第583話 帰り道(オラシオ)

※今回はオラシオ目線の話です。


 食事を終えた後も、バルドゥーイン殿下や騎士団長との談笑は続けられた。

 最初はガチガチに固まっていた僕らだが、いつもと変わらないニャンゴの姿を見ているうちに緊張がほぐれてきた。


 普段は口に出来ない高級な料理も味わえたし、たどたどしかったけど王族の皆さんからの質問にも答えられた。

 僕らから見たら雲の上のような人達だけれど、驚くほど気さくに接してくれた。


 王族や貴族の方々が、全員こんな感じならば反貴族派なんて生まれないと思うのだが、現実としては多数の摘発者を出している。

 それはつまり、こんなに気さくな人ばかりではないという証拠なのだろう。


「じゃあな、オラシオ」

「うん、ニャンゴも元気で……」


 会合が終わった後、ニャンゴは騎士団の門まで僕らを見送りに来てくれた。

 ニャンゴは騎士団の施設に滞在しているそうで、明日は名誉子爵の叙任式に臨むそうだ。


 ニャンゴが貴族として更に上の地位に上がるのは、幼馴染として誇らしいのだが、ちょっと残念でもある。

『巣立ちの儀』と慰霊祭が終わって、明日は僕らにも休暇が与えられる。


 またニャンゴと一緒に新王都の街で食べ歩きをしたかったのだが、叙任式の後も王族との会食があるらしい。

 当然、僕ら騎士候補生では出席できないし、明後日からは訓練が再開されるから、ニャンゴとの食べ歩きは諦めるしかない。


「うぉぉ……緊張したなぁ」


 騎士団の門から離れた所で、ザカリアスが大きく伸びをした後、グリグリと首を回してみせた。


「ホント、ホント、エルメール卿がいなかったら固まったまま終わってたんじゃないかな」


 ルベーロの感想には全員が大きく頷いた。


「うん、ニャンゴは本当に貴族様になったんだなぁって実感しちゃったよ」

「貴族としても特別だと思う……」

「そうなの?」


 トーレの感想をルベーロが引き継いで解説してくれた。


「そもそも、慰労会に王族が三人も出席するなんて異例だろう。バルドゥーイン殿下は『巣立ちの儀』の警備を統括していたそうだから出席していてもおかしくないけど、ファビアン殿下やエルメリーヌ姫殿下が出席したのはエルメール卿目当てなのは間違いない。それは会合中のエルメリーヌ姫殿下の態度を見ても明らかだろう」

「そっか、そうだね」


 男女の恋愛には疎い僕だけれど、エルメリーヌ姫の振る舞いが友人知人の域を超えているのは分かった。

 昨年の『巣立ちの儀』でニャンゴがエルメリーヌ姫殿下を守り、その様子がお芝居になっているのは知っていたけど、実際の二人の様子を見たのは今日が初めてだ。


「なぁ、ルベーロ。エルメール卿が陞爵されるのって、エルメリーヌ姫殿下との婚姻を成立させるためなのか?」

「たぶん、ザカリアスの言う通りだと思うけど、子爵位では王族との婚姻は出来ないんじゃないかな」

「じゃあ、まだ爵位が上がるってことか?」

「たぶん……それと、いきなり高い地位まで上げると、他の貴族からの反発があると思うから、今回はその布石なんだと思う」


 ルベーロの話では、シュレンドル王国の王族と婚姻するために必要な爵位は厳密に決まっている訳ではないらしい。

 それでも、習慣としては伯爵以上の位が望ましいとされているそうだ。


「ただ、貴族の間では猫人に対する偏見が残っているらしいし、エルメリーヌ姫殿下の治癒魔法は国家の宝とされているから、エルメール卿との結婚は簡単ではないと思うよ」

「でも、バルドゥーイン殿下とファビアン殿下は賛成じゃないの?」

「オラシオ、王族が賛成と言えば殆どの貴族は従うと思うが、従っていても納得しているとは限らないぞ」

「そうなの?」

「良く思い出してみろ。俺達だって教官の指示に従って行動してるけど、全員が納得しているとは限らないだろう。納得して行動していたら、コリントは死なずに済んだはずだ」


 ルベーロの言う通り、コリントは自分の手柄を優先して教官の指示を破って反貴族派を捕縛しようとした。

 更には、抵抗できない猫人たちに暴力を振るったことで自爆攻撃を食らって命を落とすことになった。


「貴族の人達も、僕らと同じ人間ってこと?」

「そうだ、いや……俺たちよりもプライドが高い分だけ厄介なんだろうな。訓練所に入った当時のコリントを思い出してみろよ」

「あぁ、確かに……」

 

 コリントは子爵家の三男で、訓練所に入所した当時は同期の平民を見下すような態度を取っていた。

 子爵家の三男でさえ、あんな尊大な態度なんだから、もっと位が上の貴族は更にプライドも高いのだろう。


「でもよぉ、ルベーロ、位が高いと言ったら王族の方が上だろう? それなのにバルドゥーイン殿下やファビアン殿下は気さくに接してくれたんだから、人にもよるんじゃねぇの?」

