第585話 叙任式

 騎士団のラウンジで騎士団長との談笑を終えて部屋に戻ると、大きな衣装箱が届いていた。

 箱の中には貴族が身に着けるような仕立ての良い服が、上着やズボンから、タイや下着まで一式揃えられていた。


 明日の式典には、この衣装を着て出席するようにメッセージが添えられていて、差出人は国王陛下だった。

 試しに上着を着てみると、サイズは誂えたようにピッタリだ。


 というか、誂えたんだろうなぁ……。

 そう言えば、バルドゥーイン殿下と一緒にグラースト侯爵領に出掛けた時、道化の衣装を用意するのに体のサイズを測られた。


「にゃんだか、俺の個人情報が俺よりも詳しく王家に筒抜けになってる気がする……」


 ぼやいたところで状況が変わる訳でもないので、お風呂に入って眠ってしまうことにした。

 翌朝、騎士団の食堂で朝食を済ませて部屋に戻ると、メイドさんが二人訪ねてきた。


「お支度の手伝いをするように申しつかっております」

「ありがとうございます。正直、ちゃんと着られるか不安だったので助かります」


 なんとなく、こんな感じで着るのだろう程度には分かったつもりでいたけれど、実際に着てみると色々な仕来りがあって驚かされた。

 騎士服にはそうした違いは無いが、貴族の場合は爵位によってタイの結び方やポケットチーフの畳み方に違いがあるそうだ。


 良い機会なので、子爵以外の結び方や畳み方についても教えてもらい、スマホで写真を撮影しておいた。


「それがアーティファクトなのですか?」

「そうですよ。こうして写真に撮っておけば、あとで見直せますからね」

「そんな一瞬で、そんなに鮮明に……さすがはエルメール卿、凄いですね」

「凄いのは俺じゃなくてアーティファクトやアーティファクトを作った人達ですよ」

「とんでもない! 未知のアーティファクトを自在に使いこなすなんて、他の人には出来ない偉業です」


 メイドさんから口々に褒められてしまったが、俺としては前世の記憶のおかげで使えているだけなので、凄いことを成し遂げたという実感は無い。

 名誉騎士になった時には、反貴族派の襲撃からエルメリーヌ姫を守ったという自分が活躍したと思える出来事があったから、騎士になる実感があった。


 でも、今回は前世の知識のおかげでダンジョンの新区画を見つけ、スマホを見つけ、使い方が分かっただけだ。

 スマホの画像を使った摘発なども、前世の知識を持つ者ならば思いつきそうなことばかりなので、自分が成し遂げたという実感が涌いてこないのだ。


「お支度終わりました。たいへんお似合いですよ」

「ありがとうございます」


 着付けが終わった自分の姿を鏡に映してみると、確かに服は上等な物だが、そこに俺の顔が乗っかるとリゲルを演じていた時よりも道化じみて見えた。

 だからと言って、子爵への陞爵を断ることなど出来ない。


 シュレンドル王国で、初めて猫人が貴族になるのだ。

 俺が名誉子爵になったというニュースが伝われば、猫人差別の撲滅にまた一歩近づくはずだ。


 支度を終えて暫くすると、城から迎えが来て控えの間へ案内された。


「みゃっ……」


 今日は上位貴族も下位貴族も同じ部屋に集まっているのだが、それにしても舞踏会の時とは会場の空気がまるで違う。

 一昨夜の舞踏会は『巣立ちの儀』を終えた貴族の子息たちのお披露目の場でもあり、若い貴族にとって縁談を進める場でもあったが、今日集まっているのは殆どが当主だ。


 楽団の演奏も無いし、年齢層がぐっと上がっているから雰囲気も違っているのだろうが、俺が部屋に入った途端、それまでの話し声が止んで静寂が訪れた。

 品定めをするような視線が向けられ、暫しの沈黙の後、今度はヒソヒソと囁く声が広がっていく。


「陛下も戯れがすぎるのではないか……」

「あのような者が我々と肩をならべるのか……」

