第591話 川賊(中編)

「見ろよ、女が乗ってるぞ」

「うひょぉぉぉ、今夜は寝かせねぇぞ」a

「たっぷり可愛がってやるぜぇ!」


 近付いてきた川賊は、舳先に立つシューレの姿を見て下品な歓声をあげる。

 その直後、シューレは腰の後ろに差していた短刀を抜く手も見せず、左舷側に近付いて来た小船目掛けて振り抜いた。


「うぎゃぁぁぁぁぁ!」


 好色そうな笑みを浮かべていた、太った牛人の男が小船ごとシューレが放った風の刃に切り裂かれ、悲鳴を上げながら川に落ちた。

 切り割られた小船も浸水を始めて、ズブズブと沈んでいく。


「くそっ、冒険者だ! 矢を射掛けろ!」


 川賊の首領らしき虎人の男が怒鳴った直後、ライオスから指示が飛んだ。


「ニャンゴ、撃て!」


 準備していた砲撃用の魔法陣を即座に発動させる。

 ドンっと重たい発射音が川面に響き、魔法陣と右舷側の一番前にいた小船が火線で結ばれ、乗っていた川賊ごと木っ端みじんに吹っ飛んだ。


 更には、余波をくらって二番目の小船がひっくり返り、川賊たちが水の中へと放り出されたのを見て、すかさず追撃を加える。


「雷!」


 転覆した小船の近くに雷の魔法陣を発動させて川面へ落とした。

 バシーンという大きな音と共に火花が走り、川に落ちた連中は動きを止めてプカーっと漂い始める。


 砲撃の音と威力に驚いて川賊達の矢を射る手が止まったのに対して、左舷からセルージョが立て続けに矢を放ち、確実に賊を仕留めていく。

 もう一発砲撃を放ち、更に一艘の小船を粉砕すると、川賊たちは大慌てで小船の向きを変え始めた。


「逃げろぉ! 撤退だ!」


 一番離れた場所にいる小船の上で、ドラ声を張り上げている虎人の男に探知ビットを貼り付ける。

 薄くて、丈夫で、目立たない、これでもう逃げられないぞ。


「なんでぇ、なんでぇ、全然骨のねぇ連中じゃねぇかよ」


 あっさりと撤収していった川賊を見送りながら、セルージョが物足りなそうな声を上げた。


「今まで楽に稼いでいたから油断してたんじゃないのか?」


 ライオスの言う通り、指示に従って即座に帆を下ろしたので、川賊からは無抵抗なカモに見えたのかもしれない。

 それに、敵わない相手だと分かったら、損害を増やす前に撤退するのは賢明な判断だろう。


「ライオス、それじゃあ空から追跡してくるね」

「船の上からじゃ駄目なのか?」

「上から見た方が場所が良く分かると思う」

「そうか、分かった」


 ステップを使って上空へと駆け上がり、空属性のボードに乗って川賊の小船を追跡する。

 逃げると決めたら川賊達の行動は迅速で、四人がオールを漕ぎ、一人が舵をとって下流目指して速度を上げて進んでいく。


「てか、船から落ちた連中は回収しないのか?」


 少なくとも十人以上の川賊が吹き飛ばされたり、引っくり返った小船から投げ出されて川に落ちているのだが、全く助けようとする気配が見えない。

 下手に助けようとすれば、自分達も同じ運命を辿ることが明白ならば、切り捨てるという掟なのだろう。


 川に落ちた川賊の何人かは、大公家の騎士によって捕らえられたようだ。

 そうした状況を確かめることもなく逃亡を続けた川賊の小船は、葦原にポツンと生えている木の近くの細い支流へと入っていった。


 上空から眺めると、下流側に向かって斜めに合流する支流は、すぐに大きく蛇行してSの字を描いている。

 たぶん、船の上から眺めると、支流があることにすら気付けないかもしれない。


「うわぁ、ロータリーになってるのか……」


 これも上から見ているから気付けるが、支流は大きな円を描くように流れていて、小船は細い支流で向きを変えなくても川に戻れるようになっている。

 どうやら、そのロータリーの奥が川賊のアジトのようだ。


 小さな船着き場があって、小船が寄っていくと葦を掻き分けるようにして人が現れた。

 空属性魔法で作った集音マイクで、話し声を拾ってみる。


「どうした、しくじったのか?」

「くそっ、腕っこきの冒険者を雇ってやがった」

「冒険者が護衛に付くのは珍しくねぇだろう」

「一撃で小船が木っ端みじんに吹き飛ぶような魔法を撃ってくるんだぞ、あんなの相手にしてらんねぇよ!」


 山賊が馬車を襲う場合、馬車を壊しても積み荷を奪って逃げれば良いが、船の場合は沈めてしまったらお宝は手に入らなくなってしまう。

 乗員や乗客を殺害しても、お宝を奪うまでは船を沈められないのだ。


 逆に迎え撃つ側は、容赦なく川賊の船を沈められる。

 相手次第で、川賊は恐ろしく割の合わない仕事になるという訳だ。


「何艘沈められたんだ?」

「四艘だ」

「ちっ、またどこかから調達しないとだな」


 川賊達は船着き場に小船を繋ぐと、葦原の中へと姿を消して行く。

 葦原に隠れた秘密基地とか、めっちゃ興味を引かれるけど、一人で突入するわけにはいかないので、上空から水路の様子を撮影して船に戻ることにした。


 写真を撮っていて気付いたのだが、葦原のあちこちに見張りが潜んでいた。

 本流との合流地点や、アジトへ向かう支流の分岐点など、監視と案内を兼ねているみたいだ。


「うーん……もしかして、別の脱出ルートとかあるのかな?」


 ロータリー状の水路、目立たない船着き場、葦で見えないアジトなど、感心させられることばかりだが、一つ気になることがある。

 戻って来た小船以外の船が見当たらないのだ。


 これだけの用意をしている連中が、脱出用の船を用意していないとは思えない。

 だとすれば、別の出入り口や船着き場があるのではなかろうか。


 グルリと上空を旋回しながら眺めていると、五十メートルぐらい離れた場所に、不自然な葦の茂みがあった。

 そこだけ周囲よりも葦の背が高いようにみえる。


 しかも、そこで細い水路が途切れている。


「うわっ、見張りがいるよ……」


 どうやら土の屋根を作り、葦を植えて船着き場をカモフラージュしているようだ。

 水路は、先程とは別の支流に繋がっているようで、向こうから摘発を行えば、こちらから逃げ出す算段が出来上がっているのだろう。


「ヌートリアみたいな連中だな……まさか、他にも船着き場が隠れているとかないだろうな」


 高度を変えて、全体が写るように撮影したり、他にも不審な場所が無いか探しまわったが、どうやらアジトへの出入口は二ヶ所だけのようだ。

 虎人の川賊に貼り付けた探知ビットの反応は、葦原のど真ん中から伝わってくる。


 アジトの内部の様子を見てみたいし、人質がいる可能性もあるから砲撃で破壊する訳にはいかないだろう。

 大公家の騎士団が摘発を行うのだろうが、当日は上空からフォローした方が良い気がする。


 山賊や盗賊は、掴まれば原則処刑されてしまうので、とにかく逃げることを重視するなら、船ではなく葦原に身を隠して歩いて逃げる可能性もある。

 ざっと見ただけでも東京ドーム何十個分の広さがある葦原で、相手の姿も見えない状態で追い掛けっこをするなんて気が遠くなりそうだ。


 これだけ葦が密集していると、探知魔法でも探しきれないだろうし、摘発は困難を極めそうだ。

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