第582話 慰労会 - 後編

 騎士団長と俺以外にも出席者がいるようで、更には俺の席が端ではなくて微妙な位置となれば備えておく必要がありそうだ。

 ドアがノックされて他の出席者が到着した時には、いち早く席を立ってオラシオ達にも立つように促した。


 予想は的中、現れたのは気さくすぎる王族兄弟だった。

 本人たちは本気で気軽に接してくれてと言っているようだが、初めて王族を目の前にした騎士候補生が気楽に話せる訳がない。


 まぁ、名誉なことなのは間違いないけれど、一緒に食事しろなんて、慰労どころか拷問に近いだろう。

 仕方がないから、ここは俺様が道化のリゲルとなって、気さくの手本を示してやろうではないか。


「うんみゃ! 白身魚のパイ皮包み、うんみゃ! お魚はシットリ、パイはサクサク、ピリっと辛いソースが合わさって、うんみゃ!」

「うもぉ、こんな料理初めて食べた」

「うみゃいな、オラシオ」

「うん、すっごく美味しい」


 うんうん、どうやらオラシオ達も、ちゃんと料理を味わえているみたいだな。

 ただ、斜め前にバルドゥーイン殿下、正面にファビアン殿下が座っているルベーロだけは、まだ余裕が無さそうだ。


 ただ、今回の都外での『巣立ちの儀』開催や住民からの要望の聞き取りを騎士団は高く評価しているようで、その中心となったルベーロは良い意味で目を付けられているようだ。

 新王都は、王城と貴族街である第一街区、公共施設や裕福な住民の暮らす第二街区、一般庶民の暮らす第三街区という形で整備されたが、既にキャパオーバーになっている。


 第三街区に入れない住民が都外にも集まってしまい、その扱いは新王都の懸案の一つとなっていたが、現状何とかなっていたために具体策が講じられてこなかったらしい。

 オラシオ達が行った聞き込みから、多数の反貴族派が摘発された一方で、都外の問題が放置できる限界を越えつつあることが明らかになったそうだ。


 その一つが下水道の整備だ。

 新王都の第三街区までは下水道が整備されていて衛生状態がとても良い一方で、都外は下水道の整備が行われていないために不衛生な状態が続いている。


 もし、都外で悪質な伝染病が流行すれば、すぐに新王都内にも広まってしまうだろう。

 門を封鎖すれば、第一街区を隔離することも可能だろうが、それとても完璧ではない。


 王族、貴族を危険に晒す状況は早急に改善されるべきだと、都外の下水道整備が急ピッチで進められる事になったらしい。

 これまで見過ごされてきた都外の住民の要望を拾い上げ、新王都の環境改善に繋げたのだから注目されるのも当然だろう。


 しかも、オラシオ達は他の訓練生が革鎧を着込み、剣を腰に吊った状態で聞き込みを行ったのに対して、最小限の防具だけを身に着けて行動していたそうだ。

 自分達の身分を明らかにする一方で、住民に対して無用な威圧感を与えないように自分達で考えたというから大したものだ。


 会食の席でも、騎士団長がその話題に触れた。


「騎士団という組織は規律が重んじられる。大勢の人員が一糸乱れずに行動するには、日頃からの規律の整った行動が重要だ。その一方で、規律を重んじるばかりに考え方が画一的になりがちだ。君たちのように自分で考え、上役の判断を仰ぎ、規律とのバランスを考えつつも新しい方法を模索出来る人材が、将来の騎士団には必要だと私は考えている」


 これは、騎士候補生にとっては最高の誉め言葉だと思って良いだろう。

 二年後も騎士団長が変わらず、オラシオ達も余程の失敗をやらかさない限りは、正騎士として採用されるはずだ。


 騎士団長に褒められて喜びを隠せない四人を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。

 ちょっと誇らしげなオラシオを見てニヤけていたのだろうか、エルメリーヌ姫が囁きかけてきた。


「ニャンゴ様、嬉しそうですね」

「それはもう、仲の良い友人たちの努力が認められるのは嬉しいものです」

「努力が認められているのは、ニャンゴ様もですよ」

「みゃっ、自分もですか?」

「バルドゥーイン兄様、内示の件をお忘れですよ」


 エルメリーヌ姫から声を掛けられたバルドゥーイン殿下は、忘れていたとばかりポンと手を叩いてみせた。


「おっ、そうだった。ニャンゴ、明日王城に来てくれ。実動するアーティファクトの発見と、それを用いた反貴族派の摘発の功績を鑑み、名誉子爵への陞爵しょうしゃくを行う」

「にゃにゃ? 名誉子爵……ですか?」

「ニャンゴは冒険者としての活動を続けたいようだし、かと言ってこれほどの功績に王家が報いない訳にもいかない。なので、ニャンゴには名誉子爵の地位を与えることにした。今は王家から下賜する金額を増やすだけだが、将来冒険者を引退した時には、領地と屋敷を与えるぞ」


