第589話 依頼前日

 旧王都に戻って三日目、俺はライオスと一緒に冒険者ギルドへと出向いた。

 明日から行う予定の川賊討伐について、関係者と打ち合わせるためだ。


 打ち合わせには、冒険者ギルドの担当の他に、大公家の騎士団からも人が派遣されて来るらしい。

 川賊の存在は、大公家にとっても頭の痛い問題なので、この際一気に片を付けてしまいたいのだろう。


 ギルドの職員に案内された会議室には、ギルドマスターのアデライヤと騎士らしき男性が二人、それに船乗りらしい中年男性が二人待っていた。

 ライオスに続いて俺が部屋に入ると、アデライヤと騎士二人が椅子から立って頭を下げた。


 船乗りらしい男性二人は、何事かと戸惑った様子だったが、慌てて立ち上がって騎士達を真似て頭を下げた。


「どうぞ、楽にして下さい。今日は冒険者として参加させていただきますので、堅苦しいのは無しにしましょう」


 ここはライオスではなく俺が言わないといけないと思って声を掛けると、アデライヤと騎士が頭を上げ、船乗りらしい二人は首を捻っていた。

 俺とライオスが先に座ると、ようやくアデライヤと騎士も腰を下ろし、続いて中年男性二人も席に着いた。


 この先ずっと、こんな感じが続くのかと思うと、ちょっと面倒だと感じてしまう。


「エルメール卿、名誉子爵への陞爵おめでとうございます」

「ありがとうございます。ですが、今日は川賊討伐に参加する一冒険者なので、そうした話は抜きにしましょう」

「わかりました、それでは早速ですが計画について説明させてもらいます」


 アデライヤの言葉を聞いて、ようやく船乗り二人は俺の素性に気付いたらしく、改めてペコペコと頭を下げてみせた。

 打ち合わせに参加している騎士二人は、大公家の騎士団の分団長と副官で、船乗りらしい二人は船主と船頭だそうだ。


「大まかな計画としては、こちらのマンティスさんの船を冒険者パーティー・チャリオットに護衛してもらい、川賊が現れたら派手に撃退してもらう。その上で、大公家の騎士団が川賊の捕縛を試みるという流れになる」


