第590話 川賊(前編)

 旧王都の船着き場は、東西に延びる街道に架かる橋の南側にある。

 港街タハリとの間を行き来する船の多くは帆船で、街道に架かる橋の下を潜れないからだ。


 この橋よりも下流には橋は無く、対岸に渡るにも渡し舟を使っているそうだ。

 依頼当日の早朝、前日の打ち合わせに参加していたカバ人の船長アルバーニさんが、船着き場でチャリオットのメンバーを出迎えてくれた。


「本日は、よろしくお願いいたします。エルメール卿」

「いやいや、今日の俺はパーティーの一メンバーですから、冒険者ニャンゴとして扱って下さい」


 兄貴とガドは地下道の工事現場に作業に出掛けるので、チャリオットから参加するのは、ライオス、セルージョ、シューレ、レイラ、ミリアム、それに俺の六人だ。

 乗り込む船は想像していたよりも大型で、全長は四十メートルぐらいありそうだ。


 船体中央より少し後方にメインマスト、少し前方にサブマストが立っている。

 今日は北西寄りの風が緩やかに吹いているので、タハリに向かうには絶好の風向きだそうだ。


 船上には大公家騎士団の隊長と騎士四人が既に乗り込んでいた。

 騎士ではあるが、今回は鎧も騎士服も身に付けておらず、船員と同じような服装をしている。


 騎士団が同行しているのがバレて、川賊が襲撃を取りやめないようにするためらしい。

 この五人が、撃退した川賊を捕らえる役目を果たすそうで、全員が泳ぎが得意な水属性の持ち主だそうだ。


「エルメール卿、私は隊長を務めていますメーベロスと申します。タハリまでの道中、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。俺達も可能な限り捕縛に協力するつもりです」

