第592話 川賊(後編)

 川賊のアジトを上空から偵察、撮影した後、川を下ってきた船に戻った。

 甲板の上には大公家の騎士に捕らえられた川賊と戦闘で命を落とした遺体が引き上げられていた。


「ちくしょう、黒い悪魔め!」


 縛られていた川賊の一人が、俺の姿を見て毒づいた。


「お前、反貴族派か」

「な、何言ってやがる、反貴族派とか知らねぇ……」

「その反応でバレバレだよ」


 反貴族派の連中からは、これまで何度も『黒い悪魔』呼ばわりされている。

 まったく、こんな愛らしい姿をしている俺を台所の隅に潜むGのごとく言うのは止めてもらいたい。


 だが、予想していたとはいえ川賊に反貴族派が合流しているのは少々厄介だ。

 元反貴族派と思われる川賊をジッと観察していると、騎士団の隊長が話し掛けて来た。


「お疲れ様です、エルメール卿。首尾はいかがですか?」

「はい、バッチリ追跡してアジトの場所も突き止めました」

「おぉ、ありがとうございます」

「葦原の中を流れる支流の先に隠れるようにして船着き場が作られていました。川賊の連中は、そこから葦の茂みに姿を消したので、その先にアジトの入り口があるはずです」

「よしっ、これで一気に摘発を進められます」


 捕らえられた川賊に聞こえるように話をしたのだが、アジトを発見したと話した時には動揺していたが、船着き場や一斉摘発の話になるとニヤニヤと笑みを浮かべていた。


「あと、その船着き場とは別に、屋根の上に葦を植えて隠してある船着き場があります。別の支流に繋がっているので、両側から摘発に向かう必要がありますね」

「なんと、そんなに用意周到なのですか」


 二ヶ所目の船着き場の話をすると、川賊の男は悔しそうに舌打ちしてみせた。

 この様子から見ても、船着き場は二つだけのようだ。


 船着き場の場所に加えて、支流と本流の合流地点などに配置されている見張りの位置などを伝えていくと、川賊の男は苦々し気な表情で俺を睨みつけてきた。

 もしかすると、反貴族派として活動している頃にも、俺が提供した情報によって痛い目に遭ったのかもしれない。


「それにしても、反貴族派の連中が加わっているとなると面倒ですね」

「と言いますと?」


 俺の指摘に大公家騎士団の隊長は理由を訊ねてきた。


「どの程度の人員や物資が持ち込まれているのか分かりませんが、粉砕の魔道具などまで持ち込まれているならば、摘発の時には注意が必要です」

「水路や船着き場に仕掛けられているということですか?」

「その可能性は十分に考えられますね」


 細い支流を通るしか辿り着く手段の無いアジトは、粉砕の魔道具を使って待ち伏せを行うのに適した環境だ。


「なるほど、確かに粉砕の魔道具を使った待ち伏せには、我が騎士団も何度か被害を被っています。見張りの配置など、もう少し詳しい情報を教えていただけますか?」

「勿論です。それと、奴らからも可能な限り聞き出した方がよろしいかと……」


 捕らえられた川賊の方に視線を向けたが、隊長は軽く首を振ってみせた。


「おそらく末端の連中は、待ち伏せの場所などの情報を持っていないと思います」

「そうなんですか?」

「情報を持っているならば、こんなに簡単に切り捨てられないでしょう」


 確かに組織の存亡に関わる情報を持っている者ならば、救い出すか、口を封じるか、いずれかの方法を試みるだろう。

 簡単に切り捨てられた時点で、重要な情報は持っていないと判断すべきなのだろう。


「では、尋問は行わないのですか?」

「いいえ、勿論行います。例え重要な情報を持っていないとしても、知っていることは全て吐かせますよ」


 隊長はニッコリと微笑んでみせたが、目は全然笑っていない。

 前世の日本とは違って、シュレンドル王国では犯罪者の人権は擁護されない。


 尋問というよりも、拷問と呼んだ方が相応しい取り調べが当たり前のように行われる。

 捕らえられた川賊達は、大公家の施設に送られて、厳しい取り調べを受けることになるそうだ。


「川賊のせいで、多くの者が命や財産を失っています。こいつらも犯罪に加担した時点で、掴まればどんな扱いを受けるのかは覚悟しているでしょう。ですが、うちの取り調べは甘くないですよ。世の中には死んだ方がマシだと思えることも有るのだと、直ぐに理解するはずです」


