「おっしゃる通りです。これまで護衛を雇う習慣が無かったので、どの程度の人数を雇えば良いのか、どんな冒険者に頼めば良いのかも分からず、ギルドと協議を重ねてきました」


 護衛の相談を受けたギルドでも、陸上の護衛とは状況が異なるし、川賊の連中は予想を上回る速さで対応してくるので、護衛の選定も苦労したらしい。

 依頼を受ける側の冒険者も、陸上とは勝手が違うので、受注を躊躇うことも多かったようだ。


「ですが、エルメール卿がアジトを見つけて下さいましたから、大公家の騎士団が対応してくれるはずです。これでまた、安心して船を動かせるようになります」


 襲ってきた川賊の連中が、拍子抜けするほど弱かったので、俺達としてはこれで終わりなのかと首を傾げてしまうが、船員たちの表情は明るい。

 何にせよ、俺達の依頼は上手くいったようなので、後は俺の所に川賊討伐の参加依頼が来るのを待つばかりだろう。


 討伐といっても、おそらく俺の役割は上空からの監視と誘導、情報提供などだろうから、危険は殆ど無いはずだ。


「なんだか、あっさり終わってしまって退屈ね」

「川賊の連中が乗り込んで来る前に撃退しちゃったからね、レイラの出番は無かったもんね」

「ホント、ニャンゴを抱えて船に揺られていただけよ。この分だと、帰りも何事もなく終わりそうね」


 チャリオットへの依頼は、旧王都と港町タハリとの往復の護衛になっている。

 タハリに着いた後は、荷物の積み込み作業があるので、出立は翌日以降になるはずだ。


 河口から回り込むようにして、タハリの港に船が接岸すると、待ち構えていた荷運び人が渡し板を通って乗り込んで来た。

 これから旧王都で仕入れた品物を下ろしてから、旧王都へ送る品物を積み込むそうだ。


 その間、俺達は依頼人が手配した宿で積み込み作業が終わるのを待つ。


「おー……やっと揺れない地面に降りられたぜ」

「セルージョは、いつもフラフラしているから川の上でも、陸の上でも変わらないんじゃないの?」

「ちっ、年がら年中フラフラ空を飛んでる奴が、言ってくれるじゃねぇかよ」

「セルージョよりは地に足を付けて生きてるつもりだけどね」

「へっ、俺みたいにフラフラ気ままに生きるのが冒険者の醍醐味なんだよ。お子ちゃまには分からねぇだろうな」


 分からないどころか、いかにも冒険者というセルージョの生き方は、ちょっと羨ましいと感じることもある。

 元祖チャリオットのセルージョ、ライオス、ガドの三人は、傍から見ていても強い絆で結ばれているのが分かるが、だからといって何から何まで一緒にやる訳ではない。


 今だってガドは兄貴と一緒に地下道の工事に参加してるし、たぶん宿に着いた後はセルージョとライオスも別行動するはずだ。

 バラバラに行動しながらも、チャリオットの利益になりそうなネタを拾ってくるし、いざ依頼ともなれば打ち合わせしなくても息はピッタリなのだ。


「あら、私から見たら、ニャンゴだってチャリオットの一員だなって感じるわよ」

「そう? 俺なんか王族とかに振り回されて、チャリオットの足を引っ張ってばかりって感じてるけど」

「とんでもない、王族の覚えも目出度いメンバーがいれば、パーティー全体の信用度はグッと上がるのよ」

「そんなもんかなぁ……」

「空からの偵察もニャンゴ以外には出来ない芸当だし、当然依頼の報酬も他よりも割高なのよ」

「でも、報酬が割高だったら依頼は減っちゃうんじゃない?」

「世の中の景気が悪ければね。でも旧王都は好景気だし、依頼は引っ切り無しにあるから心配無用ね」


 そろそろ宿に移動しようと思ったら、なにやら船の修理をするドックの方に人だかりが出来ている。


「何かしらね」

「行ってみようか」


 船の上で退屈していたレイラが興味を示したので、人だかりの方へと足を向けてみた。

 人が集まっている場所には、木組みで大きな櫓が組まれていて、渡された丸太には滑車が吊られている。


「ねぇ、何の騒ぎなの?」

「おぅ? あぁ、漂流船の守り神が取り出されるって話だぜ?」


 レイラが近くにいた野次馬のオッサンから聞き出した話によれば、新王都から来た調査隊の手で漂流船の解体作業が進められ、いよいよ船底に祀られている守り神が取り出されるそうだ。