「ありがとうございます」


 俺達が顔合わせをしている間にも、船員たちは慌ただしく動き回って出航の準備を整えていた。

 艀に引かれて川の中程まで進むと、一気に帆が揚げられ、ぐんっと船足が速くなった。


 このままの風が続けば、明後日の昼前にはタハリに到着できるはずだ。

 問題は、どこで川賊の連中が襲撃を仕掛けてくるかだ。


 チャリオットは、船首にシューレとミリアム、左舷中程にライオスとセルージョ、右舷に俺とレイラという布陣だ。

 船足が速い場合、川賊は後方からではなく、正面や横手から攻めてくることが多いらしい。


 自分達も交易船であるようなフリをして、すれ違いざまに船体をぶつけて乗り込んでくることが多いようだ。

 逆に船足の遅い船に対しては、後方から忍び寄って乗り込んで来ることが多いらしい。


 ただ、どちらの方法で攻めて来るにしても、船で近付いて来ることに変わりはない。

 不審な船影が見えない限り、のんびりと川下りを楽しんでいるようなものだ。


 三月下旬とは言え、早朝の空気はヒンヤリとしている。

 俺は甲板上に空属性魔法で作ったソファーに腰を下ろしたレイラに抱えられ、カイロ代わりにされながら周囲の様子を見守っている。


 船着き場を離れてから三十分ほど過ぎると、川岸は葦で覆われ始めた。

 葦原が広大で、川賊のアジトが見つけられないと聞いた時には、少々大袈裟ではないかと思ったが、実際に目にしてみると納得だ。


 川幅は百メートルぐらいあるが、両岸の葦原は数倍の広さがありそうだ。

 それがタハリまでの殆どの流域に広がっているとなれば、確かに見つけるのは困難だろう。


 葦は日除けや敷物、籠など工芸品や紙の材料としても使われているそうだが、葦原が広大すぎて使い切れないようだ。

 その葦を隠れ蓑に使おうと考えた川賊は、ある意味で頭の良い奴なのだろう。


「すごいね、葦の海みたいだよ」

「そうね、でもずっと見てると飽きるわ」

「葦の根元は魚の産卵場所や隠れ家になるし、野鳥の巣にもなるんだよ」

「それじゃあ、昼のおかずは魚か鳥かしら?」

「船の上じゃ、あんまり期待は出来ないけどね」


 確かにレイラの言う通り、変化の無い風景はずっと見ていると退屈だ。

 加えて、緩やかな風に押されて、船は滑るように川面を進んで行く。


 更には、レイラの体温と乳枕が加わり……眠たくなってくる。

 油断するとカクンと頭が落ちそうになる。


「ふふっ、シューレとミリアムが船影を見つけるまでは寝ていてもいいわよ」

「うにゃうにゃ……それでは冒険者としての示しがつかにゃぃ……」


 とは言っても、眠たいものは眠たいのだ。

 春眠暁を覚えず、葦原に鳥鳴くを聞く……にゃのだ。


「左舷に船影!」


 ウトウトとしていたら、シューレの鋭い声が聞こえて来て目が覚めた。

 レイラの膝から降りて臨戦態勢を整えたが、川で漁をしている漁師の小舟だった。


 川では小魚やウナギ、ナマズなどの漁が行われていて、旧王都では川の魚もタハリから運ばれて来る海の魚も両方味わえる。

 鮮度の良い小魚のから揚げはサクサクで、うみゃうみゃなのだ。


 ただ、やはり船の上での昼食は予想していた通り、チーズを挟んだパンとお茶だけの簡単なものだった。

 うみゃうみゃは、タハリまではお預けになりそうだ。


 早朝は川面に靄が立ち込めて、船上はピリピリした空気に包まれていたが、日が昇って見通しが利くようになると共に船上の空気も緩んでいった。

 情報によれば、川賊が襲撃を仕掛けるのは昼過ぎから夕方が多いらしい。


 捕縛した川賊の証言によれば、襲撃が成功したら夜中まで酒盛りをしているので、そもそも朝は起きられないらしい。

 ただ、大きな儲けが見込まれる船が通る情報があった時には、その限りではないようだ。


 今回の計画では、俺達の乗り込んでいる船は『巣立ちの儀』用の商品を満載して旧王都に向かい、金塊で代金を受け取ってタハリに戻る途中という情報を流しているらしい。

 そんな情報に川賊が引っ掛かるのか、そもそも情報を捉えられているのか疑わしいが、やらないよりはマシなのだろう。


 昼食の後、大公家騎士団の隊長から、これから夕方までの時間が一番危険だと改めて説明があり、全員が気を引き締め直した。

 前世日本の感覚だと、真っ昼間の明るい時間に襲撃なんて……と思ってしまいがちだが、そもそも目撃者の数が違いすぎる。


 日本のように、街道ならば頻繁に人が往来していて、事件が起これば通報によって警察が迅速に駆け付けてくれる……なんてことは無いのだ。

 場所によっては、泣こうが喚こうが誰にも知られることは無いし、例え目撃者がいたとしても助けが来るなど稀だ。


 よほど腕の立つ親切な冒険者でもなければ、盗賊に戦いを挑んでまで見ず知らずの人を助けてくれたりしない。

 むしろ、目撃したと知られれれば自分も危険だと、身を隠すのが当り前なのだ。


 ましてや、川の上ともなれば更に目撃者は減るし、助けが来る可能性など期待できない。

 言うなれば、襲う側にとってこの上なく有利な状況なのだ。


 そして、昼食後一時間ほど経った頃、シューレが声をあげた。


「両岸に船がいる。数は五、六……まだ増えそう!」

「来るぞ、ニャンゴ。何隻か残して、他は沈めていいぞ!」

「了解!」


 事前の打ち合わせで、川賊が使う小舟が増えているという情報は聞いている。

 俺が追跡に利用する船を除けば、戦力を削ぐためにも川賊の船は沈める作戦だ。


「うらぁぁぁぁ、帆を下ろして止めろ!」

「直ぐに止めなきゃ命は無いと思え!」


 川賊の船は全部で八隻、ざっと数えても五十人以上が分乗している。

 全員が大声を上げ、槍や銀色の筒を振り上げて威嚇している。


「帆を下ろせ、引き付けて殲滅するぞ!」


 抵抗を止めたと思わせると同時に、帆を守るために急いで帆が下ろされると、一気に船足が遅くなった。

 それを見た川賊が、更に大きな声を上げて近付いて来た。

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