 ただ冒険者として『巣立ちの儀』の警備を手伝いに来ただけのはずが、なんで爵位が上がる話になってるんだ。


「心配は要らんぞ、取り潰しになったグラースト侯爵領は王家の預かりとなっていて、まだ継がせる者を決めておらぬし、他にも王家の直轄領はあるからな」

「領地の経営なんて、俺には無理ですよ」

「それも心配要らぬぞ。今すぐという話でもないし、その時には信頼できる者を紹介する」


 内示というけど、正式に決まるのは明日みたいだし、断る訳には……いかないよなぁ。

 冒険者として活動する余地は残してもらえているけれど、完全に国に取り込む気なのは間違いないだろう。


「おめでとうございます、ニャンゴ・エルメール子爵」

「にゃ、にゃんだか、全然実感が無いです」


 ニッコリと微笑むエルメリーヌ姫は、シュレンドルの聖女と呼ばれる美少女なんだけど、目が獲物を狙う肉食獣にゃんだよなぁ。

 昨夜の舞踏会の一件といい、ロックオンされてる気がしてならない。


「先程、この四人は騎士団の将来のために必要な人材だと申し上げたが、今回の『巣立ちの儀』が無事に終われたのは、間違いなくエルメール卿のおかげだ。もし、エルメール卿の助言、助力がなければ、昨年以上の悲劇が起こっていただろう。この場を借りて、騎士団の長として改めてお礼を言わせてもらう。本当にありがとう」

「そんな、頭を上げて下さい、アンブリス様。確かに自分の助言が役に立ったのでしょうが、騎士団の皆さんの働きがあってこそです。それに、騎士団の一員として働くことで、色々と勉強させていただきました。こちらこそ、ありがとうございました」


 この先、大人数を指揮して行動することなど無いとは思うけど、大きな組織が一つの行事に向かって意思統一されて動いていくのを間近で見れたのは良い経験だったと思う。


「アンブリス様はルベーロ達の取り組みを高く買っていらっしゃいますが、都外の聞き込みを継続するおつもりはございませんか」

「ふむ、正にそれを考えていたところです。『巣立ちの儀』は無事に終わりましたが、胡乱な輩は時を選ばず現れるものです。これまで都外の警備は行き届かない部分が多々ありましたが、騎士候補生を活用するというのは一つの解決策になるでしょう」

「それでは、訓練所の課題として継続する形ですか?」

「今回は市内の警備の補助を都外での聞き込みに変更したので対応できましたが、訓練所の日程は予め決まっておりますので、すぐさま変更とはいかないでしょう。ただ、候補生たちに現場を体験させる良い機会であるのは間違いありませんので、来季以降は日程に組み込むことになると思います」


 騎士候補生の中には貴族の子息も含まれているし、平民であっても裕福な家の子供もいるだろう。

 そうした者達が、社会の最底辺に暮らす人々の生活を見るのは、騎士になった時に役に立つはずだ。


 反貴族派の容疑がかかっていた猫人に暴行を加え、逆に自爆攻撃を食らって命を落とした候補生のように、誤った対応をする者を出さないためにも必要な経験だと思う。

 騎士団長は食事をしながら、今回の『巣立ちの儀』での反貴族派の摘発状況などを細かく説明していった。


 騎士団の役割、俺の助言、オラシオ達の提案の効果、王族に迫っていた危機など、それぞれの立場を考慮して話を進める様は、さすが騎士団長だと感じる。

 驚いたのは、今回騎士団が捜索を行った場所には、貴族の別宅なども含まれていたそうで、そうした場所をスムーズに捜索できたのはバルドゥーイン殿下の協力があったかららしい。


 王国騎士団とは言えども、貴族の屋敷には簡単に手出しは出来ないが、王族が出向いて頼むよと言えば、さすがに断る訳にはいかなくなる。

 バルドゥーイン殿下だけでなく、ファビアン殿下も協力していたそうだが、たぶん個人的な趣味を兼ねていたのではなかろうか。


 バルドゥーイン殿下やファビアン殿下は、国王は獅子人という暗黙の了解ゆえに王位継承の道を閉ざされているが、王家を影から支えようという気持ちが会話の端々から伝わってくる。


「私や兄上は表舞台というよりも裏方に徹するつもりだが、エルメリーヌはそういう訳にはいかないだろう。このまま治癒魔法の腕を上げていけば、他国の要人の治療を頼まれることもあるかもしれない。そうした場合には、少数精鋭による護衛が必要となるのだが……ニャンゴ、その時は手を貸してくれるかい?」

「勿論です。その時に、自分がお役に立てる状態であれば全力で御守りいたします」

「ありがとうございます、ニャンゴ様」


 いつの間にか、音も立てずに椅子を近づけて、ピッタリと体を寄せて来たエルメリーヌ姫に左腕を抱え込まれて感謝されてしまった。

 こんな席で王族から頼み事をされて、そんなの無理ですなんて断われるはずも無いのだが、色々言質を取られすぎな気がする。


 ホントにグイグイ来る王族は対処に困るんだよねぇ。

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