「子爵といっても名ばかりで領地は与えられないそうだ……」

「獣には過ぎた首輪ではないのか……」


 聞こえても構わないと思っているのだろうか、辛辣な言葉が押し寄せて来る。

 将来、もし領地を貰うようなことになったら、こうした連中とも付き合わなければならないのかと思うと憂鬱になってくる。


 アウェイな空気の中で凹みそうになっていた時に、聞き覚えのある声で呼び掛けられた。


「久しいな、エルメール卿」

「ラガート子爵、ご無沙汰しております」


 声を掛けてきたラガート子爵の横には、レトバーネス公爵の姿もあった。

 レトバーネス公爵とは、ラガート子爵に同行して王都に来た時に話をする機会があった。


「レトバーネス公爵、ご無沙汰しております」

「陞爵、おめでとう。エルメール卿の功績を鑑みれば、もう一つ上でも良かったのではないかな」

「いえいえ、名誉子爵でも身に余る光栄です」

「今回もアーティファクトを活用して反貴族派を摘発した手腕は見事だったとバルドゥーイン殿下が褒めていたぞ」

「それも騎士団の皆さんの協力があってこそです。私だけの功績ではございません」

「だが、エルメール卿が居なければ昨年以上の被害を出していたかもしれないと聞いている。反貴族派がのさばれば、我々貴族の存在意義が揺らいでしまうのだから、私からも礼を言わせてもらうよ。本当によくやってくれた、ありがとう」

「被害を未然に防ぐ役に立てたのならば、頑張った甲斐があります」


 レトバーネス公爵と話を始めると、またヒソヒソと囁き合う声が広がっていったが、今度は公爵の耳に入るとマズいと思ったのか、内容までは聞き取れなかった。

 何とも居心地の悪い時間を過ごしていると、式典の開始が告げられ、控えの間から謁見の間へと移動することになった。


 俺は一番最後に入室するように、案内係から告げられた。

 謁見の間は奥行きが長い階段状になっていて、一番奥が王族、その下が大公と公爵という感じに、爵位ごとに立ち位置が決まっているそうだ。


 一番下から見上げると、一番王族に近いところにスタンドフェルド大公、向かい側にレトバーネス公爵の姿がある。

 二人とも俺が何かやらかすのではないかと期待するような笑みを浮かべている。


 二人の近くにいる貴族達も俺を興味深げに見ているが、少し下がった辺りから視線が刺々しくなってきて、それは下に来るほど顕著になっている気がした。

 爵位の高い人達は差別意識が薄く、貴族でも下位になるほど平民を見下すような傾向があるのかもしれない。


「これより叙任式を執り行う」


 出席した貴族が謁見の間の両側に並び終えた後、王族が姿を現し、バルドゥーイン殿下が開会を宣言した。


「ニャンゴ・エルメール、前へ……」

「はい!」


 事前に聞いた通りに部屋の中央を通り、王族が並ぶ位置よりも一段低いところで跪いて頭を下げた。


「ニャンゴ・エルメール、旧王都ダンジョンにおける数々の発見、および、実動するアーティファクトを用いて暴徒の摘発を行った功績を鑑み、名誉子爵に任じ、紋章を与える」


 静まり返った謁見の間に、国王陛下の重々しい声が響いた。

 うん? 紋章とか聞いてないんだけど……。


「ありがたき幸せ、今後もシュレンドル王国の発展のために力を尽くす所存です」

「うむ、期待しておるぞ」


 国王陛下は、バルドゥーイン殿下から台座に載った指輪を受け取り、俺に差し出した。

 銀色の指輪は、手紙の封蝋に紋章を押す役割を兼ねている。


 王家から賜った俺の紋章は、翼の生えた猫だった。

 王家の紋章が翼の生えた獅子だから、いかにもバッタ物って感じだけど、実際フラフラ空を飛んでるから仕方ないかにゃ……。

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