第588話 休暇明けの依頼
名誉子爵の叙任式の翌日、騎士団の食堂で朝食を済ませた後、騎士団長や師団長に挨拶を済ませ、早々に旧王都へ向けて出発した。
今日、新王都を出発することは国王陛下にも許可をもらっている。
というか、下手に新王都に滞在していると、繋がりを持とうとする貴族からの誘いが殺到する可能性があるので、王家としても早目に出発してもらった方が有難いらしい。
昨日の叙任式の後、改めて名誉子爵についての説明を受けた。
これまで名誉騎士として一年に大金貨十枚を受け取っていたのだが、それが白金貨五十枚に増額されるそうだ。
白金貨一枚で大金貨十枚の価値があるので、年間に受け取る金額が五十倍に増えたことになる。
前世の日本の金銭感覚に合わせると、大金貨一枚が百万円ぐらいの感覚なので、年間五億円ぐらいの金額が貰えることになる。
普通の子爵が一年間にいくらぐらい稼げるのか見当も付かないが、俺みたいなガキが貰って良い金額とは思えない。
名誉子爵としての報酬にしても、新たに貰った紋章にしても、外堀がブルドーザーでガンガン埋められている気がする。
今更ながらに、ちょっと断った方が良かった気がしてきたが、もう後の祭りだろう。
それでも、領地を押し付けられて縛られないだけマシなのだろうか。
すっきりと晴れた空を旧王都に向かって飛びながらも、出るのは溜息ばかりだ。
「なんだか、気ままな冒険者生活には縁遠い感じがするよなぁ……」
空の上から久しぶりに旧王都の風景を眺めてみたが、相変わらずダンジョンが陥没した大きな穴が開いたままだ。
ただ、一ヶ月近く留守にしていたが、穴が広がったようには見えない。
そして、チャリオットの拠点に近付いていくと、兄貴が屋根に布団を広げているのが見えた。
「兄貴、今日は仕事は休みなのか?」
「おかえり、ニャンゴ。今日は、俺もガドも非番なんだ」
「他のみんなは?」
「中に居ると思うけど、まだ寝てると思うぞ」
「そっか、『巣立ちの儀』の間は依頼も休みって言ってたもんな」
「ニャンゴの仕事は終わったのか?」
「うん、なんとか襲撃も未然に防げたよ」
「そっか……って、未然ってことは計画があったのか?」
「それはもう、王国騎士団が頑張っていなかったら、去年以上の騒ぎになってるところだよ」
詳しい話は後ですると言って、俺も自分の分の布団を干して、風で飛ばされたりしないように空属性魔法のカバーを掛けておいた。
リビングでお茶を飲みながら、新王都での仕事の話をしたり、兄貴の仕事の話を聞いたりしていると、ライオスが起きてきた。
「おぉ、お帰り、ニャンゴ」
「ただいま、ようやく解放されたよ」
「王家に取り込まれやしないか心配したが、どうやら戻って来られたみたいだな」
「うん……でも、首輪をはめられた感じはするよ」
「その様子だと、また何か貰ってきたみたいだな」
「うん、名誉子爵の位と紋章」
「子爵位に陞爵とは……王家も本気みたいだな」
名誉子爵の話はしていなかったので、兄貴は目を白黒させている。
「し、子爵って……俺も貴族になるのか?」
「いや、名誉子爵だから今の時点では俺の一代限りって扱いだけど、将来冒険者を引退したら領地が与えられるって話だから、その時は兄貴も貴族扱いになるかも」
「む、無理だ。俺に貴族なんて務まらないぞ」
「まぁ、今すぐって話じゃないけど、今のうちから準備しておいた方が良いかもよ」
「準備って……何すりゃ良いんだ?」
「さぁ? 俺にも分からないよ」
「ニャンゴに分からないことが、俺にできる訳ないだろう。無茶言うなよ」
まぁ、兄貴が戸惑うのも理解できるけど、諦めてもらうしかない。
というか、俺様も貴族だぞ……なんて威張り散らすよりはマシか。
「まぁ、何にしろニャンゴが戻って来てくれて良かった。これで休み明けの依頼も受けられそうだ」
「ライオス、依頼って?」
「川賊の討伐だ」