「漂流船って、前にニャンゴが調査に来たやつじゃないの?」

「うん、船底に巨大な立像が祀られてるんだ」


 解体作業の現場には、ファティマ教の司教の姿もあり、何やら儀式を行っているようだ。

 俺が見た時には、注連縄と御幣で封じてあったから、祟りとかを恐れてファティマ教の司教を呼んだのだろう。


 少し距離があるので、どんな詠唱をしているのか聞き取れなかったが、宝珠の嵌った杖を掲げて司教が儀式を終えた後、いよいよ開封作業が始められた。


「ニャンゴ、立像って、どの程度の大きさなの?」

「ライオスの四倍ぐらいの高さがあったよ」

「そんなに大きいの?」

「うん、船のバランスを取るための重しの役割も果たしていたみたい」

「へぇ、そんなに重たいものとか邪魔じゃないのかしら」

「ただの立像じゃなくて、たぶんアーティファクトだと思う」

「えぇぇ? アーティファクトって、ダンジョンで見つかったみたいな?」

「探知魔法で探っただけだから、ハッキリとは分からないけど、たぶん先史時代には動いていたんじゃないかな」


 打ち付けてある板を剥がすような音が響いてきた後、作業をしていた人達が手を止めて驚きの声を上げた。


「何だこれは……」

「何で作られているんだ?」

「鉄なのか? それにしては音が……」


 断片的に聞こえてくる声が、猛烈に興味を掻き立てる。

 更に作業が進められて、立像を覆っていた板が取り払われていった。


「おいっ、見えないぞ!」

「痛っ、押すんじゃねぇよ!」


 騒然とする現場で、立像を吊り上げるためのロープが渡され始めたが、暫く待っていても吊り上げられる気配が無い。


「駄目だ、下手に動かすと壊れそうだ」

「人間みたいに関節が動くぞ」


 聞こえてくる声にますます興味をそそられるが、人垣が邪魔で殆ど見えない。


「ニャンゴ、行くわよ」

「えっ……」


 俺を抱えていたレイラは前に行くどころか、人混みの輪から抜け出した。


「さぁ、特等席に行きましょう」

「仕方ないなぁ……」


 空を指差して笑うレイラに抱えられる格好で空属性魔法で作ったボードに座り、人混みの上へと移動した。


「大きいわね。本当にあれが動いていたの?」

「さぁ、分からないけど、関節は動くって言ってなかった?」


 上空から見下ろすと、立像はシルバー、ブルー、ホワイトの三色に塗り分けられているようだ。

 形はガン〇ムやボト〇ズというよりも、マク〇スのヴァルキリーを連想する形だ。


「もしかして、変形するのか?」

「変形?」

「用途によって形が変わるタイプなのかも……」


 身長八メートル近い立像というかロボットは、関節が可動するように見える。

 手の指にも関節があって、マニュピレーターとして物を握れそうな感じだ。


 ただ、実動していたものなのか、それとも見世物として作られた物なのかは、見ただけでは判断が付かない。

 それでも、人型の大型ロボットであるのは間違いなく、興奮が止まらない。


「ニャンゴ、もっと近くで見せてもらったら?」

「いや、勝手に近付いたらマズいでしょ」

「そんな事ないでしょ。今やアーティファクトの権威だと名乗っても、異論は出ないと思うわよ」


 まぁ、近くで見たいのは確かだし、上から眺めていたら、漂流船の所有権を主張しているカラーヤ商会のサバリーさんが居たので、挨拶に出向くことにした。

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