 大公家の騎士団からは、泳ぎが得意な水属性の魔法が使える騎士が同行するそうで、川賊の一味を捕らえて、アジトの場所を聞き出すつもりらしい。


「あのぉ、ちょっとよろしいでしょうか?」

「なんでしょう、エルメール卿」

「俺の魔法を使えば追跡が可能なので、状況次第ですが上空からアジトまで調べてしまおうかと思ってます」

「そんな事が可能なんですか?」

「えぇ、アーティファクトを活用すれば、アジトの場所までの地図も作れると思いますよ」


 新王都の警備で使った手法を話すと、騎士二人は顔を見合わせた後で、是非ともお願いしたいと頼んで来た。


「実は、騎士団としても追跡を試みていますし、川賊も捕らえて尋問しているのですが、末端の連中はアジトの場所すら分からないのです」

「アジトの場所が分からない?」

「えぇ、襲撃を行う船を操っている連中は場所を知っているようですが、船に乗り込んで襲撃を行う連中は、具体的な場所が分かっていないらしいです」


 アジトがある芦原は広大で、周囲は同じような風景が続いているせいで、実際に船を操って覚えないと場所が分からないらしい。

 そう説明されて、新王都での追跡とは勝手が違うことに気付いた。


 新王都は、王城や大聖堂など目印になる建物があり、道筋を写し撮れば場所が特定できる。

 それに対して芦原は、どこまで行っても芦原で、目印になる物が乏しいのだ。


「そうか、川の形とかだけでは場所を特定するのは難しいのかな」

「川賊の連中も摘発を恐れているらしく、一部の人間にしかアジトの場所を分からなくしているようです」


 川賊は芦原の地下にアジトを作っているそうで、外からはどこがアジトなのか本当に分かり難いらしい。


「明るいうちは煮炊きも行わず、アジトの中に籠っているようです」

「何人ぐらいの集団なんですか?」

「我々の聞き取りだと、少なく見積もっても五十人以上の規模だと思われます」

「五十人……そんなに居るんですか」

「反貴族派の炙り出しのために、旧王都でも身許確認を厳格にした影響も出ているようです」


 ダンジョンの崩落について、大公家は反貴族派の犯行だと公表している。

 そして崩落以後、旧王都の住民に対して身許の登録を義務付けた。


 旧王都ではダンジョンに潜ってお宝を持ち帰る人間を増やすために、身許の確認を行ってこなかったが、崩落以後身元確認を厳格化した。


「なるほど、身の潔白を証明出来ない連中が旧王都から逃げ出し、集まって川賊行為を働くようになったのか……」

「全員がそうとは限りませんが、多くは旧王都から弾き出された連中のようです」


 身元確認を厳格化したことで、捕らえられた犯罪歴のある者もいたらしいが、大多数は旧王都から逃げ出したようだ。

 旧王都の治安は格段に良くなったと言われているが、その一方で川賊なんてものが現れるのだから、世の中簡単にはいかないものだ。


「でも、芦原に遮られてアジトが分からないなら、いっそ焼き払ってしまえば良いんじゃないですか?」

「我々も焼却を検討したのですが、川賊のアジトには連れ去られて囚われている女性が何人もいるらしいのです」

「あぁ、人質がいるのでは焼き払う訳にはいきませんね」


 川賊のアジトは、最初は小規模で葦原に隠れる小屋のようなものだったらしいが、土属性の魔法を使える連中が地下へと穴を掘り、拡張を続けているらしい。


「捕らえた賊から聞き出した話ですが、アジトには風呂場や賭場まであるらしいです」

「賭場って……あぁ、奪った金で博打してるんですか」

「ええ、これも聞き出した話ですが、何でもあると豪語していそうです」


 港街タハリから旧王都へと向かう船からは、食料、衣類、酒、タバコなどの物品、逆に旧王都からタハリに戻る船からは金品を奪っているらしい。

 そのため、衣食に不足することもなく、酒を飲む余裕があり、賭け事に興じる金もあるようだ。


「川賊による被害は増え続けていますし、賊の規模も大きくなる一方のようです」

「確かに、放置するのは危険ですね」

「はい、アジトの場所さえ特定できれば、騎士団として人員を揃えて制圧に動けるのですが……」


 アジトの場所を特定できれば、川から向かうにしても、芦原から向かうにしても、人員を揃えて踏み込むなどの対応が取れるらしい。


「それと、身元確認を厳しくしてから、旧王都での反貴族派の活動がガクンと減りました。新王都の『巣立ちの儀』に向けて人員を移動させた可能性もありますが、一部は川賊に流れた可能性を否定できません」

「ただでさえ厄介な連中に、反貴族の思想が加わるのは面倒ですね」

「これまでのところは、そうした動きは確認できませんが、反貴族派の幹部連中は狡猾ですから油断はできません」

「新王都から反貴族派の大幹部と思われる連中が姿を消しました。まさかと思いますけど、川賊に合流しているなら早目に叩いておきたいですね」


 結局、打ち合わせでは俺やライオスと騎士二人が話すばかりで、船主と船頭は頷くだけの置き物のようになってしまっていた。

 作戦では、明日の夜明けとともに出航して、風に恵まれれば明後日の午前中にはタハリに到着するらしい。


 ただし、あくまでも風次第なので、季節外れの南風が吹けば、風待ちのために途中で錨を下ろす場合もあるそうだ。

 打ち合わせを終えて拠点へと戻る道筋では、『巣立ちの儀』のお祭りムードも終わり、日常の風景が戻って来ていた。


「ライオスがチャリオットのリーダーなのに、なんだか俺ばっかり喋ってた気がする」

「まぁ、騎士団絡み、貴族絡みの依頼になると、この先もニャンゴが表に立つ機会は増えると思うぞ」

「それって、ライオス的にはどうなの?」

「ははっ、楽ができて助かるな」

「えぇぇ……ちょっとズルくない?」

「ぼやくな、ぼやくな、貴族相手に対等に交渉できる手段が手に入ったと思えば悪くないだろう」

「まぁ、チャリオットにとっては良いのかもしれないけど……」

「貴族絡みの依頼ばかりじゃないし、それ以外は俺がやるから諦めろ」

「仕方ないか……」


 ライオスの言う通り、貴族と対等に取り引き出来るのは、他の冒険者パーティーから見れば羨ましい環境だろう。

 地下道が完成するまではダンジョンの探索も再開できないし、それまでは名誉子爵という地位を上手く利用しながら冒険者活動をやるしかなさそうだ。

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