「かわぞく……?」
「山にいるのが山賊、海にいるのが海賊」
「あぁ、川にいる盗賊のことか……って、川に盗賊が出るの?」
「最近になって出るようになったらしい」
ライオスの話によると、『巣立ちの儀』の休みに入る前に冒険者ギルドから依頼があったらしい。
ダンジョンの新区画が見つかってから、旧王都と港町タハリの間の船を使った輸送量が増えたそうで、そうした船を狙った盗賊が現れたようだ。
手口は色々で、共通しているのは船足の速い手漕ぎ船で接近してきて、海賊のように船に乗り込んで来て金品を奪ったり、船ごと奪っていくらしい。
最初は少人数で手口もそんなに荒っぽくなかったそうだが、近頃は口封じのために乗組員を殺害したり、船に火を点けたりするようになっているそうだ。
「大公家の騎士団は動いていないの?」
「騎士は基本的に馬に乗っての活動が前提になっているから、川というのがネックになっているようだ」
「なるほど、陸の上なら何とでもなるけど、水の上は専門外なのか」
「その上、相手は船を使った襲撃に慣れてるしな」
「でも、うちも水の上は専門外じゃない?」
「まぁな、だが、追い払う程度は問題無いだろう」
確かに、戦闘となれば遅れをとるとは思えないけど、捕縛するのは難しそうだ。
「だから、ニャンゴが戻るのを待ってたんだ」
「そうか、捕縛じゃなくて、追い払って追跡するんだね」
「そうだ、ギルドからも基本的には討伐、余裕があれば捕縛や追跡と言われている」
「でも、そいつらは何処から来るんだろう?」
「旧王都からタハリの間には、川岸に芦原が広がっている所が何か所かある。どうやら、そうした芦原の奥にアジトを構えているらしい」
芦原の間には、いくつもの支流が流れているそうで、場所によっては迷路のようになっているらしい。
背の高い葦が生い茂っているので、逃げ込まれてしまうと追跡は難しいようだ。
「それなら俺に任せてよ。新王都で反貴族派の連中を追跡するのに使った方法があるんだ」
「ほぅ、そいつを使えばアジトの位置が割り出せそうか?」
「うん、問題無いよ」
探知ビットを貼り付けての追跡方法を説明すると、ライオスも納得したようだ。
「アジトはニャンゴに任せておけば探り出せそうだが、問題はどうやって討伐するかだな」
「アジトの討伐も依頼に含まれてるの?」
「いいや、さっきも言ったが、襲ってくる連中の討伐がメインだ。アジトの摘発となれば、俺達だけでは難しい。どの程度の規模なのかも分からないし、当然待ち伏せされるだろうしな」
新王都での反貴族派の摘発でも、俺の仕事は追跡する所までで、摘発は騎士団が組織で動いていた。
チャリオットだけで川賊のアジトを摘発するのはリスクが大きすぎる。
それに、騎士団や官憲と共同で摘発した場合でも、所有者不明の盗品は報酬として分配されるそうだ。
「欲をかいてダメージを受けるなんて馬鹿らしいからな。全員が怪我などせず、無事に依頼を達成するのが冒険者の基本だからな」
ワイバーンやベルデクーレブラを討伐した時のように、冒険者は命の危険と隣り合わせの職業だ。
特別な魔物を相手にする場合だけでなく、オークやゴブリンが相手の場合でも、油断すれば負傷したり命を落とす場合もある。
自分達の身の丈に合った依頼を選び、無事に達成するのが冒険者としての鉄則だ。
「依頼はいつから取り掛かるの?」
「『巣立ちの儀』の休みが明けてからだから、あと三、四日してからだな」
「じゃあ、もうちょっとノンビリできるんだね?」
「ニャンゴは働きづめだったんだろう? 少しゆっくりしろ」
「うん、そうさせてもらうよ」
まずは手始めに気楽に入れる店で美味しいお魚をうみゃうみゃして、拠点に戻ったら干してフカフカになったお布団を堪能するのだ。
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