「ザカリアスの言いたい事は分かるけど、一緒にいたのはエルメール卿で、オラシオは幼馴染だって知られてるんだぞ」

「そうか、エルメール卿が他国に移り住んでしまったら一大事だもんな」

「あれほどの才能は絶対に他国に渡すわけにいかないし、王家に対して悪い感情を持たれるだけでも大損害だよ」


 つまり、バルドゥーイン殿下たちが僕らにも気さくに接してくれたのは、ニャンゴのおかげという訳だ。


「エルメール卿の有用性は知れ渡ってるんだから、エルメリーヌ姫殿下の結婚に反対する貴族なんて居ないんじゃねぇの?」

「だから、理性と感情は別物なんだよ。ザカリアスは、自分が惚れていた女の子が別の男と結婚するとして、その男が有能だったら納得できる?」

「それは……簡単じゃねぇな」

「貴族の息子なら、王族の女性の存在は幼い頃から知ってるだろうし、エルメリーヌ姫殿下はあれだけの美貌なんだから、結婚したいと思っている男は少なくないはずだぞ」


 女性王族と婚姻を結べば、実家の領地が増えたり様々な恩恵がもたらされるそうだ。

 しかも、相手が美人で有能とあれば、結婚したいと思うのは当然だろう。


「俺の仕入れた情報では、学院でのエルメリーヌ姫殿下は貴族との付き合いよりも、平民との交流を重視しているらしい。王家からの指示かもしれないけど、お近づきになる機会が得られない貴族の息子たちはイライラしているらしいぞ」

「あぁ、それじゃあ貴族の息子たちが反発するのも理解できるかな。まぁ、実際に行動にうつすのは馬鹿のやる事だと思うけどな」

「だから、色々と段階を踏んで、反発の度合いを確かめてるんじゃないのかな。王家の意向を示して、反対する連中を炙り出して対処するために」


 ルベーロの言っている事が全部正しいとは限らないけど、王家が類まれな才能を持つ人物を逃したくないのは事実だろう。

 

「ねぇ、ルベーロ」

「なんだ、オラシオ」

「今夜、僕らが招待されたのも、王家がニャンゴを取り込むためなのかな?」

「それは無いだろう……と言いたいところだが、オラシオがニャンゴの幼馴染だと王家は知っているぞ……というアピールだった可能性は否定できないな」

「それじゃあ、僕らの実力が認められた訳じゃ……」

「違うぞ!」


 ザカリアスが、僕の言葉を強い口調で遮った。


「俺達は頑張った。自分達で考えて聞き取りを行い、教官の許可を貰い、教会と交渉し、都外での『巣立ちの儀』を実現した。良くやったと思うし、騎士団長から慰労されたっておかしくない功績だと思う。王族が俺たちを利用するための慰労会だったんじゃなくて、俺達のための慰労会を王族が利用したんだ」

「俺もそう思うよ」

「そうだろう、ルベーロ」

「あぁ、でも王族が利用したって言い方はマズいだろう。俺らが反貴族派だと思われちまうぞ」

「いや。そんなつもりは無いぞ、ただ、ただ……エルメール卿のおかげで、なんて思いたくない。ルベーロが、あんなに頑張っていたのが評価されないはずがない」

「ごめん、ザカリアス。僕が間違ってた。ニャンゴがどれだけ凄くても、僕らの功績は僕らのものだ」


 ニャンゴが成し遂げた事に比べれば、僕らの功績なんてちっぽけかもしれないけど、それでもみんなで力を合わせて成し遂げた成果だから、僕ら自身が卑屈になってはいけないんだ。


「そうだぜオラシオ、俺達は頑張った。でも、まだ正騎士にもなってねぇ。卑屈になる必要は無いけれど、慢心する訳にもいかねぇぞ」

「そうだな、ザカリアスの言う通りだ。明日、エルメール卿と遊びに行けなくなったからって、しょげてるなよ、オラシオ」

「別に、しょげてなんか……いたかも」


 ルベーロの言うとおり、ニャンゴと遊べなくなってガッカリしていたから、余計に考え方が暗くなっていたのかもしれない。


「明日は久々の休みだから、ゆっくりしよう……」

「俺もトーレに賛成だな」


 トーレやルベーロの言う通り、明日はのんびり過ごそう。

 あんなに頑張ったんだ、少しぐらいは良いよね。


「あー……明日が休みだと思ったら腹が減ってきたぜ」

「ザカリアス、食ったばっかだろう……と言いたいけど、あれじゃあ足りないよな」

「うん、美味しかったけど量がね」

「でも、帰っても夕食無いと思う……」

「そんなぁ!」


 トーレの一言は、僕らの胸を……いや、胃袋を抉った。

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