第593話 大公家騎士団

 川賊の襲撃を退けた後、チャリオットはそのまま船の護衛としてタハリまで向かった。

 一方、大公家騎士団の五人は途中の船着き場で捕らえた川賊を連れて船を降り、隊長のメーベロスは馬を乗り継いでその日のうちに旧王都まで情報を持ち帰った。


 これは大公家騎士団の内部で、川賊のアジトの位置が判明した場合には最速で情報を持ち帰るように指示されていたからだ。

 旧王都での身元確認強化と時期を同じくして暗躍を始めた川賊による襲撃は、時と共に規模が大きく、凶悪になってきている。


 そのため、アジトの正確な場所を特定できた場合には、即殲滅を行うように通達が下されている。


「それにしても、あれほど精密な絵が描けるものとは思っていなかった」


 アーティファクトを活用したニャンゴの偵察については、メーベロスも噂は耳にしていた。

 今回の作戦に大公家がチャリオットを指名したのも、その偵察能力を当てにしていたからだが、実物はメーベロスの想像を遥かに超えていた。


 騎士団で日頃から目にしている地図をより詳細にした程度の物だとメーベロスは想像していたのだが、実物はまるで鳥になってそらから眺めているかのようだった。

 情報として持ち帰るために、アーティファクトから紙に描き写したのだが、余りの精度の違いに情けなくなったほどだ。


 これまで大公家騎士団では、捕らえた川賊を尋問してアジト内部の状況については、ある程度把握していたが、肝心の出入口の場所を特定できずにいた。

 だが、今回の偵察によってアジトへと通じる支流の位置、経路、見張りの有無が明らかになった。


 あとは、どのような手順で摘発を進めるかだ。

 夜半近くに旧王都へと帰り着いたメーベロスは、そのまま寝ずに摘発作戦の立案に取り掛かった。


 一つ目の計画は、アジトに通じる支流の入り口を船で封鎖し、川賊に対して投降を呼びかけるというもの。

 二つ目の計画は、一つ目の計画と同様に支流を封鎖するが、投降は呼び掛けずアジトまで強行突破を試みるものだ。


 三つ目の計画は、支流の入り口を封鎖するのは同じだが、アジトへは葦原を突破して向かうというものだ。

 三つの計画には、それぞれメリット、デメリットが存在している。


 メーベロスは、ニャンゴの偵察による情報を報告すると同時に、複数の摘発計画を提示することで自分をアピールするつもりでいる。

 書類を作り終わった後、二時間ほどの仮眠を取り、水浴びをして身支度を整えてからメーベロスは騎士団長の下へと朝一番に報告に出向いた。


「おはようございます」

「おはよう、その様子だとアジトの場所は特定できたようだな」

「はい、エルメール卿のおかげで出入りするための支流の位置、経路なども判明いたしました」

「よし、報告してくれ」

「かしこまりました」


 メーベロスは、騎士団が所有している地図とニャンゴによってもたらされた情報を合わせて、川賊のアジトについての詳細な報告をおこなった。


「なるほど、そこまで詳細に探れるものなのか……やはり大したものだな」

「はい、実際のアーティファクトを御覧になれば、より詳細な情報が見れるのですが……」

「まぁ、見られた方が良いが、この情報だけでも問題は無かろう。あとは、どのように摘発を進めるかだな」

「一応、三通りの作戦を考えてみました」

「ほぅ、聞かせてもらおうか」


 メーベロスは、三通りの作戦とメリット、デメリットについて報告を行った。


「投降を呼びかける作戦は、一番被害を少なく出来る一方で解決までに時間を要します。二番目の方法では、粉砕の魔道具による待ち伏せが行われた場合には、騎士団員に死傷者が出る恐れがあります。三番目の葦原を突っ切る方法は、川賊の意表を突いて、一番被害を少なく解決までの時間も短く出来ると思われます」

「分かった、参考にさせてもらおう。ご苦労だったな、戻って休め」

「はっ、かしこまりました!」


 大公家の騎士団長は、メーベルスの報告を基にして副官と共に摘発作戦の立案に取り掛かった。

 騎士団長が選択したのは、メーベルスが提案した三番目の作戦だった。


 川賊の連中は捕まれば処刑されると知っているので、投降を呼び掛けても時間の無駄になるだけだ。

 そして、反貴族派の連中が加わっているので、粉砕の魔道具を使った待ち伏せが行われている可能性が高い。


 細い支流を通って踏み込めば、自分から罠に掛かりに行くようなものだ。

 葦原を切り開いて行くことは、労力を要するが待ち伏せに遭う確率は低い。


 単純に人力で葦を刈るのは大変だが、風属性の魔法で切り飛ばせば短時間で終わらせることは可能だ。

 もう一つ、葦原を抜けていく方法ならば船に分乗する必要がなく、大人数を一気に突入させることが可能になる。


 想定される川賊の戦力、これまでの尋問によって明らかになっている行動パターン、アジト内部の構造などを基にして、摘発に向かう騎士団の人数を弾き出す。

 それに加えて、今回の摘発作戦では葦原を切り開いたり、アジトへの突入口を開ける工作員も同行する。


 摘発計画立案後、騎士団長は大公アンブロージョ・スタンドフェルドから作戦実行の許可を得ると、直ちに人員の招集を行った。

 川賊の推定戦力七十から百名に対し、大公家騎士団の突入部隊百五十名、封鎖部隊五十名、工作員三十名という大部隊だ。


「我がスタンドフェルド領の治安を乱す川賊を完全に排除する。抵抗する輩は容赦なく斬り捨てろ!」


 昼過ぎに旧王都の騎士団を出発した一行は、日没までに目的の葦原へと辿り着いた。

 四隻の大型船に乗り込んだ封鎖部隊も、支流との合流点近くに錨を下ろした。


 葦原に到着した部隊は野営の準備を始める一方、工作員たちは葦の刈り取り作業を始めた。

 横並びになった四人が風属性の魔法で葦を切り飛ばし、幅十メートルほどの通路を作っていく。


 魔力切れを起こす前に交代しながら進み、一時間半ほどで目的の場所まで辿り着いた。

 大公家の騎士団が目指した場所は、二つあるアジトの出入口の中間地点だった。


 川賊が使っているで出入口には粉砕の魔道具による罠が仕掛けられているという情報があるので、土属性魔法で新たな入口を作って突入する計画だ。

 夜半前に突入準備を終えた大公家の騎士団は、川賊共が寝静まるのを辛抱強く待ち続けた。


 これまでの尋問によって、川賊は夜ごと酒盛りを繰り返しては昼近くまで起きて来ない連中が多いという生活パターンが判明している。

 大公家の騎士団は、夜明けと共に川賊の摘発に着手した。


 アジトの壁を壊し、外部からの新たな階段を通って、大公家の騎士は次々に内部へと踏み込んでいく。

 酔い潰れて眠り込んでいる川賊を見つけると、容赦なく短剣で心臓を貫いて命を奪っていく。


 足音に気付いて目を覚ました者もいたが、叫び声を上げるよりも早く首を斬られて沈黙させられた。

 人質となっていた八人の女性を救出し、総勢八十三名の川賊を討ち取るまでに要した時間は僅か三十分ほどだった。


 支流を見張っていた総勢六人の川賊は、騎士団の接近に全く気付いておらず。

 アジトの方から近付いてきた騎士団員に対して、もう交代の時間かと訊ねた者までいた。


 こうして旧王都を騒がせていた川賊は壊滅させられ、大公家騎士団の手際の良さを世に知らしめることとなった。

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