第586話 誰かのために(フォークス)
※今回はフォークス目線の話になります。
ダンジョンの新区画へ繋がる地下道の工事現場での作業にも慣れてきて、だいぶ効率良く仕事を進められるようになった。
地下道の工事では、普段から建設現場で働いている本職組に加えて、多くの臨時雇いの者達が働いている。
地下道本体を支える柱、梁、天井部分は本職組が固め、臨時雇いの者達が壁や路盤の整備を行う。
俺やガドは臨時雇い組だ。
臨時雇いされた者達は、割り当てられた区画の壁や路盤を平らに均して硬化させるのが仕事で、作業後には現場監督のチェックを受けて合格すれば担当分の給料が支払われる。
「どうですか?」
「おぉ、良い仕上がりじゃないか、腕を上げたな、フォークス」
「ありがとうございます。だんだんコツが掴めてきた」
「この調子で明日も頼むぞ」
「はい!」
今日のチェックも一発で合格することができた。
作業を始めた当初は規格通りに仕上げられず、やり直しを命じられることもあったが、最近は褒められることも増えた。
魔力の使い方や地中の探り方、硬化のさせ方などを色々と工夫したおかげだろう。
「駄目だ、駄目だ、こんなんじゃ駄目だ、やり直し!」
さっき俺が担当した区画をチェックしてもらった牛人の現場監督、ゲンゾウさんの厳しい声が聞こえてきた。
「そんな、ちゃんと綺麗に均してあります」
「表側は綺麗に仕上がっているが中がムラだらけじゃないか」
「でも……」
「でもじゃない! この地下道はシュレンドル王国の将来を左右する重要な工事だ。一箇所でも手抜きがあって崩れたら大変なことになるんだぞ。やり直し!」
「そんな……今日のお給料は?」
「キチンと仕上げられずに給料もらえるなんて思うなよ」
ゲンゾウさんに怒鳴られているのは、俺と同じぐらいの歳のタヌキ人の女性で、すっかり委縮してしまっている。
別にゲンゾウさんは意地悪な人ではないのだが、気性が荒い作業員たちをまとめる現場監督という役目柄、ちょっと言葉使いが荒っぽい。
臨時雇いの女性だと、委縮してしまうのも無理はないのだろう。
「ゲンゾウさん、どうしたんですか?」
「表面はまぁ合格なんだが、中がガッタガタでな」
「ちょっと見せてもらってもいい?」
「構わないぞ」
ゲンゾウさんに断わってから、タヌキ人の女性が作業した壁に手を当てて、中の硬化具合を確かめた。
すると、硬化の度合いや硬化させる厚みなどにムラができているのが分かった。
「フォークスの初日よりも酷いだろう」
「うん、これはちょっと……」
俺とゲンゾウさんの話を聞いて、ますますタヌキ人の女性は項垂れてしまった。
「ゲンゾウさん、ちょっと手伝ってもいい?」
「それは構わないけど……そろそろ上がりの時間だぞ」
「たぶん、やり方というか、コツみたいなものが分からないんだと思う。一度一緒にやってみれば良くなるんじゃないかな」
見た感じでは、タヌキの女性は魔力的には問題無いようだが、作業に慣れていない気がする。
「手伝っても、その分の給料はフォークスには支払われないから、そっちで調整するなら構わないぞ」
「ありがとうございます」
「いいや、フォークスに礼を言われることじゃねぇよ」
他の場所のチェックを頼まれたゲンゾウさんは、俺の肩をポンポンと叩いて歩いていった。
「俺も本職の人みたいには上手く出来ないけど、ちょっと一緒にやってみよう」
「あ、ありがとうございます……ぐすっ」
俺が声を掛けると、タヌキ人の女性はポロポロと涙をこぼした。
「えっ……ごめん、余計なことだった?」
「とんでもないです! 私、どうすれば良いか分からなくて、でも誰に聞いて良いのかも分からなくて……」
クーナというタヌキ人の女性は俺よりも二つ年下で、旧王都から馬車で二日ほどの距離にある村から、地下道の工事の話を聞いて出稼ぎに来たそうだ。
ダンジョンの新区画の発掘を進めるために、地下道の工事は急ピッチで行われている。
そのため臨時雇いの作業員が旧王都の外からも集められているそうで、中にはクーナのように工事に携わった経験の無い者も多くいるようだ。
「じゃあ、ちょっとやってみるから、どんな風に魔力が動くか手を当てて感じてみて」
「分かりました」
壁を固めるには、基準となる柱の硬さと厚みを感じ取り、同じ硬さと厚みになるように硬化の魔法を掛ける。
この時に、一箇所だけに集中してしまうと、隣り合った部分とのムラができやすいのだ。
「えっ……こんな風に魔力を使うんですか?」
「うん。これは俺のやり方だから、これが正しいのかは分からない。でも、ムラは減るよ」
感じ取る魔力を薄く広く、固める魔力はしっかりと範囲を定めて発動させる。
確かめながら魔法を発動させるから、最初は集中力が必要だけど、それが当たり前になれば難しくはないはずだ。
ムラがあるといっても、既にクーナが硬化させているので、足りない部分を補い、多すぎる部分を減らすだけだから、最初から作業するよりは時間も魔力も必要としない。
担当範囲の四分の一ほどを修正したところで、クーナと作業を交代した。
「落ち着いて、ちゃんと周りを確認して」
「はい……」
これまでのやり方とは違うのだろう、タヌキ人特有のちょっとポッチャリして愛嬌のあるクーナの顔が強張ってみえる。
「一度にギュっと固めるんじゃなくて、じわっと硬さを確認しながら圧し潰す感じで固めてみて」
「はい……」
まだ慣れていないから、俺ほど広い範囲を確認しながら作業できていないようだけど、最初に比べれば格段にムラが減っている。
まだ少しぎこちなさを感じるけれど、作業の進め方は理解できたようなので、俺もクーナと重ならない部分のムラ取り作業を進めた。
途中で今日の作業終了を知らせる鐘が鳴ったが、クーナは作業に集中していて気付いていないようだ。
残りはクーナに任せようと手を止めると、ゲンゾウさんとガドが俺達の作業を見守っていた。
「どんな具合だ? フォークス」
「今度は大丈夫だと思う」
「そうか、そいつは良かった」
「ゲンゾウさん、現場に入れる前に、どの程度仕事ができるか確認して、コツの分からない人には少し指導した方が良いかも」
「そうだな、やり直しさせる時間が無駄だな」
「じゃあ、後はお任せしてもいいですか?」
「報酬はいいのか?」
「俺も色んな人の世話になってきたから……」
「そうか……お疲れさん」
「お先です」
ゲンゾウさんに向かってペコっと頭を下げてから、ガドと一緒に地上へ向かう。
「ガド、美味しいお魚を食べに行こう」
「いいや、このところ魚続きだから、今夜は肉じゃろう」
「じゃあ、両方食べれる所にしよう」
「そうじゃな、そうするか」
「うん、そうしよう」
いっぱい働いた日は、夕食がうみゃい。
今日は、ちょっとだけ誰かの役に立てたから、もっとうみゃいと思う。
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