 自信たっぷりな隊長の言葉を聞いた川賊の一人が、悲痛な声を上げた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! 俺は、こいつらに捕まって無理やり仲間に引きずり込まれただけで、仕方なく加わっていただけなんだ!」

「手前ぇ、汚ぇぞ! 喜んで仲間になったくせに、ふざけんな!」

「そんなの演技に決まってんだろう。そうでもなきゃ殺されると思ったからだ!」

「嘘つけ、捕まえた女を最後まで嬲ってやがったじゃないか!」

「うるさい、黙れ!」


 見苦しい仲間割れを始めた川賊を隊長が一喝して黙らせた。


「苦しみたくなかったら、素直に取り調べに応じるんだな。どんな処遇になるかは、お前らの態度次第だ」


 そう言い放つと隊長は、詳しい情報を聞かせて欲しいと俺を船室へと誘った。

 船室でテーブルを挟んで向かい合ったところで、隊長に川賊の処遇を訊ねてみた。


「あいつらは助かる可能性もあるのですか?」

「ありませんね。我々が見ている前で船を襲っているのですから、全員処刑です」

「えっ、でも苦しみたくなかったら素直に喋れって……」

「そうですね。素直に取り調べに応じれば、少しは苦しまずに死ねるでしょう」


 取り調べに対して素直に喋らなければ、死ぬよりも苦しい責めを味わうことになる。

 そして、素直に取り調べに応じれば、その内容が正しいと確信が持てるまで責め続けられる。


 いずれにしても厳しい取り調べを受けるのは間違いなく、その差は微々たるもののようだ。

 そんな辛い思いをしたくないなら、最初から犯罪などに加担しなければ良いのだ。


「川賊の連中が、刑に服した後で更生する余地は無いのですか?」

「ありませんね」


 反貴族派として騙され、利用されていた者達に再起の道が示された例を踏まえて訊ねてみたのだが、大公家騎士団の隊長はあっさりと否定した。


「反貴族派に加わっていた貧しい連中は、自分達が騙されていることにすら気付いていなかった者達で、正しい知識、認識を得られれば更生する余地もあるでしょう。ですが、川賊の連中の行動は思想などを抜きにした純然たる犯罪行為です」


 隊長の言う通り、反貴族派の中には食料を貰えるからという理由で加わり、犯罪行為だと認識せずに活動している者も多かった。

 自分達が騙されていたと認識すれば、更生する可能性は残されている。


「川賊が活動を始めたのは旧王都の身元確認が厳しくなった後です。罪を認めて償う機会があったにも関わらず、己の罪を認めず更に罪を重ねるような連中に情状の余地などありませんよ」


 大公家では、身許確認を厳しく行うようにした後、過去の罪を認めて自首してきた者に対しては寛大な処分を行ったそうだ。

 勿論、殺人などの重罪を犯した者には厳しい処罰を行ったそうだが、盗みなどの罪に対しては罰金刑などで済ませ、生活状況を報告させる保護観察処分を下したらしい。


「心の弱さから犯罪に手を染めてしまうことは、誰の身にも起こり得る事態ですが、己の才能を正しく用いず、大規模な隠れ家を築き、襲撃を繰り返すような者が更生するとは思えません」


 これまでに報告されている被害の内容なども考慮し、大公家では川賊は全員捕らえて処刑するという方針が決まっているそうだ。


「エルメール卿、アジトの摘発の際には、またご協力をお願いしたいのですが……」

「構いませんよ、可能な限り損害は少なく、一人残らず摘発できるように協力させていただきます」


 隊長には、アーティファクトの画像を提示しながら、細かい情報まで漏らさずに伝えた。

 大公家としては、持ち帰った情報を基にして川賊のアジト摘発計画を作成するそうだ。

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